EP 8
サブスクの逆襲。「暴行しない券」の債権回収(強盗)団、来襲
神々をも収容する『ポポロ・コーポ』が完成してから数日が経過し、ポポロ村にはかつてないほどの平和と秩序がもたらされていた。
厄介な神話級のホームレスどもは、家賃三万円とサウナの魅力、そしてリーザ(貧乏神)による『強制差し押さえ』の恐怖により、完全にアパートのルールに従う優良入居者へとリフォームされていた。
村人たちは安心して畑仕事(太陽芋や月見大根の収穫)に精を出し、新村長であるキャルルは、村長室で俺の淹れたポポロ・コーヒーを飲みながらご機嫌に書類にハンコを押している。
「えへへ♡ トリス君と一緒に村政……。これって、夫婦で個人事務所を立ち上げたようなものだよね! 将来は株式会社ホープ・クローバーに……」
「妄想を膨らませる前に、次の肥料の決済書類に目を通せ」
俺がキャルルの頭を書類の束で軽く叩いた、まさにその時だった。
――カンッ! カンッ! カンッ!!
村の広場に設置された魔導警報鐘が、けたたましく鳴り響いた。
「な、なんだ!?」
「トリス殿! キャルル村長!! 緊急事態です!!」
村長室のドアがバンッ!と開き、自警団リーダーのマンミアが血相を変えて飛び込んできた。
先日の『床補強工事(プロポーズ未遂)』以来、彼女は俺と目を合わせるたびに顔を真っ赤にしてモジモジしていたのだが、今の彼女の顔には余裕が全くない。完全な戦士の顔つきだ。
「マンミア、落ち着いて状況を報告しろ」
「は、はいっ! 村の南側から、数百人規模の重武装部隊が進軍してきています! 掲げている旗印は、周辺一帯を荒らしている巨大強盗団『ブラッド・ファング』……! 間違いありません、ロップ元村長に金を全額持ち逃げされて激怒した、本隊の連中です!」
「なるほど。詐欺に遭った債権回収業者の逆襲ってわけか」
俺は、タローマンジャージのポケットに手を突っ込み、キャルルと共に村の南側――防衛線へと向かった。
村の入り口の防護柵には、ユートやリーザ、そしてマンミア率いる自警団がすでに陣取っていた。
だが、彼らの表情は一様に青ざめている。
「……すげえ砂埃ッス。トリス、あれ……ただの強盗じゃないッスよ!」
ユートが指差す先。
地響きを立てて迫り来るのは、ただの野盗の群れではなかった。
先頭を走るのは、分厚い装甲に覆われた『魔導戦車』が三両。その後ろには、魔導長距離バズーカを構えた重装歩兵、さらにワイバーンに跨った飛竜騎士まで上空に控えている。
総勢およそ五百。一つの村を更地にするには、あまりにも過剰な軍隊規模の戦力だ。
『――あー、あー! テステス! 聞こえるか、ポポロ村のクソ農民ども!!』
強盗団の先頭。最も巨大な魔導戦車の上に立つ、眼帯をした筋骨隆々の男が、魔導拡声器を使って村に向けて怒号を放った。
『俺たちは優良セキュリティ企業「ブラッド・ファング」だ! てめえら、今月分の【暴行しない券】のサブスク料金が振り込まれてねえぞ! 契約違反(コンプライアンス違反)だ!』
「理不尽すぎるクレームですの! 悪いのは持ち逃げした前村長ですの!」
リーザが防護柵から身を乗り出して叫ぶが、眼帯のリーダーは下品に笑った。
『知るかァ! こっちはお前らの村長を信じて、わざわざ「暴行しない」っていうサービスを提供してやってたんだよ! それなのに三ヶ月も不渡りを出しやがって……俺たちの我慢も限界だ!
いいか! これから俺たちは「正当な債権回収」として、この村の資産、作物、女、全てを強制的に差し押さえ(略奪)させてもらう! 抵抗する奴はミンチにするぞォ!!』
「ウオオオオオオッ!!」
強盗団が、一斉に武器を掲げて歓声を上げる。
圧倒的な暴力の気配に、ポポロ村の農民たちはガタガタと震え上がり、泣き崩れる者もいた。
「……トリス殿。相手は軍隊です。我々自警団の装備(魔導ライフル)では、あの装甲は抜けません」
マンミアが、手にしたパイルバンカー『アグニ』を強く握りしめ、悲痛な決意を込めて俺を見た。
「キャルル村長と、村の皆さんは北口から逃げてください。私と自警団で、少しでも時間を稼ぎます。……トリス殿に床を補強していただいた恩、ここで命を懸けて――」
「おいおい、勝手に死に場所を作るな」
俺は、悲壮な覚悟を決めているマンミアの頭を、ポンと軽く叩いた。
ケンタウロス姫が「へゅっ!?」と変な声を上げて赤面する。
「トリス君! 私がいくよ! アイツら全員、私の安全靴で脳天カチ割ってあげる!」
「俺も行くッス! 真の勇者の力、見せてやるッス!」
キャルルとユートが前に出ようとするが、俺は両腕を広げて二人を制止した。
「お前らも待て。……無駄な残業をする必要はない。俺たちホープ・クローバー(正規の職人)の出番はゼロだ」
「えっ? でもトリス、このままだと村が……!」
俺は、村の南口の最前線――防護柵よりもさらに前に建設してある、巨大な木造三階建てアパート『ポポロ・コーポ』を指差した。
「相手は数百の軍隊だ。なら、こちらも『相応の防犯システム(セキュリティ)』を起動させるだけだ」
「防犯システム……? まさか、あのアパートに何か自動迎撃の罠が……?」
「いや? 俺が作ったのは、完璧な防音断熱材と、ミサイルにも耐える耐震ベタ基礎を備えた『ただの快適な住居』だ。……だがな」
俺は、ニヤリと獰猛な笑みを深めた。
「あの物件には今、大陸で最も『睡眠を邪魔されてはいけない最悪のクレーマー(入居者)たち』が、スヤスヤと眠っているんだよ」
時計を見れば、まだ早朝の六時。
昨晩、ラーメンのスープの仕込みで徹夜した竜王デューク。
パチンコで負けて朝帰りし、爆睡している狼王フェンリル。
サウナの朝風呂を満喫している次元超越者リキ兄貴。
そして、深夜まで女子会(飲み会)で愚痴をこぼし、二日酔いで寝ている神々(フレアたち)。
彼らは皆、ポポロ・コーポの『完全防音』の部屋の中で、至福の休息を貪っている最中なのだ。
『撃てェェェッ! まずは見せしめに、村の一番手前にあるあの生意気なデカい建物を吹っ飛ばせ!!』
眼帯のリーダーが、無知ゆえの最悪の命令を下した。
強盗団の三両の魔導戦車が、主砲の砲身を『ポポロ・コーポ』へと向ける。
「ああっ! トリス殿の建てたアパートが!」
「危ないッス!!」
ズゴォォォォォォォォォォンッ!!!
放たれた三発の魔導榴弾が、空気を引き裂いてポポロ・コーポの外壁に直撃した。
爆炎が上がり、激しい黒煙が建物を包み込む。
『ギャハハハハッ! 木造のボロアパートなんか一撃だぜ! さあ、次は村の広場に――』
強盗たちが下劣な笑い声を上げた、その時だった。
――スゥッ……。
爆煙が、不自然な風によって一瞬で吹き飛ばされた。
強盗団の笑い声が、ピタリと止まる。
「な……なんだと……!?」
眼帯のリーダーが、目玉が飛び出そうなほどに見開いた。
直撃を受けたはずのポポロ・コーポの外壁には、焦げ跡一つ、傷一つついていなかった。ドンガン地下帝国の最新防弾建材と、俺の百馬力の魔力で錬成したチタン合金ジョイントが、戦車砲の直撃を完全に殺し切ったのだ。
だが、問題は『外壁の無事』ではなかった。
「……トリス殿。アパートから……とてつもない殺気が……」
マンミアが、ガクガクと震えながらアパートを指差した。
そう。外壁はノーダメージだったが、着弾の『衝撃(物理的な振動)』までは完全に殺し切れなかった。
ガラッ! バタンッ!!
一階、二階、三階のドアが、一斉に乱暴に蹴り開けられた。
バルコニーに姿を現したのは、ポポロ・コーポの『最悪の住人たち』だ。
「……あぁ? おい、誰だ。俺の徹夜で仕込んだ豚骨スープの鍋を、振動でひっくり返しやがった土方は……」
101号室のバルコニー。頭から豚骨スープをかぶり、静かにキレている竜王デューク。
「……ふぁぁぁ。大家さぁん、地震ッスか? 俺、やっと確変(夢)に入ったところだったんスけど……」
102号室のバルコニー。寝起きの不機嫌さで、周囲の気温を絶対零度まで凍てつかせている狼王フェンリル。
「おい、てめえら。俺の朝風呂の邪魔すんじゃねえぞ、あァ!?」
103号室のバルコニー。腰にバスタオルを巻いただけの姿で、両拳にバチバチと数億ボルトの聖雷を纏わせている次元超越者リキ兄貴。
さらにB棟からは、「うるさぁぁぁい! 二日酔いの頭に響くじゃないのよぉぉっ!」と、ブチギレた不死鳥フレアが八頭の炎龍を背後に顕現させている。
「ひぃぃっ……!? な、なんだあいつらは!? ただの農民じゃねえぞ!?」
強盗団のリーダーが、本能的な死の恐怖に顔を引き攣らせる。
「……ご愁傷さまだな、債権回収業者ども」
俺は、タローマンジャージのポケットに手を突っ込んだまま、哀れな強盗団に向けて言い放った。
「お前らは今、世界で一番鳴らしてはいけない『インターホン(戦車砲)』を押したんだよ」
睡眠と生活を脅かされた神話級の住人たちの怒りが、数百人の強盗団に向けられようとしていた。
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