EP 7
【B棟・女子寮】ケンタウロス姫と、床の耐荷重構造補強
A棟(男子寮)の家賃滞納問題とルール違反を『家賃回収代行業者(貧乏神のリーザ)』の物理的没収によって見事に制圧した翌日。
俺はマスターキーを片手に、今度はB棟(女子寮)の設備点検と居住ルールの徹底(コンプライアンス監査)へと向かっていた。
B棟の入居状況も、A棟に負けず劣らずの大渋滞だ。
101号室:不死鳥フレア(シングルマザー・未亡人)。
102号室:見習い女神リリス(常に間食しているポンコツ)。
103号室:ルチアナ・カグヤたちの秘密女子会用空き部屋。
201号室:青龍(真面目だがサークルクラッシュの被害者)。
202号室:白虎(ガオンへの片思いで筋トレ狂い)。
203号室:玄武(部屋に引きこもり気味)。
301号室:マンミア(ポポロ村自警団リーダー・ケンタウロス)。
「……さて。男子寮よりは大人しくしていてくれればいいが」
俺がB棟の廊下に足を踏み入れると、一階の101号室から、ズビズビと鼻をすする声と、一升瓶が転がる音が聞こえてきた。
「うぅぅっ……太郎ぉぉぉっ! なんで私を置いて死んだのよぉぉっ! 私、永遠の17歳(設定)なのに未亡人なんて辛すぎるわぁぁっ!」
ドア越しでも分かる。不死鳥フレアが、前世の俺(佐藤太郎)を想って昼間から酒をあおり、号泣しているのだ。
シングルマザーのワンオペ神業で疲労困憊なのは分かるが、昼間からのヤケ酒は防音材をすり抜ける近所迷惑だ。
「……おい、101号室。泣くのは勝手だが、酒瓶を廊下の『燃えないゴミ』の日に分別せずに出しただろ。次は回収業者が持っていかないぞ」
俺がドア越しに淡々と注意すると、「ひっ!? ご、ごめんなさい大家さん!」という声と共に、泣き声がピタリと止んだ。
続いて、隣の102号室。
マスターキーで開けると、初心者マークのジャージを着た見習い女神リリスが、山積みのスナック菓子の空き袋やルナキンのテイクアウト容器の真ん中で、エンジェルすまーとふぉんをいじりながら寝転がっていた。
「……102号室。ここはゴミ処理場じゃねえ。三日以内に部屋を清掃(5S)しろ。できねえなら、ルチアナのクレジットカードを停止する手続きを取るぞ」
「うわぁぁぁん! 大家さんが怖いよぉぉっ! 今すぐ片付けますぅぅっ!」
女神が涙目でゴミ袋を広げ始めたのを確認し、俺はドアを閉めた。
神とはいえ、生活力(インフラ管理能力)は大学生の初めての一人暮らし以下だ。大家(俺)が目を光らせてやらねば、すぐにスラム化してしまう。
「……二階は静かなもんだな。サークルクラッシュ問題は相変わらず闇が深そうだが、他の部屋に迷惑をかけていないならヨシとするか」
俺はクリップボードにチェックを入れながら、三階へと続く階段を上った。
301号室。自警団リーダーであるケンタウロス種の女性、マンミアの部屋だ。
彼女は真面目で責任感が強く、ポポロ村の民を守るために日夜パトロールをしてくれている。入居者の中でも一番の『優良テナント』のはずだが――。
ミシッ……。
メキメキメキッ……!!
「……ん?」
301号室の前まで来た時、明らかに建物の構造から発せられる『異常音』が俺の耳を打った。
これは、木材のホゾ穴(継手)が限界応力を超え、悲鳴を上げている音だ。
「トリス殿……! どうしましょう、私、私……っ!」
ドアの向こうから、マンミアの焦燥しきった泣き声が聞こえる。
俺は即座にマスターキーを差し込み、ドアを勢いよく開け放った。
「どうした、マンミア!」
「ああっ、大家殿! 入ってこないでください! このままでは、床が……!」
俺は目を疑った。
301号室のフローリングの床が、中央に向かってすり鉢状に大きく沈み込んでいたのだ。
その中心で、美しいケンタウロス種のマンミアが、漆黒の馬体の四本脚をガクガクと震わせながら、一歩も動けずに立ちすくんでいた。
彼女が少しでも動けば、メキッ! と床板が不吉な音を立ててさらに沈む。一階までぶち抜けるのは時間の問題だ。
「……申し訳ありません、大家殿……。私の、私の身体が重すぎるばかりに……こんなに素晴らしい新築のアパートを、壊してしまうなんて……っ!」
マンミアの美しい顔が青ざめ、目からは大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちていた。
ケンタウロス種。上半身は人間だが、下半身は完全に馬である。
成人した名馬の体重は、軽く見積もっても五百キロから七百キロに達する。さらに彼女は日頃から鍛え上げ、重厚なパイルバンカーまで所持している。
対して、一般的な木造アパートの床の耐荷重は、1平方メートルあたり約二百キロ程度。
マンミアが四本脚で局所的に体重(荷重)をかければ、床が抜けるのは力学的に当然の帰結だった。
「私って……本当にダメな女です。……二十五歳にもなって恋人の一人もできず、クリスマスは毎年売れ残りの半額ケーキで……。その上、こんな可愛くない重い馬体で……迷惑ばかりかけて……っ! 私は、ポポロ村の自警団リーダー失格です……!」
床が抜ける恐怖と、日頃溜め込んでいた『二十五歳未婚コンプレックス』が完全に決壊し、マンミアは顔を覆って号泣し始めた。
女性にとって「体重」はただでさえデリケートな問題だ。それが原因で新築の床を破壊しかけているとなれば、その自尊心へのダメージは計り知れない。
「…………」
俺は、無言のままタローマンジャージのポケットから手を抜き、腰袋から『チョーク』を取り出した。
そして、メキメキと音を立てる床を全く恐れることなく、マンミアの足元へとスタスタと歩み寄った。
「だ、大家殿!? 危険です、これ以上荷重がかかれば、完全に底が抜けます!」
「勘違いするな、マンミア」
俺は、マンミアの足元のフローリングの隙間にチョークで素早く『印』をつけながら、鋭く、だが力強い声で言い放った。
「お前の体重が重いんじゃない。……俺の『耐荷重計算』が甘かっただけだ」
「え……?」
「入居者の種族特性を事前に把握していながら、局所集中荷重に対する『根太』と『大引き』の補強を怠った。これは施工不良だ。居住者の安全を守れない建物は、欠陥住宅以外の何物でもない」
俺は、床板越しに建物の骨組み(ワイヤーフレーム)を『脳内CAD』でスキャンした。
「重くて可愛くないだと? ふざけるな。お前のその馬体は、村の平和を守るために鍛え上げられた誇り高き『筋肉』だろ。それを支えきれない貧弱な床を作った俺の設計を、入居者のせいにして泣くんじゃねえ」
「トリス殿……」
マンミアが、涙で濡れた瞳を大きく見開く。
彼女のコンプレックスである『重さ』を、俺は一切責めず、むしろ「建物の責任(俺の落ち度)」だと言い切った。
前世のゼネコン時代から俺が守り続けてきた、プロの現場監督としての絶対の矜持。
「お前はそこで、一歩も動かずにじっとしていろ」
俺は、チョークで印をつけた床板の中心に、右の拳を強く押し当てた。
百馬力の魔力を限界まで練り上げ、俺の【建築工房】を建物全体の『骨格』へと直接アクセスさせる。
「構造補強――『チタン合金製・H鋼ジョイント』!!」
ドグォォォォォォォォンッ!!!
建物全体が、一瞬だけ激しく振動した。
ドンガン地下帝国から仕入れていた、航空魔導艦の装甲にも使われる『超軽量・超高硬度チタン合金』。それを俺の魔力で一瞬にして『H鋼の梁』へと錬成し、マンミアの部屋の床下の構造材と完全に同化・結合させたのだ。
点ではなく『面』で荷重を分散させる、究極の対重量フロア構造。
「……よし。これで補強工事(フェーズ1)完了だ」
俺が立ち上がると、先ほどまでミシミシと悲鳴を上げていた床は、完全な静寂と安定を取り戻していた。
「ためしに、その場で強めに足踏みしてみろ」
「あ……は、はいっ!」
マンミアが、おそるおそる漆黒の蹄でフローリングをドンッと叩く。
ビクともしない。トランポリンのように沈み込んでいた床が、今はまるで分厚い岩盤のように彼女の巨体を完璧に支え切っていた。
「す、すごいです……! 全く揺れませんし、きしみもしない……!」
「当たり前だ。ゾウがタップダンスを踊っても抜けないように、ジョイントの強度を設計基準の十倍に引き上げておいた。……これなら、お前が部屋でいくらパイルバンカーの素振りをしようが、安心して眠れるだろ」
俺がチョークの粉を払いながらニヤリと笑うと、マンミアの顔が、ボンッ! と音を立てる勢いで真っ赤に染まった。
「と、トリス殿……」
彼女の胸の奥で、かつてないほどの激しい鼓動が鳴り響いていた。
25年間、未婚。大きくて重い馬体をコンプレックスに感じ、誰にも甘えることができずに自警団リーダーとして気を張ってきた彼女。
そんな彼女の『一番の弱点』を、物理的にも精神的にも、こんなにも男らしく、完璧なロジックで「支えてくれた」男は、今まで一人もいなかった。
(あ、ああ……なんという頼もしさ……。トリス殿になら……私の、この『背中』を預けても……)
ケンタウロス種の女性にとって、「自分の背中に男性を乗せる」ことは、最大級の愛情表現であり、生涯の伴侶(婿)として認めたという絶対の証である。
マンミアは潤んだ瞳で俺を見つめ、無意識のうちに、自分の美しい馬体の背中を俺の方へと少しだけ向けかけた。
「あ、あの……トリス殿……。もし、もしよろしければ……私の背中に、乗って……」
「ん? なんだ? あ、すまん、ちょっと待て」
俺は、腰のポーチで振動を始めた『魔導通信石』を取り出した。
表示されているのは、ギルドマスターからの緊急通信のサインだ。
「悪い、マンミア。補修は終わったが、緊急の現場が入ったらしい。何か不具合があったら、また『管理会社(俺)』に言ってくれ」
「えっ? あ、はい……っ。あ、ありがとうございました……!」
俺がひらひらと手を振って部屋を出て行くと、取り残されたマンミアは、ギリギリで寸止めされた『プロポーズ未遂』の羞恥に、顔から湯気を出してその場にへたり込んだ。
「わ、私ったら……なんてはしたないことを……。でも、トリス殿……素敵すぎる……♡」
こうして、B棟(女子寮)に住まう最強のケンタウロス姫は、最高現場監督の『完璧な耐荷重計算(男気)』の前に、完全に乙女へとリフォームされてしまったのである。
▽ ▽ ▽
「……なんだって? マスター」
『ポポロ村に向かって、数百人規模の重武装部隊が進軍している。間違いない、例の「暴行しない券」のプール金を持ち逃げされてキレた強盗団の本隊だ!』
ポポロ・コーポの外に出た俺の耳に、通信石越しにギルドマスターの焦燥しきった声が届く。
「数百人規模? 強盗のレベルを超えてるな。武装は?」
『魔導戦車三両に、長距離魔導バズーカ部隊までいるらしい。奴ら、契約違反の腹いせに、ポポロ村を文字通り「更地」にする気だ! すぐに王都から討伐軍を送るが、到着には一日かかる! トリス、お前たちホープ・クローバーはすぐに村人たちを避難させて防衛を――』
「いや、王都の軍(応援)は必要ない。キャンセルしておけ」
俺は、タローマンジャージのポケットに通信石を突っ込み、完成したばかりの『ポポロ・コーポ』を見上げた。
『な、何を言ってるんだ!? 相手は軍隊並みの武装だぞ! いくらお前でも、たった数人で数百人を相手に村は守りきれない!』
「俺たち(職人)は戦わない。ここは村長の村であり、俺の物件の敷地内だ」
俺は、ニヤリと極悪な笑みを浮かべた。
「……不法侵入してきた悪質クレーマー(強盗)の対応は、うちのアパートの『厄介な住人ども』に任せておくさ」
ポポロ村の平和を脅かす最大の理不尽。
だが、彼らはまだ知らない。この村には今、大陸で最も安眠を邪魔してはいけない『神々が住まう最強のアパート』が存在しているということを。
読んでいただきありがとうございます。
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