EP 5
悪夢の進学校入学と、欠陥構造(侯爵家嫡男)の解体作業
裏庭でのエルフの老人・ファエルとの秘密の修業(突貫工事)が始まってから、五年が経過した。
十歳になった俺の肉体は、完全に「バグ」っていた。
母マリアの並々ならぬ過剰な回復魔法ドーピングによって基礎限界値が跳ね上がった身体に、ファエルが叩き込んだ『無駄を一切省いたエルフの殺人術』という最強の鉄骨が組み込まれたのだ。
木々の間を音もなく駆け抜け、急所のみを正確に射抜く弓術。
相手の力のベクトルを完璧に読み切り、最小の力で重心を崩す剣術。
俺のスペックは、もはや帝国の精鋭騎士団すら単騎で制圧可能なレベルに達していた。
だが、表向きの俺は相変わらず「ルシファン家の恥晒し」であり、「土方スキルしか持たない無能な三男坊」だった。
能ある鷹は爪を隠す、ではない。
目立てば面倒な責任やクレーマー(貴族)が寄ってくるから、あえてモブを演じているだけだ。俺は自分の自由な設計図(未来)のために、ひたすら力を隠匿し続けた。
そんな十歳の春、父モーリから突然の通告があった。
「トリス。お前は来月から、王都の『ルナミス学園』に入学しろ」
「……俺が、ですか?」
「そうだ。家でゴロゴロと穀を潰されるよりはマシだ。貴族の進学校で最低限の箔をつけ、どこかの成金商家にでも婿入りする準備をしておけ。我がルシファン家のコネクション作りの捨て駒くらいにはなるだろう」
父は相変わらず、俺の顔も見ずにそう吐き捨てた。
隣で母マリアが悲痛な顔をしていたが、俺の内心は真逆だった。
(よっしゃ! ついにこの息苦しい実家(クソ物件)から出られる!)
全寮制の進学校。それはつまり、親父の監視から逃れ、完全に自由な一人暮らし(モラトリアム)が始まることを意味する。
学園生活を利用して、この世界のインフラや経済、ダンジョンの仕組みを学び、将来の独立に向けた完璧な準備(足場組み)を進める絶好のチャンスだった。
「あなた、トリスはまだ十歳ですよ! あんな厳しい貴族の学園で、いじめられでもしたら……!」
「母さん、大丈夫だよ」
俺はすがりつく母の肩を優しく抱いた。
十歳にしては大人びすぎた俺の態度に、マリアは少し驚いたように瞬きをする。
「俺は、俺の人生の地盤調査に行ってくるだけだ。絶対に立派な独立を果たして、いつか母さんを迎えに行くから。だから、心配しないで待っててくれ」
「トリス……」
母の涙を拭い、裏庭でファエルに「しばらく現場を離れる」と挨拶を済ませた俺は、意気揚々とルナミス学園への馬車に乗り込んだのである。
▽ ▽ ▽
ルナミス学園。
佐藤太郎が持ち込んだ現代知識と魔法技術が融合した、この国最高峰のエリート養成機関だ。
敷地内には魔導街灯が並び、ガラス張りの美しい校舎がそびえ立つ。
だが、建築士である俺の目から見れば「デザインに全振りして、耐震強度や生活動線が疎かになっている見栄っ張りな建物」だった。
そして、そこに通う生徒たちもまた、建物と同じだった。
「おい、見たかよアイツ。ルシファン家の三男だろ?」
「ああ、あの『土方スキル』の! よくもまぁ、こんな高貴な学園に泥臭いスキル持ちが入れたものだ」
「近づくなよ、泥がうつるぜ。ぎゃはは!」
入学初日から、俺への風当たりは強烈だった。
高価なミスリル製の防具や、派手な魔導具で着飾った貴族の子息たちが、安い標準服しか着ていない俺を露骨に嘲笑してくる。
だが、俺のメンタルは前世のブラック設計事務所で鍛え抜かれた『鋼』である。
(納期を守らない下請けや、図面読めないのに文句だけは一人前のクレーマー施主に比べれば、お前らの陰口なんてそよ風みたいなもんだ)
俺は完全に無視を決め込み、波風を立てずに「モブA」として学園生活を消化するつもりだった。
――しかし。
俺の『安全基準』を、土足で踏みにじる愚か者が現れた。
入学から数日後。屋外訓練場での『剣術の模擬戦』の授業中だった。
教師から二人一組になるよう指示が出た直後、一人の大柄な少年が俺の前に立ち塞がった。
金髪をオールバックにし、無駄に装飾の多い高価な剣を腰に帯びた、いかにも傲慢そうな少年。
「お前がトリス・ルシファンだな。俺はガレス。ガレス・ヴァン・オーランド侯爵家嫡男だ」
「……初めまして。俺に何か?」
「フン。名門ルシファン家も地に落ちたものだ。平民の娼婦を母親に持ち、土方スキルしか授からなかったゴミが、俺と同じ空気を吸っていると思うと反吐が出る」
ガレスは周囲に聞こえるような大声で、ねっとりと笑いながら言った。
「タローマンのレジ打ちごときが伯爵のベッドに潜り込んだんだ。どうせ、卑しい腰つきで男を誑かすことしか脳がない、安っぽい女なのだろうな。その汚い血を引いたお前も、さぞ——」
ピタッ、と。
俺の中で、何かの『スイッチ』が切り替わる音がした。
俺自身のことを、土方と笑われるのは構わない。
だが、俺のために自分の生活を削り、毎日教会に通って祈り、無限の愛情を注いでくれた母マリアを「娼婦」と侮辱した。
(――安全限界超過)
脳内のCADが、けたたましいアラートを鳴らす。
感情的に怒鳴り散らすような真似はしない。
ただ、目の前に存在するこの傲慢で無礼な「欠陥構造物」を、法とルールの範囲内で、徹底的に『解体』してやろうと、冷徹に決意した。
「……ガレス先輩、でしたか。それなら、模擬戦の相手をお願いできますか? 俺みたいな土方から、貴族の『美しく強い剣術』を学ばせていただきたい」
俺は感情を完全にフラットにし、礼儀正しく頭を下げた。
ガレスは「平民が命乞いをしている」と勘違いしたのか、醜く顔を歪めて嘲笑した。
「いいだろう! オーランド家の圧倒的な力と美しさ、その身に刻んでやる! 死なない程度にな!」
訓練場の中央。
教師の合図と共に、模擬戦が開始された。
「ハァァァァッ!!」
ガレスが闘気を爆発させ、木剣を大上段に振りかぶって突進してくる。
十歳の子供とは思えない、すさまじい速度と膂力だ。侯爵家の金にモノを言わせた、上質な英才教育の賜物だろう。
だが。
(……遅い。そして、構造が破綻している)
ファエルとの殺し合い(修業)に比べれば、止まって見える速度だった。
俺の視界には、【建築工房】の解析スキルによる『赤いベクトル線』が浮かび上がっている。
ガレスの踏み込み。振り下ろされる木剣の軌道。体重の移動。
そのすべてが、見栄えと威力「だけ」を重視した、バランスの悪い欠陥建築。
(右足の踏み込みが強すぎる。大黒柱(体幹)が前傾し、上半身のトルクのみに依存したスイング。最大の負荷(弱点)が集中しているのは……右膝の関節と、手首のヒンジ(蝶番)だ)
俺は動かない。
ガレスの木剣が俺の脳天をカチ割る、ほんのコンマ一秒前。
スッ、と。
俺は最小限の歩法で、斜め前方に半歩だけ「ズレ」た。
「な……ッ!?」
標的が突然視界から消え、ガレスが目を見開く。
全力で振り下ろされた彼の木剣は空を切り、行き場を失ったすさまじい運動エネルギー(荷重)が、ガレス自身の身体に跳ね返る。
俺はその瞬間を逃さなかった。
自分が持っていた木剣の先で、ガレスの『右膝の裏(関節の可動域の死角)』と、『手首の極小のツボ』に、トンッ、トンッ、と。
わずか五キロ程度の力で、正確無比なタップ(打撃)を加えた。
バキィィィィィィンッ!!!!
「ギャアアアアアアアアアアアッ!?」
訓練場に、不快な骨の折れる音と、絶叫が響き渡った。
俺は一撃も「叩き斬って」はいない。
ただ、彼の力のベクトルが最も脆弱な支点に、ピンポイントで負荷をかけただけ。
結果として、ガレスは『自分自身が振り下ろした全力の破壊力』を、自らの右膝と手首でモロに受け止める形となり、関節が耐えきれずに自壊したのだ。
バランスを完全に崩したガレスは、勢い余って石畳の床に顔面から激突。
鼻血を噴き出し、白目を剥いてその場に昏倒した。
「お、おい! 何が起きた!?」
「ルシファンの三男は何もしてないぞ!? ガレス様が勝手に転んで……!」
静まり返る訓練場。
教師が慌てて駆け寄り、ガレスの容態を確認して顔を青ざめさせる。
「ひ、酷い骨折だ! 誰か、救護班を呼べ!」
パニックになる周囲をよそに、俺は木剣をスッと下げ、無表情のまま倒れ伏すガレスを見下ろした。
「……基礎工事もろくにできていないのに、無駄に重い装飾(闘気)なんか乗せるから、自重に耐えきれずに倒壊するんですよ。明らかな『構造的欠陥』ですね」
俺は誰に聞こえるでもない声で、冷淡にそう吐き捨てた。
侯爵家の嫡男を叩きのめした。この事実が、後々大きなトラブル(違約金請求)に発展することは容易に想像がつく。
だが、後悔は一切ない。
俺の母を侮辱した。その時点で、こいつは俺の現場から排除すべき『危険物』だったのだから。
「さて、親父がどう動くか……見ものだな」
騒然とする訓練場の中で、俺は次なる工程(トラブル対応)にと思考を切り替え、静かに息を吐いたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




