EP 4
貴族の剣術は『欠陥住宅』。凄腕エルフと弁当の契約
ルシファン伯爵家では、男子は五歳になると専属の騎士から剣術の指南を受ける習わしがある。
三男であり『ハズレの土方スキル』と見なされている俺にも、一応は体面としてその教育の場が与えられた。ただし、長男や次男を教える筆頭騎士ではなく、暇を持て余した若い下級騎士が担当だったが。
「いいか、トリス様! 貴族の剣とは優雅にして力強くあらねばならない。このように、腕を大きく振りかぶり、闘気を刃に乗せて叩き斬るのだ!」
中庭の訓練場。
下級騎士が木剣を大上段に構え、気合と共に振り下ろす。
空気を裂く鋭い音が鳴り、それなりの威力であることは伝わってきた。普通の五歳児なら「かっこいい!」と目を輝かせる場面だろう。
だが、俺の目――【建築工房】の『脳内CAD(構造解析)』を通した視界には、彼の動きに無数の赤い警告が点滅して見えていた。
(……酷いな。なんだあのフォームは)
俺は木剣を持ったまま、呆れてため息をつきそうになった。
(大振りにすることで遠心力は得ているが、重心が前に突っ込みすぎている。振り下ろした瞬間に右膝への荷重が極端に偏り、次の動作への移行にコンマ五秒の遅延が生じる。おまけに脇がガラ空きで、胴体という大黒柱が無防備だ)
建築士の視点から言わせてもらえば、彼の剣術は『見栄えだけを重視した欠陥住宅』である。
外観は立派だが、耐震基準を全く満たしていない。強い横揺れ(カウンター)が来れば一瞬で倒壊する。
「さあ、トリス様もやってみてください! ルシファン家の優雅な剣技を!」
「……はい」
俺は小さく頷き、木剣を構える。
相手は大人。俺は五歳の子供。
しかし、母マリアの過激な「回復魔法ドーピング」のおかげで、俺の筋肉と骨格の密度(基礎強度)は、目の前の下級騎士を遥かに凌駕する『百馬力』に達していた。
「では、打ち込んできてください!」
騎士が木剣を構え、余裕の笑みを浮かべる。
俺は一歩、踏み込んだ。
優雅に振りかぶるなんて無駄な動き(工数)は一切しない。
最短距離。最小モーション。重心を低く保ち、大地からの反発力を腰、肩、腕へと無駄なく伝達させる完璧な『力の構造力学』。
「え……ッ!?」
騎士が反応するより早く、俺の木剣は下から斜め上へと跳ね上がり、騎士が構えていた木剣の『力学的な死角(最も力の入りにくい支点)』を正確に叩き上げた。
パァァァァンッ!!
乾いた破裂音が響き、下級騎士の木剣が手からすっぽ抜けて宙を舞う。
騎士は唖然として、空の手に視線を落とした。
「……あ、あれ?」
「あ、ごめんなさい。手が滑っちゃって」
俺は子供らしく誤魔化したが、騎士の顔がみるみるうちに怒りで赤く染まった。
「な、なんだ今の泥臭い剣は! ルシファン家の剣術はもっと背筋を伸ばし、美しく剣を交えるものだ! 貴様には貴族としての誇りというものがないのか! これだから平民の血が混ざった土方は……!」
怒鳴り散らす騎士を前に、俺の心は完全に冷え切っていた。
優雅さ? 美しさ? ふざけるな。
剣術の目的は「敵の構造を破壊し、自分の構造を維持する」ことだ。実戦において、見栄えを気にして隙を作るなど、安全帯を付けずに高層ビルの足場を歩くような自殺行為に他ならない。
「……今日の稽古はこれで終わりにしましょう。疲れました」
俺は木剣を放り投げ、さっさと訓練場を後にした。
背後で騎士が何か喚いていたが、俺の耳には一切入らなかった。
▽ ▽ ▽
「あーあ。あれじゃ、ゴブリン一匹相手にも命がいくつあっても足りないぞ」
誰も寄り付かない屋敷の裏庭で、俺は一人ぼやいていた。
俺の目標は、この理不尽な世界で自由に生き抜くための「最強のマイホーム(人生)」を築くことだ。魔法の最適化はできたが、白兵戦の技術がアレでは心許ない。
「腹減ったな……。とりあえず飯にするか」
俺は腰の魔法ポーチから、弁当を取り出した。
タローマン(ルナミス帝国に点在する巨大ホームセンター)の食品コーナーで母さんが買ってきた『一型携行食(高カロリー戦闘用糧食)』をベースに、俺がこっそり裏庭の野草(陽薬草)と厨房からくすねた調味料でアレンジを加えた特製肉巻きおにぎりだ。
タローマンの食品は安価だが、味付けが絶望的に大雑把なため、俺が前世の自炊知識でリフォームしているのである。
香ばしい肉の匂いが漂った、その時だった。
「……うぅ……匂い……」
裏庭の鬱蒼とした茂みの中から、枯れ枝を踏む音と共に、何者かが這い出してきた。
ボロボロの外套を羽織り、白く長い髪を泥に塗らせた老人だった。
特徴的なのは、長く尖った耳。
エルフだ。魔法に長け、世界樹の森で中立を貫くという誇り高き種族。
そのエルフの老人が、今、俺の足元で青息吐息で倒れ伏している。
「……腹が……減った……。三日、何も食っておらん……」
「……」
俺は手元の肉巻きおにぎりと、老人を交互に見比べた。
見捨てるのは寝覚めが悪い。それに、この老人の身体の動き。倒れ伏してはいるが、筋肉の付き方や関節の使い方が、ただの老人ではない。無駄が一切ないのだ。
「ほら、食いなよ」
俺は肉巻きおにぎりを老人の口元に差し出した。
老人は目を見開き、ひったくるようにおにぎりを奪うと、猛然と食らいつき始めた。
「ガツッ! むぐ、モグモグ……ッ!? な、なんだこれは! 肉の旨味と、米の甘味、それにこの絶妙な塩気……! エルフの郷の精進料理など比べ物にならん美味さだ!」
涙を流しながら、老人は一瞬でおにぎりを完食した。
ふぅ、と満足げなため息をつき、老人はようやく俺の顔をまじまじと見つめた。
「恩に着る、人間の子供よ。儂はファエル。ふらふらと世界を旅しておる、しがない老いぼれエルフじゃ」
「俺はトリス。ルシファン家の三男だ。しがない老いぼれって言うけど……あんた、タダモノじゃないだろ」
俺の言葉に、ファエルはニヤリと口角を上げた。
老人は立ち上がり、服の泥を払う。その動作一つ一つに、一切のブレがない。完璧な重心制御。
「ほう。五歳の子供が、儂の歩法を見抜くか。それに……お主、なんちゅう身体をしておる。その小さな器の中に、火山でも押し込んどるのか? 闘気と魔力の密度が、常人のそれではないぞ」
「うちの母さんの過剰な基礎工事の賜物さ。でも、入れ物が良くても、使い方が分からなくて困ってるんだ」
俺は足元に落ちていた手頃な木の枝を拾い、ファエルに向けた。
「さっきの騎士の剣術は、欠陥住宅だった。俺が欲しいのは、見栄えのいいダンスじゃない。確実に敵の息の根を止め、自分を絶対安全圏に置くための『完璧な構造』だ」
「カッカッカ! 五歳児が欠陥住宅たぁ、面白い例えをする!」
ファエルもその辺の木の枝を拾い上げ、スッと構えた。
その瞬間、老人の纏う空気が一変した。
隙がない。前後左右、どこから荷重(攻撃)をかけても、完璧に力を逃がし、同時に反撃のカウンターが飛んでくる『難攻不落の要塞』がそこに完成していた。
「儂は昔、ちと血生臭い戦場に身を置いておってな。エルフには珍しく、魔法よりも弓と剣で命を刈り取る術ばかり磨いてきた。……どうじゃ、小僧。儂の技術、気に入ったか?」
「ああ。惚れ惚れするような、見事な免震構造だ」
俺は笑みを深くした。
この老人こそ、俺が求めていた「最高の現場監督(師匠)」だ。
「取引をしよう、ファエル。あんたのその殺しの技術、俺に教えてくれ。代金は……」
俺が腰の魔法ポーチをポンと叩くと、ファエルの尖った耳がピクンと反応した。
「俺がアレンジした、最高に美味くて腹に溜まる特製弁当。これを毎日、三食提供する。どうだ?」
「……カッ! 交渉成立じゃ、悪賢い小僧め! その代わり、骨の髄まで実戦の技術を叩き込んでやる。エルフの稽古は、人間の騎士の遊戯とは比べ物にならんほど厳しいぞ!」
老エルフは舌なめずりをして笑った。
こうして俺は、貴族の表舞台から完全にドロップアウトした裏庭で、規格外の肉体スペックに「本物の殺しの技術」という鉄骨を組み上げる、秘密の修業(突貫工事)を開始したのである。
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