EP 3
規格外スキル【建築工房】の異常なポテンシャル
スキル検査から二年が経ち、俺は五歳になった。
ルシファン伯爵家での俺の扱いは、絵に描いたような「放置」である。
父モーリは俺を完全に『平民の血が混ざったハズレの三男坊』として見限り、顔を合わせても挨拶すらしてこない。正妻とその息子たちである優秀な兄二人は、俺と母マリアを露骨に見下し、使用人たちもそんな空気を読んで俺たちには最低限の世話しか焼かなかった。
だが、俺にとってそれは「最高の職場環境」だった。
前世のブラック設計事務所では、上司の監視、鳴り止まない電話、クレーマーからの呼び出しで一息つく暇もなかった。それに比べれば、誰にも干渉されず、自分の時間を100%自由に使える今の環境は、まさにホワイト企業(実家)である。
そして何より、俺には母マリアの「基礎工事」があった。
俺が五歳になるまで、母は実家の生活費を極限まで切り詰め、教会での強力な回復魔法を俺に注ぎ込み続けた。
結果として、五歳児の小さな身体の中には、トップクラスの魔闘剣士すら凌駕する『百馬力オーバー』の闘気と魔力が圧縮されている。ちょっとジャンプすれば天井に頭が突き刺さるし、その気になれば屋敷の壁くらい素手でぶち抜ける。
まさに、過剰設計された超高強度コンクリート製の肉体だ。
そんな無敵の肉体を隠しながら、俺は自分の部屋で「ある検証」を続けていた。
「よし……資材のストックは十分だな」
床に転がっているのは、庭から拾い集めてきた小石、木の枝、そして使い古された鉄の釘が少々。
俺は目を閉じ、意識を自分のユニークスキル【建築工房】に集中させる。
瞬間、視界の裏側に青白いグリッド線――いわゆる『脳内CAD』が展開される。
俺は前世の記憶と一級建築士の知識を総動員し、その仮想空間内に一本の橋の図面を描き出した。
指定するのは『トラス構造』。
三角形を組み合わせることで荷重を分散し、少ない部材で強固な強度を誇る、建築・土木における基本かつ最強の構造力学だ。
「マテリアル・サクション(資材取り込み)、からの……インスタント・ビルド(瞬間構築)!」
俺が指先を鳴らした瞬間。
床に散らばっていた小石と木の枝、そして鉄釘が、ふわりと宙に浮き上がった。
それらは淡い光に包まれたかと思うと、目にも留まらぬ速度で自動的に組み上がり――たった一秒後には、全長一メートルほどの精巧極まる『トラス橋のミニチュア』が完成して床に降り立った。
「……完璧だ」
橋の中央に、試しに数十キロはある重い本棚を乗せてみる。
ミシミシと音を立てることもなく、木の枝と小石で作られた橋は、その重量を完全に分散して支え切っていた。
これが、【建築工房】の真髄である。
ただの大工仕事ではない。資材と魔力さえあれば、俺の脳内にある『設計図』を、寸分の狂いもなく現実に錬成(出力)できる、物理法則と魔法を掛け合わせたチート空間支配スキルなのだ。
親父はこれを「泥臭い土方スキル」と笑った。
確かに、図面を引く知識がない普通の三歳児がこのスキルを使っても、精々「犬小屋が早く作れる」程度の能力にしかならないだろう。
だが、中身が『現代日本の知識を持った一級建築士』となれば話は全く変わってくる。
構造力学、材料力学、耐震計算、空調設備。俺の頭の中にある現代の建築技術を、この魔法世界の素材で出力すれば、理論上、どんな攻撃も通さない絶対防壁や、空に浮かぶ要塞すら建築可能だ。
「さて、スキルの検証はこれでよし。次は……『魔法』の構造解析だな」
俺は自作のトラス橋を魔法ポーチ(母が内緒で買ってくれた安物だが、空間収納ができる便利な代物だ)に放り込むと、こっそりと自室を抜け出し、屋敷の裏庭に向かった。
ルシファン伯爵邸の裏庭は広く、手入れが行き届いていないため、鬱蒼とした木々と苔むした巨大な庭石が放置されている。俺の格好の「実験場(現場)」だった。
ルナミス帝国の一般的な魔法使いが放つ『ストーンバレット(岩弾)』は、拳大の石が時速百五十キロで飛んでいく程度だという。
五歳になった俺は、最近になって母マリアから簡単な魔法の基礎を教わった。
この世界の魔法は、己の魔力を属性に変換し、イメージを具現化して放つというものらしい。だが、建築士の俺から見れば、そのプロセスはあまりにも「非効率」で「手抜き工事」だった。
「ただ魔力を込めて『燃えろ!』ってイメージするだけじゃ、エネルギーのロスが大きすぎる。基礎工事もなしに家を建てるようなもんだ」
俺は右手の指先を、十メートル先にある大人ほどの大きさの巨大な庭石に向ける。
「魔法陣は『設計図』。魔力は『建材』だ。なら、魔法を構築する時にも、構造計算を適用してやればいい」
脳内CADを展開する。
今回設計するのは、炎の魔法弾。
まず、魔力(建材)を極限まで圧縮し、形状を完全な流線型(弾丸の形状)に設定する。空気抵抗を最小限に抑え、貫通力を最大化させるためだ。
次に、熱力学の法則を適用。弾丸の表面温度だけを数千度に集中させ、内部は推進力のための高圧ガスを生成するチャンバー構造とする。
無駄な魔力の拡散(光や音への変換)を極限まで削ぎ落とし、ただ『貫通し、融解させる』という一点のみにエネルギーのベクトルを揃える。
「……設計完了。出力、たったの1%」
百馬力ある俺の魔力のうち、ほんの僅か、一般人の魔法使い以下の魔力しか注ぎ込まない。
重要なのは『量』ではない。『構造』だ。
「『フレイム・バレット(炎弾)』――着工」
プスッ、という気の抜けたような、小さな音がした。
指先から放たれたのは、わずか小指の先ほどの、赤い光の点。
派手な爆炎も、轟音もない。
だが。
――ジュッ……!!
赤い点が巨大な庭石に着弾した瞬間、岩の表面が「溶岩」のようにドロリと融解した。
そして次の瞬間。
ズドドドドドォォォォォォンッ!!!
庭石の裏側から、凄まじい衝撃波と共に、岩の破片が扇状に吹き飛んだ。
土煙が晴れた後、そこにあったのは、中心を直径十センチほど『綺麗に円柱状にくり抜かれた』巨大な岩の姿だった。
断面は数千度の超高温でガラス化し、オレンジ色に鈍く発光している。
「……うん、想定通りの強度(威力)だ」
俺は満足げに頷いた。
空気抵抗を無視する流線型構造と、極小の一点に集中させた熱量。それが岩石を貫通し、内部で爆発的に熱膨張を引き起こすことで、防御力を無視した破壊をもたらしたのだ。
たった1%の魔力でこの威力。もし100%の魔力を注ぎ込み、『イフリート・プロミネンス・ダンス(火炎旋風)』クラスの大規模魔法を構造計算で最適化すれば、どうなるか。
おそらく、山が一つ綺麗に消し飛ぶだろう。
「ふふっ……あっはっはっは!」
誰もいない裏庭で、俺は思わず笑い声を漏らした。
親父よ、優秀な兄貴たちよ。せいぜい俺のことを、泥臭いハズレ枠だと見下して、政略結婚の駒にでもしようと企んでいればいい。
俺のスキル【建築工房】は、家を建てるだけじゃない。
あらゆる物理事象を解析し、最適化し、己の設計通りに「世界を構築・破壊できる」神の権能だ。
そして俺の肉体は、母の愛によってドーピングされた最強の基礎を誇っている。
「どんな理不尽な世界だろうと関係ない。俺は俺の知識とこのスキルで、誰にも文句を言わせない『最強のマイホーム(人生)』を築き上げてやる」
俺はガラス化した庭石の穴を撫でながら、不敵な笑みを浮かべた。
そのためには、まだ足りないものがある。
魔法の最適化は完了した。しかし、実戦――いざという時に自分の身を守るための『闘気』と『武術』の応用だ。
貴族の剣術の稽古が始まるのは、五歳の今年から。
俺の次なる工程表は、この世界の「武力」というものを徹底的に構造解析し、自分のものにすることだった。
読んでいただきありがとうございます。
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