EP 2
ポポロ村の惨状。クレーマー盗賊団と、ヤンデレ姫の『指導』
ルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国の三大国家が交差する国境地帯。
そこに、総面積およそ五百ヘクタールにも及ぶ巨大な農業特区『ポポロ村』は存在している。太陽芋や月見大根、そして高級品である『ポポロシガー』の葉が風に揺れる、のどかで美しい緩衝地帯――のはずだった。
「オラァッ! さっさと今月分の『暴行しない券』の更新料を払わんかい!!」
「契約不履行だぞ、この野郎! 俺たちは『村を襲わない』っていう尊いセキュリティ・サービスを提供してやってんのに、金払わねえってどういうコンプライアンスしてんだよ!!」
俺たち『ホープ・クローバー』を乗せた荷馬車がポポロ村のメインストリートに到着した瞬間、目に飛び込んできたのは、信じられないほどシュールで、かつ胸糞の悪い光景だった。
世紀末のようなトゲトゲの肩当てやモヒカン頭で武装した盗賊団(およそ数十人)が、村の広場で農民たちを取り囲み、あろうことか『悪質クレーマー』のように激怒して喚き散らしていたのだ。
「ひぃぃっ! お許しくだせえ! ロップ村長が、村の金を全部持って未亡人と駆け落ちしちまって……村の金庫には、もう銅貨一枚残ってねえんでさぁ!」
鍬を持った農民が、地面に額を擦りつけて土下座している。
その横では、数人の村の自警団員がすでにボコボコにされて血を流して倒れていた。
「知るかァッ! こっちだって遊びで『暴行しない』をやってんじゃねえんだよ! 金が払えねえなら、契約解除だ! 今日からこの村の女と作物は、全部俺たちのモンとして略奪させてもらうからな!」
「そうだそうだ! 消費者センター(ギルド)に駆け込んでも無駄だぞ!」
盗賊が下品な笑い声を上げ、農民に向かって錆びた蛮刀を振り上げる。
(……なるほどな。前任者の横領のせいで、下請け(村人)が反社からの取り立てをモロに食らっている状態か。控えめに言って、最悪の現場だ)
御者台から飛び降りた俺は、タローマンジャージのポケットに手を突っ込んだまま、呆れたようにため息をついた。
「ふざけんな……! 盗賊の分際で、偉そうに被害者ぶってんじゃねえッス!」
荷台から飛び出したユートが、タローマンの鉄剣を抜いて激昂する。
だが、彼が前に出るより早く、俺の隣にピタリと寄り添っていたキャルルが、ウサギ耳をピンと立てて冷たい声を響かせた。
「トリス君。あの薄汚いゴミどもが、トリス君の視界を汚してる。……私が、全部お掃除(更地)にしてきていい?」
ヤンデレ月兎族の瞳が、危険な真紅に発光している。
俺は、盗賊団の配置と広場の地形を『脳内CAD』で瞬時にスキャンしながら、短く頷いた。
「ああ、頼む。……足場は俺が作る。好きに暴れろ、キャルル」
「うんっ! 愛してるよ、トリス君♡」
キャルルが、嬉しそうに俺の頬にキスを落とした次の瞬間。
俺は両手を広場の地面に叩きつけ、【建築工房】を起動した。
「地盤隆起――『反響円柱』!」
ズゴゴゴゴゴォォォォッ!!
盗賊団を取り囲むように、地面から高さ五メートルほどの『コンクリートの円柱』が数十本、一斉にせり上がった。
「な、なんだぁっ!?」
「地面から柱が……!?」
盗賊たちがパニックに陥る中、特注安全靴の踵を鳴らしたキャルルが、弾丸のような速度で跳躍した。
彼女は、俺が錬成したコンクリートの円柱の壁面を次々と蹴り渡り、ピンボールのように予測不能な三次元立体機動で盗賊たちの頭上へと回り込む。
「さてと。村長さんが逃げたからって、好き勝手できると思わないでね。……死んで(クーリングオフして)もらうから」
上空から降ってきたキャルルが、両手に構えた『ダブルトンファー』を閃かせた。
「月影流――『顎砕き』ッ!」
バキィィッ!
「グギャアアアアッ!?」
振り下ろされた蛮刀をトンファーで弾き飛ばし、無防備になった盗賊の顎へ、闘気を纏わせた強烈な膝蹴りを下からカチ上げる。
盗賊の巨体がコマのように宙を舞い、白目を剥いて地面に沈む。
「て、てめえら! 殺せ! 数で押し潰せ!」
盗賊のリーダー格がわめき散らし、残る数十人が一斉にキャルルへと殺到する。
だが、それは彼女にとって『最高の的』が密集したに過ぎない。
「遅いよ。……『月影流・乱れ鐘打ち』!!」
キャルルは、俺の作ったコンクリート柱を蹴って強烈な遠心力を生み出し、空中で独楽のように回転しながら、周囲の盗賊たちの側頭部へ次々と『特注安全靴の蹴り』を叩き込んでいった。
ゴォォォォンッ!! ガァァァァンッ!!
ドワーフ鋼の芯が入ったタローマン製安全靴が、盗賊の頭蓋骨を捉えるたびに、まるで除夜の鐘を突いたような甲高い衝撃音が広場に響き渡る。
ほんの十数秒。
数十人いた凶悪なクレーマー盗賊団は、たった一匹のヤンデレ兎の暴力(お掃除)によって、誰一人立っている者がいない状態へと『更地化』されていた。
「す、すげえ……」
「たった一人で、あの大群を……」
土下座していた農民たちが、ポカンと口を開けてその光景を見上げている。
「ふぅ……。トリス君! ゴミ掃除、終わったよ!」
返り血一つ浴びることなく、キャルルがパタパタと俺の元へ駆け寄ってくる。俺はポケットから手を出さずに、「ああ、ご苦労だったな」と短く労った。
「……あ、あぐぅっ……」
その時、広場の隅から苦しげな呻き声が聞こえた。
盗賊の襲撃から村人を守ろうとして最初にやられた、ポポロ村の自警団員たちだ。腹を深く斬られ、かなりの血を流している。致命傷に近い。
「お、おい! しっかりしろ! 誰か、回復魔法が使える奴はいないのか!?」
ユートが慌てて駆け寄り、傷口を押さえるが、血は止まらない。
農民たちが絶望の顔で首を振る中、キャルルがスッとユートの横にしゃがみ込んだ。
「ユート君、どいて。私が診るから」
先ほどまで、盗賊の顎を粉砕して冷酷に微笑んでいた『暗殺者』の顔は、そこにはなかった。
慈愛に満ちた、どこまでも真剣な『癒やし手』の瞳。
キャルルは、腰のポーチから『陽薬草』を取り出し、自らの手のひらで包み込んだ。
彼女は元々、レオンハート獣人王国の姫君としての高潔な倫理観と、極限下での自己犠牲の精神(夜と霧)を深層心理に併せ持つ少女だ。
トリス以外の人間には冷酷だと思われがちだが、目の前で理不尽に命を落とそうとしている弱者を、彼女は見捨てることは絶対にできない。
「月の光よ……私の命と引き換えに、この者たちに安らぎを」
キャルルの手の中で、陽薬草が眩い銀色の光を放ち始めた。
月兎族の秘伝――自身の生命力(月光闘気)を陽薬草に注ぎ込んで精製する特級秘薬『月光薬』の錬成だ。
「……ッ、ゴホッ! ゲホォォッ!!」
だが、その強大な治癒力は、術者であるキャルル自身の身体に凄まじい反動を強いる。
月光薬が完成した瞬間、キャルルは激しくむせ返り、その美しい唇からドス黒い鮮血をゴバァッと吐き出した。
「キャルルちゃん!?」
「なっ……血を吐いてるじゃないですかの!?」
ユートとリーザが悲鳴を上げる。
だが、キャルルは口元の血を手の甲で無造作に拭い去ると、ニコリと優しく微笑んだ。
「大丈夫……かすり傷だよ。それより、早くこれを」
キャルルは、錬成した月光薬を、瀕死の自警団員たちの傷口に優しく塗り込んだ。
その瞬間。奇跡が起きた。
パックリと開いていた致命傷の傷口が、銀色の光に包まれて、まるで時間を巻き戻すかのように瞬く間に塞がり、綺麗に消滅してしまったのだ。
「あ……あれ? 痛くない……? 嘘だろ、腹を斬られたはずなのに……」
自警団員が、信じられないという顔で自分の腹をさすりながら立ち上がる。
キャルルは、フラフラと眩暈を起こしながらも、他の負傷者たちへ這うように移動し、次々と無償の治療(月光薬の投与)を行っていった。
「キャルル、もうやめろ! お前が死んじまうッス!」
「……いいの。トリス君は、いつも私のお願いを聞いてくれる。だから、私も……トリス君の『現場』で、悲しい顔をする人を一人でも減らしたいの……ゲホッ!」
再び血を吐きながらも、全ての負傷者を完治させたキャルルは、ついに力尽きてその場に倒れ込みそうになった。
「……無理をするな、馬鹿ウサギ」
俺は、倒れ込むキャルルの身体を片腕でしっかりと抱き止めた。
軽い。この小柄な身体のどこに、あれほどの暴力と、これほどの慈愛が同居しているのか。
俺がタローマンジャージの袖で彼女の口元の血を拭ってやると、キャルルは嬉しそうに目を細め、俺の胸に顔を埋めた。
「えへへ……トリス君、ごめんね。服、汚しちゃった……」
「後で洗濯代は村の経費から落とす。今は休んでおけ」
俺がそう言うと、広場を包んでいた静寂が、突如として『熱狂』へと変わった。
「め、女神様だぁぁぁっ!!」
「俺たちのために、血を吐きながら命を救ってくださった! これぞ真の聖女様だ!!」
「おおおっ……! どうか、どうかこのポポロ村をお救いくだせえ! 我らの、我らの導き手になってくだせえぇぇっ!!」
治療を受けた自警団員たち、そして農民たちが。
俺の腕の中でスヤスヤと眠り始めたヤンデレ姫に向かって、一斉に地面に平伏し、涙を流して拝み始めたのだ。
「……おいおい」
俺は、村人たちの異常なまでの熱狂(信仰)を前に、珍しく呆れ果てた顔になった。
盗賊団という悪性のクレーム対応は終わった。だが、どうやらこの村の根本的なインフラ(指導者不在の構造的欠陥)を建て直すための『最高責任者』のポストが、今まさに、俺の腕の中で眠るポンコツウサギに押し付けられようとしていた。
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