第五章 【ポポロ村開拓・コーポ建設編】
次の現場は緩衝地帯。ゲートボール駆け落ちと、消えた村の資金
海中国家シーランでの、命懸けでありながらも極上のバカンス(慰安旅行)から数日後。
俺たち『ホープ・クローバー』の四人は、ルナミス帝国の王都へ帰還し、冒険者ギルドの重厚な扉を押し開けていた。
「ぷはぁーっ! やっぱり王都の空気も落ち着くッスね!」
タローマン製の鉄鎧をピカピカに磨き上げたユートが、ギルドの喧騒を吸い込んで満面の笑みを浮かべる。
彼の隣では、ルナミスデパートの特売芋ジャージに健康サンダルという、相変わらずの極貧スタイルを貫くリーザが、自慢げに胸を張っていた。
「シーラン国のキングクラブも最高でしたけど、やっぱりルナキンの朝定食(納豆付き)が恋しくなってきましたの! さあトリス様、パパッと報告を済ませて、ご飯に行きましょうの!」
「ふふっ。トリス君、シーラン国のお土産(ピラダイの干物)、ギルドの受付のお姉さんに渡してあげようか」
特注の安全靴を鳴らしながら、キャルルが俺の腕にギュッと絡みついてくる。
堕天使ザイクという特大のイレギュラー(労働災害)に見舞われたものの、結果的に莫大な慰謝料と最高の休養を得た職人たちは、心身ともに万全のコンディション(インフラ)を取り戻していた。
俺はタローマンジャージのポケットに手を突っ込んだまま、ギルドの奥にあるギルドマスターの執務室へと向かった。
「――お疲れ様だ、ホープ・クローバー。シーラン国での大立ち回り、ゴッドチューブでしっかり見せてもらったぞ」
執務室に入るなり、恰幅の良いギルドマスターが深くため息をつきながら出迎えてくれた。
だが、その顔色はひどく優れない。目の下にはくっきりとクマができ、机の上には未処理の羊皮紙が山のように積まれている。
「どうした、マスター。随分と顔色が悪いじゃないか。俺たちの活躍でギルドの株(PV)も上がったはずだが?」
「株は上がったさ。お前らを指名する依頼も山のように来ている。……だがな、今朝、それら全てを吹っ飛ばすような『最悪の炎上案件』が舞い込んできたんだ」
ギルドマスターは、ドンッ! と机の上に一部の新聞を叩きつけた。
それは、帝国の情報源である『ルナミス新聞』の朝刊だった。
一面の三面記事トップに、デカデカとこんな見出しが躍っている。
『【特報】ポポロ村村長(70)、ゲートボールで出会った魔族未亡人と熱愛発覚!? 村の公金数億円を持ち逃げし、愛の逃避行へ!!』
「…………は?」
俺は思わず眉間を揉みほぐした。
ポポロ村。ルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国の三大国家の境界に位置する、面積約500ヘクタールほどの緩衝地帯だ。
月見大根や太陽芋、そして高級嗜好品である『ポポロシガー』の産地として知られ、のどかな農業と宿屋業で栄えている平和な村であるはずだ。
「おいおい。70歳の村長が、村の資金を横領して駆け落ち(高飛び)しただと?」
「その通りだ。記事を読んでみろ」
ギルドマスターに促され、俺は新聞記事に目を通した。
そこには、ルナミス新聞の突撃取材を受けたロップ村長(70)の姿が魔導写真で掲載されていた。彼は明後日の方向を向きながら、不自然に口笛を吹き、『ワシは知らん。何も知らんよ〜』と惚け倒している。
だが、記事の続きにはこう書かれていた。
――『取材のわずか二時間後、ロップ村長は魔導飛行船のファーストクラスチケットを握りしめ、魔族の貴婦人と共に国外へと高飛びを決行。現在、三大国家および国際冒険者ギルドから指名手配中である』と。
「……えげつないッスね。村の人たち、お金持ち逃げされてどうやって生活するんスか……?」
ユートがドン引きした顔で新聞を覗き込む。
「えげつないなんてもんじゃないですの! お金を持ち逃げするなんて、万死に値する極悪非道ですの! 私のお賽銭箱型掃除機で全財産吸い上げてやりたいですの!」
お金に異常な執着を持つリーザが、ギリィッ! と歯ぎしりをして怒り狂う。
だが、ギルドマスターの顔色はさらに暗かった。
「問題は、持ち逃げされた『資金の性質』なんだよ。……お前ら、『暴行しない券』って知ってるか?」
「暴行しない券……? なんスかそれ?」
「読んで字のごとくだ。ポポロ村の周辺を荒らしている巨大な強盗団が、村人たちに売りつけていた『券』だよ。これを定期購入して金を払っている間は、強盗団はその家や村を襲わないという、ふざけたみかじめ料のシステムだ」
ギルドマスターの説明に、俺の『脳内CAD』が即座にそのシステムの構造的欠陥を弾き出した。
(……なるほど。前世のヤクザのショバ代や、悪徳セキュリティ会社の『マッチポンプ(自作自演)』と同じ構造だな。家族割引や子供割引なんてふざけたプランまで用意して、村人から定期的に金を搾り取っていたわけか)
「で、そのロップ村長って奴が、その『暴行しない券』のプール金(上納金)まで全部着服して飛んだってわけか?」
「ご名答だ、トリス。……当然、今月の支払い(上納)が滞った強盗団は激怒している。奴らは『契約違反だ』と息巻き、数日以内にポポロ村へ総攻撃を仕掛けるという犯行予告を送りつけてきた」
執務室の空気が、ピリッと張り詰める。
「村の公金はない。強盗に払う金もない。トップは不在で、残された村人たちとわずかな自警団だけが、数百人規模の強盗団の襲撃に怯えている。……これが今、ポポロ村が直面している絶望的な状況だ」
ギルドマスターが、血を吐くような声で現状を語り終えた。
つまり、この依頼は単なる村の護衛ではない。
資金ゼロ、指揮系統崩壊、そして目前に迫る理不尽な暴力という、インフラが完全に崩壊した最悪の『炎上現場』への鎮火作業だ。
「……許せねえッス」
沈黙を破ったのは、タローマンの鉄剣を強く握りしめたユートだった。
彼の瞳には、かつてガレ村を守るために特級魔獣キマイラの前に立ち塞がった時と同じ、真の勇者としての義憤の炎が宿っていた。
「自分勝手な村長のせいで、何にも悪くない村の人たちが襲われるなんて……そんな理不尽、俺は絶対に認めないッス! トリス、俺たちでこの依頼、受けるッスよ!」
「もちろんですの! 悪い強盗団からお金を巻き上げて……いや、村の人たちを助けてあげるのがアイドルの務めですの!」
「トリス君の足場を荒らすような害虫は、私が全部安全靴で蹴り殺して更地にしてあげる♡」
職人たちの士気は十分だ。
俺は、タローマンジャージのポケットから手を抜き、首をゴキリと鳴らした。
「……前任者(村長)が全責任と予算を放り出し、下請け(村人)に最悪のデスマーチを押し付けて逃亡した、か」
俺の口角が、自然と獰猛な弧を描く。
前世のゼネコン時代から、こういう『無責任なクソ上司が逃げ出した後の絶望的な現場』を幾度となく立て直してきた。
一級建築士としての俺の血が、久々に熱く沸き立つのを感じる。
「最高じゃないか。……そういう基礎の腐った欠陥住宅を、物理とロジックで跡形もなく完全解体してやるのが、俺たち現場監督の仕事だからな」
俺は、ギルドマスターの机の上にあった『ポポロ村・地域応援依頼』の羊皮紙を無造作に掴み取った。
「受注するぞ、マスター。次の現場は緩衝地帯ポポロ村だ。……俺の引く図面で、あの村の狂ったインフラを、根こそぎ『優良物件』に叩き直してやる」
海でのバカンスを終えた最強の現場監督と愉快な職人たちが。
神々が入り乱れる大陸一カオスな村へと、新たな建設の足音を響かせようとしていた。
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