EP 10
【ざまぁ&大宴会】マグローザ漁船への片道切符と、極上の海鮮バーベキュー
目を覚ますと、そこは真っ白な天井だった。
ふわりと漂う潮の香りと、開け放たれた窓から差し込む眩しい陽光。そして、耳をくすぐる穏やかな波の音。
「……ん」
身体を起こそうとすると、両腕にズシリとした重みを感じた。
右腕には、極小ビキニ姿のままのキャルルがギュッと抱きついてスヤスヤと寝息を立てており、左腕(正確には左足の太もも付近)には、麦わら帽子を被ったリーザがヨダレを垂らしながらしがみついている。
「トリス君……死んじゃやだ……すー……」
「キングクラブ……もう食べられませんの……むにゃ」
寝言のジャンルが全く違う二人を両腕にぶら下げたまま、俺はゆっくりと上体を起こした。
背中に走っていた激痛は、すっかり消え失せている。手で触れてみると、大きく斬り裂かれたはずの傷口は完全に塞がり、うっすらとした傷跡が残っているだけだった。
「……気がついたッスか、トリス!」
ガチャリ、と扉が開いて、山盛りのフルーツが乗った皿を抱えたユートが飛び込んできた。
「ユート。ここは……シーラン国の王宮か?」
「はいッス! あの後、俺がぶっ放した雷撃の魔力を探知して、シーラン国の女王様の近衛兵たちが海溝の底まで救助に来てくれたんスよ。トリスの作ったあのコンクリートのドーム、深海の水圧にも無傷で耐え抜いて、マジで奇跡のシェルターだって大騒ぎになってるッス!」
ユートの報告に、俺は短く息を吐いた。
どうやら、俺の引いた図面は完璧に機能したらしい。最高級の陽薬草ポーションを浴びるほど使ってくれたのか、失血による貧血の症状もない。
「ん……? あ、トリス君! 目が覚めたのね!」
「はっ!? 私、カニの夢を見てましたの! ……トリス様ぁぁっ! よかった、本当によかったですのぉぉっ!」
目を覚ましたキャルルとリーザが、俺の顔を見るなりボロボロと涙を流して首に抱きついてきた。
ヤンデレ姫の豊かな胸の感触がダイレクトに押し付けられてくるが、今回ばかりは物理的に引き剥がすような野暮な真似はせず、二人の頭をポンポンと軽く叩いてやった。
「心配かけたな。だが、お前らが俺の作ったインフラ(足場とドーム)を信じて、最高の仕事をしてくれたおかげだ。……よくやった」
俺が素直に労いの言葉をかけると、三人は顔を見合わせて、嬉しそうに、そして誇らしげに笑った。
▽ ▽ ▽
その日の午後。
俺たちはシーラン国の女王リヴァイアサンから直々の感謝状と、莫大な慰謝料(迷惑料)を受け取った後、港町の裏手にある『特別牢』へと足を運んでいた。
「……離せ! 私は神に選ばれたデータ分析官だぞ! 私をこんな薄汚い牢屋に閉じ込めるなど、天界が許すはずがない!」
鉄格子の向こう側。
重厚な魔法手錠と足枷をハメられ、ボロボロのスーツ姿で喚き散らしているのは、堕天使ザイクだった。
ユートの超・雷撃を食らって黒焦げになったはずだが、シーラン国の治癒術師によって無理やり一命を取り留めさせられたらしい。
「目が覚めたようだな、三流データ屋」
「き、貴様ぁぁっ! 現場監督トリス!」
俺がタローマンジャージのポケットに手を突っ込んだまま鉄格子の前に立つと、ザイクは血走った目で俺を睨みつけた。
「フ、フフフ……私を殺さなかったことを後悔するがいい。私の頭脳には、お前たちの新たな戦闘データが全て記録された! 次こそは完璧なアンチパターンを構築して……!」
「次はない」
俺は冷たく言い放ち、一枚の『請求書(羊皮紙)』を鉄格子の隙間から放り投げた。
「お前、自分が何を壊したか分かってるか? シーラン国の女王が直轄で管理している最高級VIPリゾート『アクア・パレス』。お前があれを切り離して深海に沈めたせいで、施設の修繕費と営業補償費として、およそ『百億ゴールド(約千億円)』の損害賠償が発生しているんだよ」
「……は?」
百億、という天文学的な数字を聞いて、ザイクの顔からスゥッと血の気が引いた。
「もちろん、天界の炎上神ワイズがお前のケツを持ってくれるなら話は別だが。……あいつ、お前が負けた瞬間に連絡(通信)を完全にブロックして、トカゲの尻尾切りをしやがったそうだな?」
「な、なんだと……!? ワイズ様が、この私を……見捨てた……?」
「そういうことだ。お前はもう神の遣いでも何でもない。ただの百億の借金を背負った『器物損壊の重犯罪者』だ。……だから、シーラン国の法律に則り、お前には『最高の就職先』を斡旋してやることにした」
俺が指を鳴らすと、牢屋の奥から、ドスドスと重い足音を立てて『屈強な海の男たち(黒服)』が現れた。
彼らが手にしているのは、港町で見かけたのと同じ、あの禍々しい『借金取りの契約書』だ。
「ヒッ……!? な、何をする気だ!」
「おうおう、こいつが新入りか。ひょろっちいモヤシだが、魔力だけは一丁前にあるらしいじゃねえか」
「百億の借金ってことは、一生どころか来世まで船から降りられねえな! 歓迎するぜぇ、今日からお前は『第三十二マグローザ丸』の立派な船員だ!」
屈強な男たちが、ザイクの両脇をガシリと掴み、強引に引きずり起こす。
マグローザ漁船。死亡率トップクラスの過酷な海上労働施設。そして給料は一生『ケツ拭きのK(紙切れ)』のみ。
「や、やめろぉぉぉっ! 私はインテリだぞ! 肉体労働などデータにない! あんな魚の臭いが染み付いた地獄の船など……嫌だ、離せぇぇぇぇっ!!」
鼻水と涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、床に爪を立てて抵抗するザイク。
だが、借金取りたちの腕力から逃れられるはずもなく、彼はズルズルと港の暗がりへと引きずり込まれていった。
「私の……私のデータがあぁぁぁぁぁっ!!」
堕天使の断末魔のような悲鳴が、港の波音にかき消されていく。
俺たちは、その見事なまでの完全論破と社会的抹殺の光景を、清々しい顔で見送っていた。
「……あいつ、一生お魚の餌になるッスね。マジで明日は我が身ッス」
「借金は怖いですの。でも、あんな理不尽なクレーマーにはお似合いの末路ですの!」
「ふふっ、トリス君を怒らせたからだよ。……さぁトリス君! ゴミ掃除も終わったし、私たちの『本当のバカンス』を始めよう!」
キャルルが俺の腕に絡みつき、満面の笑みで海の方を指差した。
▽ ▽ ▽
夕暮れ時の、シーラン国のプライベートビーチ。
オレンジ色に染まる水平線をバックに、ジュワァァァァァッ! と豪快に海鮮が焼ける匂いが立ち込めていた。
「うおおおおぉぉぉっ! キングクラブの網焼き、最高ッス! 醤油とバターが焦げる匂いだけで白飯が三杯食えるッス!!」
「ピラダイのお刺身も、ぷりっぷりで甘いですのぉぉっ! 女王様からの差し入れの高級フルーツも全部私のものですの!」
タローマン海パン一丁のユートと、麦わら帽子のリーザが、砂浜に設置された特大のバーベキューコンロの前で狂喜乱舞している。
俺は、ビーチチェアに深く腰掛け、潮風を浴びながらポポロ豆の冷やしコーヒーを啜っていた。
「はい、トリス君。背中の傷跡、まだ少し赤いから、私が魔法の絆創膏を貼ってあげるね♡」
背後に回ったキャルルが、極小ビキニの胸の谷間を俺の肩に押し当てながら、背中のうっすらとした傷跡を指先で優しくなぞる。
くすぐったいような、それでいてどこか切なげな手つき。
「……もう痛くないのかい? トリス君」
「ああ。こんな傷、工期の遅れに比べたら何てことない。気にするな」
俺がいつものようにそっけなく返すと、キャルルは俺の背中にそっと頬を擦り寄せた。
「あの時、トリス君が血を流して倒れたのを見て……私、本当に心臓が止まるかと思った。……次は絶対に、私がトリス君を守るから。だから、もう二度とあんな無茶はしないでね」
ヤンデレ特有の重い執着の中にある、純粋な愛情と職人としての覚悟。
俺はため息をつき、コーヒーのグラスをサイドテーブルに置いた。
「現場監督の仕事は、現場の安全を守ることだ。職人を庇うのは当然のコスト計算だ。……だが、まぁ」
俺は、夕日に照らされて笑い合うユートとリーザ、そして背中のキャルルを一瞥し、口角を少しだけ吊り上げた。
「お前らが今日見せた『現場の適応力』は、俺の図面の想定を遥かに超えていた。……次からは、俺が身体を張る前に、お前らが敵を更地にしてくれると信じてるさ」
「うんっ! 任せて、トリス君!」
キャルルが嬉しそうにウサギ耳を揺らし、俺の頬にチュッとキスを落とした。
騒がしくて、ポンコツで、食い意地が張っていて、距離感がバグっている俺の職人たち。
だが、歓声がなくても自ら立ち上がる勇気と、逆境を覆す機転を手に入れたこいつらは、もはや誰にも崩せない『最強のクラン』へと成長しつつあった。
▽ ▽ ▽
その頃。
天界の暗室では、炎上神ワイズが発狂したように自らのエンジェルすまーとふぉんを床に叩きつけていた。
「ふ、ふざけるなァァァァッ!! 俺の切り札だったデータ分析官が……マグローザ丸のタコ部屋に叩き込まれただとォォッ!?」
モニターには、ゴッドチューブで大バズりしている『絶対沈黙を打ち破るホープ・クローバーの超絶ライブ』の切り抜き動画が、何千万回という再生数を叩き出している。
ワイズの用意した『絶望の包囲網』は、完全に彼らのプロモーション(踏み台)として利用されてしまったのだ。
「許さん……絶対に許さんぞ、トリス……! 次こそは、次こそは俺自らが盤面を操作して、貴様らを絶望の底に……ッ!!」
神の怨嗟の声が、誰に届くこともなく天界の闇に吸い込まれていく。
だが、そんな哀れな神の怒りなど、今の俺たちには全く関係のないことだった。
「トリス! キャルルちゃん! 早く来ないと、俺とリーザちゃんで肉全部食いつくすッスよ!」
「ふふふっ、早い者勝ちですのぉぉっ!」
夕暮れの海辺に、仲間たちの底抜けに明るい笑い声が響く。
俺はタローマンジャージのポケットに手を突っ込み、ビーチサンダルを鳴らして彼らの元へと歩き出した。
第四章・絶対沈黙の水底神殿編。
最強のデータ分析官が仕掛けた絶望のアンチ・インフラは、一級建築士の機転と職人たちの絆によって完全に解体された。
俺たち『ホープ・クローバー』の、騒がしくも最高に充実した慰安旅行の夜は、まだまだこれからだ。
(第四章・完)
読んでいただきありがとうございます。
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