EP 9
プロの仕事。反響する歌声と、深海の超・雷撃
――パァァァァァァァァァァァァンッ!!!!
キャルルの特注安全靴が、堕天使ザイクの展開した最後にして最強の『超高水圧バリア』を、文字通りガラス細工のように粉砕した。
無音空間【絶対沈黙】はすでに崩壊し、トリスが己の血と魔力で錬成した『完全反響ドーム』の中には、割れたバリアの破片が散る甲高い音が鮮明に響き渡っていた。
「が、はぁッ……!? 馬鹿な、私の計算された多重防壁が、たかがウサギの蹴り一発で……!」
両足を水中硬化コンクリートに埋められ、バリアをも失ったザイクが、銀縁眼鏡の奥で驚愕と恐怖に目を剥く。
「たかがウサギじゃないよ。私は、トリス君の現場を支える『一流の職人』だ!」
空中でターンを決めたキャルルが、コンクリートの床に軽やかに着地する。液状化した泥の上では発揮できなかった彼女本来の『圧倒的な機動力と制圧力』が、確固たる足場を得て完全に蘇っていた。
「さあ、ザイクとか言ったね。お前のふざけたデータとやらを、私たちの【現場の暴力】で完全に上書きしてあげる!」
キャルルの声に呼応するように、ドームの中央に陣取ったリーザがマイクを天高く掲げた。
「私の特等席へようこそですのぉぉぉっ!!」
背後に浮かび上がった巨大な【貧乏神(お賽銭箱型掃除機)】が、凄まじいモーター音を唸らせる。
リーザが大きく息を吸い込み、喉の奥から極大の『デバフの歌』を放った。
「――♪♪♪ッ!!!」
それは、空気を震わせるただの歌ではない。
トリスが一級建築士の知識を総動員して錬成した、内部がパラボラ(放物線)構造になっている『音響ドーム』。ここで放たれた音波は、壁面に反射し、減衰することなく中央――つまりザイクの立ち位置へと『何百倍にも増幅されて』集束するのだ。
「ぎ、ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
ドームの構造による物理的な音波の暴力。
重低音のデバフが耳を劈くのではなく、内臓と脳味噌を直接揺さぶりにかかる。ザイクの顔面から血の気が引き、三半規管が完全に破壊されて平衡感覚を喪失する。
「お前の持ってるその小賢しいデータも、魔力も、全部スッカラカンに吸い取ってやりますのぉぉっ!」
ブォォォォォォォォォォンッ!!!
【貧乏神】の圧倒的な吸引力が、ザイクの体内から魔力を根こそぎ奪い去っていく。
さらに、彼が手に持っていた『データ分析用タブレット(ハッキングされたエンジェルすまーとふぉん)』までもが、強烈な音波の振動に耐えきれず、パキィィィンッと無惨に砕け散った。
「あ、あぁ……私のデータが……! 過去のアーカイブが……っ!」
「よそ見してる暇なんてないよ、データオタク!」
ザイクが砕けたタブレットに気を取られた瞬間、キャルルが弾丸のような速度でザイクの懐へと踏み込んだ。
彼女の目的は一撃の破壊ではない。次に続く勇者の攻撃を確実に通すための、『徹底的な地ならし(無力化)』だ。
「トリス君の背中を傷つけた罪……その身体でたっぷり払ってもらうからね!」
キャルルの腕が、残像を残して振るわれた。
月影流の体術と、解体作業のノウハウが融合した容赦のない関節破壊。
バキィッ! ゴキィィッ!
「グギャアアアアアアッ!?」
ザイクの右肩の関節が外され、魔法を編むための両手首が的確に砕かれる。さらにキャルルは、コンクリートに埋まったままのザイクの膝関節へ特注安全靴の踵を叩き込み、完全に『逃げ場』を封殺した。
「魔力ゼロ。関節全壊。……トリス君、解体準備、完了したよ!」
「ああ。ご苦労だったな、キャルル、リーザ」
背中から血を流し、膝をつきながらも、俺は獰猛な笑みを浮かべて頷いた。
完璧な連携だ。足場と音が戻った瞬間に、溜まりに溜まっていた職人たちの鬱憤が、ザイクという規格外の敵をあっという間にただの『案山子』へと変えてしまった。
「……ありえない。こんなこと……私の計算式には存在しない……! たかがEランクの底辺どもが、神の遣いであるこの私を……!」
両腕をだらりと下げ、血を吐きながらザイクが怨嗟の声を漏らす。
だが、彼の前に進み出た少年――ユートから放たれる圧倒的な『黄金のオーラ』を前に、ザイクの言葉は恐怖の戦慄へと変わった。
「計算にないなら、今ここで教えてやるッス」
タローマンの鉄剣を両手で構え、ユートは静かに、だが火山の噴火前夜のような凄まじい熱量を秘めてザイクを睨み据えた。
「俺は、みんなの歓声がなきゃ戦えない、ただの農民だった」
ギリッ、とユートが剣の柄を握り込む。
剣身に、紫電がバチバチと這い回り始める。
「でも、トリスが教えてくれた。本物の勇者は、観客がいなくても、誰かのために剣を抜ける奴だって。……俺は、俺の背中を押してくれたこの『家族』のために、お前をぶっ飛ばす!!」
「いけぇぇぇぇっ! ユート!!」
「やっちゃってくださいのぉぉぉっ!!」
キャルルとリーザの、割れんばかりの声援。
そして。
「――決めろ、俺たちの勇者。お前の最高の一撃をな」
血まみれの俺が放った、確かな信頼の声。
たった三人の観客。だが、ドームの中で反射し、ユートの心に直接響き渡ったその『声援』は、何百万人の名もなき視聴者のスパチャや歓声よりも、遥かに純度が高く、温かいものだった。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
ユートのユニークスキル【トゥルー・ブレイブ】が、ついに限界突破の領域へと到達した。
タローマンの鉄剣に集束する雷撃は、もはや紫電ではなく、全てを白く染め上げる『純白のプラズマ』へと変貌を遂げている。
「ヒィィッ……! ば、化け物……! 来るな! 私を殺せば、炎上神ワイズ様が黙っては――」
「知るかァァッ! 神様だろうがなんだろうが、俺の仲間を傷つける奴は、全員俺が叩き斬る!!」
ユートが、絶対的な足場であるコンクリートの床を蹴り砕いた。
音を置き去りにするほどの神速の踏み込み。
「『超・雷撃』――MAXォォォォォォォォッ!!!!」
――ズガガガガガガガガガガガガガガガァァァァァァァァァァァンッ!!!!
太陽がドームの中に顕現したかのような、圧倒的な閃光。
ユートの放った一億ボルトを超えるプラズマの刃が、堕天使ザイクの胴体を真正面から貫き、その全てを飲み込んだ。
ドーム内に残っていた海水が一瞬にして沸騰し、超高温の水蒸気となって爆発的に膨張する。俺が錬成した対水圧コンクリートの壁面すらも、内側からの凄まじいエネルギーに耐えきれず、ミシミシと悲鳴を上げた。
「アッ――ガァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」
己のデータと計算式を完全に粉砕され。
ザイクは、勇者の放つ眩い光の中に焼かれながら、最後に絶望の悲鳴を上げて――その意識を完全に刈り取られた。
バチッ……バチバチッ……。
閃光が収まり、蒸気が晴れた後。
そこには、全身黒焦げになり、白目を剥いてコンクリートの床に突っ伏しているザイクの無残な姿があった。
「……はぁっ、はぁっ……」
プラズマの熱で赤く焼け焦げたタローマンの鉄剣を下ろし、ユートが荒い息を吐く。
彼を包んでいた黄金のオーラが、役目を終えたようにスゥッと消えていった。
「……へへっ。やったッスよ、トリス……。俺、ちゃんと……」
ユートが、俺の方を振り返ってにかっと笑った。
だが、その直後、彼は糸が切れたようにその場に崩れ落ち、イビキをかいて気絶してしまった。限界を越えた出力の反動だ。
「大馬鹿野郎が。……無理しやがって」
俺は、血塗れの顔で呆れたように笑い、そして――とうとう俺自身の視界も、急速に暗転し始めた。
背中の出血量が、とっくに人間の限界を超えている。気力だけで繋ぎ止めていた意識が、ザイクの撃破を見届けたことで、一気に手放されようとしていた。
「トリス君ッ!!」
「トリス様!! しっかりしてくださいの! 死んじゃ駄目ですのぉぉっ!」
俺がコンクリートの床に倒れ込む寸前、キャルルとリーザが両側から俺の身体を強く抱き止めた。
キャルルの温かい胸の感触と、リーザのポロポロとこぼれる涙が俺の頬を濡らす。
「……泣くな、バカ。……こんなの、労災だ……」
「喋らないで! 今すぐ一番高い陽薬草ポーションをぶっかけるから!」
キャルルが慌てて魔法ポーチを漁る音を聞きながら、俺はゆっくりと目を閉じた。
(……ああ。最高の現場だったぜ。お前ら)
最強のデータ分析官が作り上げた『絶望の包囲網』は、俺たち『ホープ・クローバー』の意地と、泥臭い職人魂によって、完膚なきまでに解体された。
残すは、このバカげた慰安旅行の後始末だけだ。
深い深い海溝の底で。
俺たちを包むコンクリートのドームは、まるで母の胎内のように、静かで温かい安らぎを取り戻していた。
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