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EP 8

一級建築士の逆襲。『水中硬化コンクリート』と完璧な反響空間ドーム

 ――ガァァァァァァァァァンッ!!!!

 無音の空間を支配していた【液状化リキッド】の魔法が、完全に打ち砕かれた。

 ドロドロのスライム状だった足場が、突如として不気味な赤紫色に発光し、鋼鉄をも凌駕する『超硬度の岩盤』へと一瞬にして変貌を遂げたのだ。

『な……っ!? 馬鹿な、泥が固まった!? 私の環境魔法が上書きされただと!?』

 堕天使ザイクが、銀縁眼鏡の奥で驚愕に目を剥き、激しくテレパシーを飛ばす。

 無理もない。キャルルの踵落としを食らい、泥の上に墜落していたザイクの『両足』は、今や膝下まで完全に赤紫色の岩盤の中に埋まり、微動だにできなくなっていた。

 完全に拘束された状態だ。

 ユートたちも、自らの足元が揺るぎない『大地』へと変わったことに目を見張った。

 重いタローマン鉄鎧を着ていても、もう一ミリも沈まない。踏み込めば、絶対的な反発力(推力)が返ってくる。

 俺たち『ホープ・クローバー』にとって必要不可欠な最大のインフラ――『足場』が、水底の泥沼に復活したのだ。

「……計算違いだったな、三流のデータ屋」

 背中から大量の血を流しながら、俺はタローマンジャージのポケットに手を突っ込み、獰猛な笑みを浮かべた。

 声は出ない。だが、俺の唇の動きは、確かに絶望するザイクへと届いていた。

「お前は、俺の血をただの『ダメージ』だと計算した。だが、一級建築士である俺の血は、百馬力の魔力が溶け込んだ最高純度の『バインダー(凝固剤)』だ」

 前世の海洋土木建築において、橋の橋脚などを作る際に用いられる『水中不分離性コンクリート』。

 水の中でも成分が分離せず、瞬時に硬化する特殊な材料だ。俺は自分の血液を触媒セルロースエーテルとして使い、この液状化した泥を無理やり強固なセメントへと化学変化させたのだ。

(……現場監督プロは、現場で起きた全てのエラーを『建材』として再利用するんだよ)

 俺が血まみれの顔で笑うと、ザイクは屈辱と焦燥に顔を歪めた。

『……ふ、ふざけるなァッ! 足場が固まったからどうだというのです! 私の【絶対沈黙サイレント】はまだ生きています! そして、このまま海水の水圧ギロチンで貴方たちをぺしゃんこに潰せば――!』

 ザイクが、岩盤に埋まった足を強引に引き抜こうと足掻きながら、両手を天に掲げる。

 ドームを覆う水深三千メートルの海水の圧力が、さらにドーム内部へと侵食してくる。

 だが、俺はポケットから手を抜かず、ただ冷たく言い放った。

「環境書き換え(リフォーム)。……第二段階」

 ――ズゴゴゴゴゴォォォォォォォッ!!!

 俺が足元に魔力を流し込んだ瞬間。

 俺の血を吸って硬化した赤紫色の岩盤から、巨大な『コンクリートの壁面』がドーム状にせり上がり始めた。

『な、何をする気だ……!?』

 壁はザイクの周囲を、そして俺たち全員をすっぽりと包み込むようにして、半円形の『密閉空間ドーム』を構築していく。

 それはただの壁ではない。

 内部の壁面は、まるで音楽ホールの反射板のように緻密に計算された『パラボラ(放物線)構造』となっており、外部からの水圧を完璧なアーチ構造で分散させる、究極の対水圧シェルターだった。

 ガチャンッ! と音のない衝撃と共に、ドームの頂点が完全に塞がれる。

 ザイクの展開していた高水圧の攻撃は、俺の築いた『水中硬化コンクリートのドーム』によって外側に完全にシャットアウトされた。

『くっ……防護壁シェルターを作ったつもりでしょうが、無駄です! この無音空間が続く限り、貴方たちのシステムは機能しない! ジリ貧になるのは――』

「……お前の対策データは、本当にふるいな」

 俺は、背中の激痛を気力でねじ伏せながら、ゆっくりと右手を持ち上げた。

 親指と中指をすり合わせる。

「お前は、空気を伝わる音波を魔法で『吸収』していると言ったな。……なら、吸収しきれないほどの『反響ハウリング』を起こして、そのふざけた魔法の容量キャパシティをオーバーフローさせてやればいい」

 パチンッ!!

 俺が鳴らした『指パッチン』。

 たったそれだけの、微かな打撃音。

 それが――俺が錬成したパラボラ構造のドームの壁面にぶつかり、反射し、中央に集束し、何百倍、何千倍にも増幅された。

 ――パァァァァァァァァァァァァンッ!!!!

「「「ッッッ!?」」」

 鼓膜を劈くような、強烈な破裂音。

 それは、ザイクの【絶対沈黙】の魔法限界値を、物理的な音波の暴力(反射)によって完全に粉砕した音だった。

「が、はぁっ……!? お、音が……戻った……!?」

 ザイクが、耳を押さえてうめき声を上げた。

 空気の振動が戻る。波の音が聞こえる。

 ユートたちの荒い呼吸音が、ドームの内部に確かに反響していた。

「トリス君ッ!!」

「トリス様ぁぁッ!!」

 音を取り戻したキャルルとリーザが、泣き叫びながら俺の元へと駆け寄ってきた。

「トリス君、背中が! 血がこんなに……!」

「嫌ですの! トリス様が死んじゃいますのぉぉっ! 早く、早くポーションを……!」

 キャルルが震える手で俺の背中を支え、リーザが慌てて魔法ポーチから陽薬草のポーションを取り出そうとする。

 だが、俺は二人の頭をポンポンと乱暴に撫でて、それを制した。

「泣くな、みっともない。……この程度の傷、前世のサービス残業に比べればかすり傷だ。それより、お前らにはまだやるべき仕事タスクが残ってるだろうが」

 俺が顎でしゃくった先。

 コンクリートの床に両足を縫い止められ、自慢の魔法環境を全て『解体』された堕天使ザイクが、血走った目でこちらを睨みつけていた。

「き、貴様ぁぁっ……! Eランクの分際で、この私の完璧なデータ(計算)を二度も……!」

「プロの現場を舐めるな。お前の引いた図面データは、机上の空論なんだよ」

 俺は、ユートの方を見た。

 ユートは、歓声のない中でも自力で覚醒した『黄金のオーラ』を維持したまま、俺の背中を見て歯を食いしばっていた。

「ユート。お前はもう、歓声がなくたって戦える『本物の勇者』だ」

 俺の言葉に、ユートの肩がビクッと跳ねる。

「だが、この最強の『音響ホール(ドーム)』が完成した以上、俺たちはお前の背中を全力で押してやる。……最高のフィニッシュを決めろ、俺たちの勇者!」

「……っ!! はいッス!!」

 ユートの瞳から涙が吹き飛び、その剣に宿る一億ボルトの雷撃が、ドームの内部でバチバチと激しい音を立てて共鳴し始めた。

「さあ、お待たせしましたの!」

 リーザが、泥を払い落としてマイクを天に掲げた。

 俺が錬成した『完全反響ドーム』。この空間は、音の反響を極限まで計算した、まさにアイドルのための最高のライブステージだ。

「私の特等席ステージを荒らした罪、全財産と鼓膜で払ってもらいますのぉぉっ!!」

 背後に浮かび上がった巨大な【貧乏神(お賽銭箱型掃除機)】が、ヴゥォォォォォォンッ! と凄まじい唸りを上げる。

「いけぇぇぇぇっ! リーザちゃん!」

「ユート! あんなデータオタク、一撃で消し炭にしてやれぇぇっ!」

 キャルルと俺が、ありったけの声で叫ぶ。

 ドームの中で反射・増幅された俺たちの『歓声バフ』が、ユートの身体へと流れ込み、彼が自力で引き出したオーラと融合して、かつてないほどの超・極大の力を生み出していく。

「おのれ……おのれぇぇぇッ! 私は、炎上神ワイズ様に選ばれたデータ分析官だぞ! こんな理不尽なロジックなど、認めるものかァァッ!」

 ザイクが、最後に残された魔力を振り絞り、自身を覆う超高水圧のバリアを展開した。

化学物質アスベストの処理は、プロに任せなさい!」

 だが、そのバリアすらも。

 俺の血で固められた絶対的な足場コンクリートを蹴り飛ばし、弾丸のような機動力を取り戻したキャルルの『特注安全靴の踵』によって、ガラスのように粉砕される。

「ガハァッ!?」

「さあ、ユート君! 決めて!!」

「いくぞォォォォォォォッ!!」

 最強の現場監督が命を懸けて築き上げた、絶対に倒壊しない足場と音響ドーム。

 その最高のインフラの上で、職人たちの怒りと意地が、天界の計算を完全に凌駕する。

 ユートが、雷鳴と共に大地を蹴った。

 その切っ先が、絶望に顔を歪める堕天使ザイクの胸元へと、一直線に迫っていた。

読んでいただきありがとうございます。

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