↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
41/81

EP 6

歓声なき勇者。俺はもう、誰の応援バフがなくても立ち上がる

 ――(無音)。

 深い海溝の底へと沈みゆく、シーラン国の海底リゾート『アクア・パレス』。

 堕天使ザイクの作り上げた【絶対沈黙サイレント】の空間は、いかなる音波をもスポンジのように吸収し、世界から「音」という概念そのものを消し去っていた。

『無駄な足掻きです。現場監督が死に、足場も音もない。……さあ、これで終わりだ』

 ザイクが腕を振り下ろす。

 超高水圧で形成された巨大な『断頭刃ギロチン』が、俺とユートたちを真っ二つに両断すべく、無音のまま真空を切り裂いて迫り来る。

 泥の中に膝をつき、背中から大量の血を流している俺には、もうそれを回避する術も、新たな防壁を瞬時に作り出す余裕もない。俺の右手は泥の中に沈み、自分の血と魔力を混ぜ合わせた『水中硬化コンクリート』の錬成準備タメに入っているため、数秒間は完全に無防備だった。

 死が、静かに、だが確実に迫る。

 しかし。

 俺の背後で、泥まみれになりながら震えていた少年――ユートの心の中では、周囲の静寂とは真逆の、激しい感情の嵐が吹き荒れていた。

(俺は……)

 泥に塗れたタローマンの鉄剣を握りしめ、ユートは自分自身に問いかけていた。

 俺は、どうして『勇者』になれたんだ?

 借金に追われ、コタツ女神に騙され、マグローザ漁船に怯えていたただの農民。

 剣の振り方も知らず、ちょっと強い魔物が出れば逃げ出そうとしていた弱虫。

 そんな自分がS級のバケモノたちと戦えるようになったのは、紛れもなく『ユニークスキル【トゥルー・ブレイブ】』のおかげだった。

 群衆が自分を称賛し、応援してくれる。その大歓声バフが俺の身体に無限の力を与え、恐怖を塗り潰し、限界を突破させてくれた。

(でも、今は……)

 ユートは血走った目で周囲を見る。

 誰もいない。

 歓声はない。

 自分が剣を振るう姿を見て拍手をしてくれる村人も、賞賛のスパチャを投げてくれるゴッドチューブの視聴者も、この無音の密閉空間には存在しない。

 応援がなければ、力が湧かない。

 誰かに見てもらえなければ、勇気が出ない。

 ――それが、これまでのユートの『限界』だった。

『貴方は、他人のエネルギーに依存しなければ戦えない、空っぽのシステムだ。……大人しく、その無力な農民の姿のまま、泥に沈んで死になさい』

 ザイクのテレパシーが、ユートの心を残酷に抉る。

(……そうだ。俺は空っぽだ。みんなの応援がなきゃ、タローマンの鎧を着ただけの、ただのビビりだ……)

 迫り来る水圧の刃。

 その死のプレッシャーに、ユートの心が折れかけた、その時だった。

(――立て、ユート!!)

 声は出ない。だが、トリスの鋭い視線と唇の動きが、ユートの瞳を真っ直ぐに射抜いた。

 背中を深く斬り裂かれ、大量の血を流している俺の姿。

 いつも安全な場所から完璧な指示を出し、決して泥に塗れることのなかった『最強の現場監督』が、自分たちのような不甲斐ない職人を庇うためだけに、無惨に傷つき、それでも獰猛な笑みを浮かべて戦おうとしている。

 その姿を見た瞬間。

 ユートの心の中で、何かが『パチン』と弾けた。

(……誰の応援もない?)

(……誰も見ていない?)

(……ふざけるな。だったらなんだって言うんだ)

 ユートは、泥の中に両足を踏ん張った。

 液状化した足場に足首まで沈み込みながらも、タローマンの鉄剣を両手で強く、強く握り直す。

(俺に勇気をくれたのは、村人の歓声じゃない。ゴッドチューブの視聴者でもない)

(俺を信じて、最高の足場を作って背中を押してくれた……トリスだ!!)

 ユートの脳裏に、これまでの戦いの光景がフラッシュバックする。

 ボロボロになっても盾として前に出ることを教えてくれた。

 逃げ出そうとする俺を叱咤し、居場所クランハウスを与えてくれた。

 ゼロスのような偽物ではなく、「お前が本物の勇者だ」と認めてくれた。

(トリスが、血を流して俺を守ってくれたんだ。……だったら、俺はもう、誰の応援バフがなくても立ち上がる!!)

 ユートの瞳から、恐怖と迷いが完全に消え去った。

『な……っ!?』

 泥の上に浮遊するザイクが、銀縁眼鏡の奥で驚愕に目を見開いた。

 無音の世界。歓声も、拍手も、何一つ存在しない絶対沈黙の空間で。

 ユートの身体の奥底から、太陽のように眩い『黄金のオーラ』が、爆発的に噴き上がったのだ。

「――――――――ッッ!!!」

 声にならない絶叫。

 だが、その魂の咆哮は、空気の振動ではなく、圧倒的な熱量となって周囲の泥と海水を沸騰させた。

 ユニークスキル【トゥルー・ブレイブ】。

 他者の歓声という外部エネルギー(バフ)に依存していたシステムが、ユート自身の『誰かを守りたいという強烈な意志』をトリガーにして、自力での【強制起動スタンドアローン・モード】を果たした瞬間だった。

(……よくやった、ユート)

 背中の激痛に耐えながら、俺は口角を吊り上げた。

 これでいい。他人の評価(PV)や歓声に依存する勇者は、ゼロスと同じだ。

 誰も見ていない暗闇の中で、たった一人の仲間のために剣を抜ける奴こそが、俺の引いた図面にふさわしい『本物の職人』だ。

 ――ズドゴォォォォォォォンッ!!!

 無音の衝撃。

 ザイクの放った超高水圧のギロチンが、俺たちを両断する寸前。

 黄金のオーラを纏ったユートが、タローマンの鉄剣をフルスイングで下からカチ上げた。

 バキィィィィィィィンッ!!!!

 鉄剣と水圧の刃が激突する。

 本来なら、タローマン製の安い鉄剣など一瞬でへし折られ、ユートごと両断されるはずの威力。

 だが、自力で【ブレイブ】を起動させ、限界を突破したユートのステータス(腕力)は、水圧のギロチンを完全に相殺し、あろうことか粉々に弾き飛ばしてしまった。

『馬鹿な……!? 歓声バフもなしに、なぜそれほどの出力ステータスが出せる!? データにないぞ!!』

 ザイクのテレパシーに、明らかな動揺が混じる。

 分析データしか信じない堕天使には、人間の持つ『感情のバグ(根性)』など理解できるはずもない。

「…………ッ!!」

 ユートは声にならない怒号を上げながら、ザイクを真っ直ぐに睨みつけた。

 その瞳には、かつての農民の弱々しさは微塵もない。

 仲間を傷つけられた怒りと、絶対にトリスを守り抜くという鋼の意志が宿っていた。

『……チッ! 一時的なバグ(誤作動)だ! 足場がない泥の中では、貴方から私へ攻撃を届かせることは不可能! 次で確実に仕留めてやる!』

 ザイクが焦ったように両手を動かし、さらに数え切れないほどの水圧の刃を形成していく。

 確かにザイクの言う通りだ。

 ユートがいくら覚醒しようと、足場が液状化している状態では、空中に浮かぶザイクへと踏み込んで攻撃を当てることはできない。ジリ貧の防衛戦になるのは目に見えている。

 ――だが、ユートの覚醒は、決して無駄な時間稼ぎではない。

 彼が稼いでくれたこの数十秒間こそが、現場監督(俺)にとって最も必要な『工期』だった。

(……材料の混合ミキシング、完了)

 俺は、泥の奥深くに突っ込んでいた右手に、意識を集中させた。

 自分の背中から流れた血(高純度の魔力バインダー)を、泥の中のミネラル成分と完璧な比率で結合させる。

 前世の技術と、今世の魔法が融合した、一級建築士トリスの起死回生の特殊建材。

(待たせたな、お前ら。……俺の『足場インフラ』は、決して倒壊しない)

 血まみれの顔で、俺は悪鬼のような笑みを浮かべた。

 反撃の図面(リフォーム計画)は完成した。

 ここからは、泥に沈められた職人たちが、データ屋の想定を遥かに超えた『暴力的な連携』で盤面をひっくり返す時間だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。