第四章 絶対沈黙の水底リゾート。奪われた大歓声と真の勇者
慰安旅行は突然に。海中国家からの招待状と、神界の『データ分析官』
ジュワァァァァァッ……!!
ルナミス王都の郊外、小高い丘の上に建つ『ホープ・クローバー』の漆黒のクランハウス。その新設されたばかりの広々としたバルコニーから、暴力的なまでに食欲をそそる肉の焼ける匂いが漂っていた。
「よし。紅蓮鉱石をベースにした耐火煉瓦の組み上げ、完璧だ。熱の逃げ場がなく、遠赤外線で均等に火が通る」
俺はタローマンジャージの袖をまくり、トングを片手に、完成したばかりの最新式バーベキューコンロの仕上がりを確認していた。
ガレ村のクエストでついでに採掘してきたレア素材『紅蓮鉱石』。これを俺の【建築工房】で精製・加工し、クランハウスのバルコニーに備え付けの特大コンロを施工したのだ。
「うおおおおっ! ロックバイソンの厚切りカルビ、最高ッス! 外で食う肉は格別だぁぁっ!」
「トリス様が焼いてくれたお肉、いくらでも入りますの! この『ずっ友ロコシ』の丸焼きも甘くてジューシーですのぉぉっ!」
ユートとリーザが、煙に巻かれながらも満面の笑みで肉や野菜を頬張っている。
俺の隣では、キャルルが特製のソーリーフソース(ソース味の葉)を小皿に取り分けながら、ウサギ耳を揺らして微笑んでいた。
「ふふっ、トリス君とお家でバーベキュー、すっごく楽しいね。……はい、トリス君もあーんして♡」
「自分で食える。トングに触るな、火傷するぞ」
俺はキャルルのヤンデレ的なスキンシップを物理的に回避しつつ、次の肉を網に並べた。
特級魔獣キマイラを討伐し、ハリボテ勇者ゼロスを社会的に解体(抹殺)したあの大立ち回りから数日。ゴッドチューブでのバズり具合は凄まじく、ギルドには俺たちを指名する依頼が山のように届いていた。
だが、俺は「職人には適切な休息が必要だ」と全てを保留し、今はこうしてクランのインフラ(生活環境)の充実に努めている。
平和だ。俺の引いた完璧な工程表通り、穏やかな休日が過ぎていく――はずだった。
「――お邪魔いたします、『ホープ・クローバー』の皆様!」
突如、丘を駆け上がってきたのは、ルナミス帝国冒険者ギルドの専属配達員だった。彼は息を切らしながら、金箔の押された分厚い封筒を両手で恭しく差し出した。
「王都のギルドマスターからの緊急便です! なんでも、他国から直々の『ご指名』の書状だとか!」
「他国から?」
俺がトングを置いて封筒を受け取ると、ユートたちも興味津々に覗き込んできた。
封を切り、中に入っていた最高級の羊皮紙を広げる。そこには、流麗な文字でこう記されていた。
『ゴッドチューブにおける貴クランの目覚ましい活躍、誠に感銘を受けました。つきましては、我がシーラン国の海中VIPリゾート【アクア・パレス】へ、皆様を特賓としてご招待申し上げます。――シーラン国女王・リヴァイアサンより』
「「「しーらんこく……の、海中リゾートぉぉぉっ!?」」」
三人の声が、綺麗にハモった。
シーラン国。ルナミス帝国と同盟を結んでいる、美しい海とサンゴ礁に囲まれた海洋国家だ。海の幸が豊富で、巨大な魚型魔獣『マグローザ』の漁業でも知られている。
「う、海! 俺、海って一回も行ったことないッス! しかもVIPリゾート!?」
「やったぁぁっ! ピラダイの塩焼き! キングクラブの食べ放題! シーラン国の海鮮グルメ、全部食べ尽くしてやりますの!」
「海……水着……! トリス君に、私の過激な水着姿を見せつけるチャンス……ッ!!」
ユートが小躍りし、リーザがヨダレを撒き散らし、キャルルが何やら物騒な独占欲を燃やしながら鼻息を荒くしている。
「おいおい、勝手に盛り上がるな。ただの旅行じゃない、他国のトップからの招待状だぞ。裏にどんな面倒な仕事(クソ案件)が隠れてるか分かったもんじゃない」
俺は冷静に釘を刺すが、俺の『悪知恵S』の思考回路の片隅では、別の興味が湧き上がっていた。
(……シーラン国の『海中リゾート』か。完全に水中に没している建築物……。水圧と塩害に耐えうる素材と、特殊な魔力コーティングの技術。一級建築士として、その構造は是非とも視察しておきたいな)
前世のゼネコン時代から、海洋建築というのは現場監督のロマンの一つだ。
「……まぁ、いい。こいつらも連戦で疲労(金属疲労)が溜まっている頃だ。ギルドマスターに伝えてくれ。招待、ありがたくお受けするとな」
「やったぁぁぁぁっ!! 慰安旅行だぁぁっ!!」
俺の決断に、三人が歓喜の声を上げて飛び上がった。
こうして、俺たち『ホープ・クローバー』の、海中国家シーランへの慰安旅行が決定した。
この時の俺たちは、この豪華なバカンスの裏で、天界の神が仕組んだ『最悪の包囲網』が構築されていることなど、知る由もなかった。
▽ ▽ ▽
同時刻。
雲海の上、天界の暗室。
「……ふざけんな。ふざけんな、ふざけんなァァッ!!」
ガチャンッ! と、炎上神ワイズがマイタンブラーを壁に叩きつけ、中身のカプチーノをぶち撒けた。
彼の目の前にある何枚ものモニターには、特級魔獣キマイラを討伐したユートの『一億ボルトの雷撃』と、ゼロスを完膚なきまでに論破して解体したトリスの姿が、何度もリプレイ再生されていた。
「俺の完璧なヤラセ配信をぶち壊しやがって……! この『ホープ・クローバー』とかいう底辺共のせいで、俺の天界でのメンツは丸潰れだ! 絶対に許さねえ……!」
ワイズはギリギリと歯ぎしりし、血走った目でモニターを睨みつける。
そこへ、暗室の扉が音もなく開き、一人の男が静かに入室してきた。
「お呼びでしょうか、ワイズ様」
黒いスーツに身を包み、度の強い銀縁眼鏡をかけた、神経質そうな細身の男。
彼の背中には、天界を追放された証である『片翼のもがれた黒い羽』が生えていた。
「おお、来たな。待ってたぜぇ、『堕天使』ザイク」
ワイズは下品な笑みを浮かべ、男――ザイクを迎え入れた。
ザイクは元々、神々の会議室で各世界からのPVや予算を計算する『データ分析官』だった男だ。しかし、あまりにも冷酷な効率至上主義と、勝つためならルール違反すらいとわない非道なやり口が原因で、天使長ヴァルキュリアの怒りを買い、天界の最前線から追放されたインテリの悪徳策士である。
「お前を呼んだ理由は分かってるな? こいつらだ」
ワイズがモニターを指差す。
「こいつらの全てを調べ上げろ。どんな手を使ってもいい、こいつらを最も残酷な形で絶望させ、俺の配信の『最高の生贄』にしろ」
ザイクは銀縁眼鏡を中指で押し上げ、小脇に抱えていたタブレット端末を操作した。
「ええ。すでに彼らのゴッドチューブにおける過去のアーカイブ映像は、1フレーム単位で全て解析済みです」
ザイクの言葉と共に、モニターにホープ・クローバーの戦闘データがグラフ化されて表示された。
「彼らの強さは、個の力ではありません。極めてシステマチックな『連携』にあります。
第一工程、現場監督トリスが防護壁や足場となる『環境』を構築。
第二工程、遊撃手キャルルがその足場を利用し、敵の機動力を物理的に剥奪。
第三工程、アイドルであるリーザが音響空間を利用してデバフの歌と『貧乏神』を放つ。
そして最終工程、その連携によって生まれた『観客の圧倒的な大歓声』を燃料にして、勇者ユートが限界突破の雷撃を放つ。……実に見事な、完成された必勝パターンです」
「なんだと? じゃあ、あいつらに勝てねえってことか!?」
ワイズが苛立たしげに声を荒らげるが、ザイクは冷酷な笑みを浮かべた。
「いいえ。私は『完成されたシステム』ほど、脆いものはないと知っています。彼らの連携は、すべてにおいて『特定の環境』に依存しすぎている」
ザイクはタブレットを叩き、一つのマップをモニターに映し出した。
「足場がなければ、物理攻撃は届かない。音が反響しなければ、歌のデバフはかからない。そして……観客の歓声がなければ、あの勇者とやらはただの農民です。つまり、彼らの前提となる『環境』そのものを破壊してしまえば、彼らのシステムは一瞬で機能停止するただのゴミと化します」
「……ヒヒッ。なるほどな」
ワイズの顔に、悪趣味な笑みが戻る。
「彼らは今、同盟国のシーラン国へ『慰安旅行』へ向かおうとしています。海中国家、そして水に囲まれた密閉されたVIPリゾート。……彼らのシステムを完封し、絶望に突き落とすには、これ以上ない最高の『実験場』です」
「最高じゃねえか。やれ、ザイク。あの生意気な現場監督の顔を、恐怖と絶望で歪ませてやれ!」
天界の悪徳プロデューサーと、冷酷無比なデータ分析官の密約。
ホープ・クローバーの『必勝パターン』を完全に無力化する最悪の包囲網が、青く美しい海中国家の水底で、彼らを待ち受けていた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
「トリスの徹底的なロジックが好き!」「ユートが本物の勇者で泣けた!」「次の水着回とざまぁ展開が楽しみ!」と少しでも思っていただけましたら、
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次話から始まる新章「絶対沈黙の水底神殿編」、かつてない逆境と最高のカタルシスをお届けすることをお約束します! 引き続きよろしくお願いいたします!




