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EP 9

 本物の勇者ユート。プロの仕事フィニッシュを見せてやれ

『グゴォォォォォォォォォッ!!!』

 特級合成魔獣キマイラが、三つの頭を振り乱しながら絶叫し、俺たち『ホープ・クローバー』へ向けて突進を開始した。

 赤き獅子の顎からは触れるもの全てを溶かす超高熱の火炎が漏れ、山羊の角からは触れただけで神経を破壊する猛毒の瘴気が噴き出し、大蛇の尾が鞭のように宙を叩いて真空の刃を生み出している。

「ヒィィィッ! く、来るなァァッ!!」

 全てを剥ぎ取られ、ただの薄汚い小男へと成り下がったゼロスが、頭を抱えて石畳の上にうずくまり、情けない悲鳴を上げている。

「やかましい。安全帯もつけずに現場をウロチョロするな、素人が」

 俺はゼロスの襟首を掴むと、後方に錬成してあった防護壁の裏側へと、ゴミ袋のようにポイッと放り投げた。

「さて。あの特級魔獣デカぶつ、どう見る?」

 俺がインカム越しに問いかけると、職人たちが即座に答えた。

「トリス君、あいつの動き、なんかチグハグだよ。三つの頭がそれぞれ勝手に動こうとしてて、バランスが悪い」

「ええ! それに、あの山羊の頭から出てる黒いモヤモヤ(瘴気)、すっごく不快ですの!」

 キャルルとリーザの直感的な分析に、俺は満足げに頷いた。

「正解だ。強力なパーツを無理やりくっつけただけの『違法増築物件キマイラ』。ステータスは高くても、システムとしての連動性インフラが最悪だ。……まずは、あの厄介な化学兵器(毒の瘴気)と後方迎撃システム(大蛇の尾)から『解体』する」

 俺は両手を地面に叩きつけ、【建築工房】をフル回転させた。

地形操作テラフォーミング。――『円形闘技場コロッセオ』!!」

 ズゴゴゴゴゴォォォォッ!!

 キマイラの周囲の地面が隆起し、巨大なすり鉢状のクレーターが形成される。さらに、クレーターの壁面から無数の『鉄筋コンクリートの柱』がランダムな角度で突き出し、立体的なアスレチックのような極限の足場ステージが完成した。

「キャルル! 足場は作った! 飛び回れ!」

「オッケー♡ 最高に仕事しやすい現場だよ、トリス君!」

 特注安全靴の踵を鳴らし、キャルルが弾丸のように跳躍した。

 俺が配置したコンクリートの柱を次々と蹴り渡り、ピンボールのような予測不能の三次元機動でキマイラの死角へと回り込む。

『シャァァァァッ!!』

 背後の大蛇がキャルルを迎撃しようと毒牙を剥くが、遅い。

「月影流――『重機落とし』ッ!」

 上空から重力と遠心力を完璧に乗せたキャルルの踵落としが、大蛇の頭部を脳天から完全に粉砕する。

 そのまま彼女は柱を蹴って空中で軌道を変え、今度は猛毒を撒き散らす山羊の頭部へと特攻した。

化学物質アスベストの処理は、プロに任せなさい!」

 バキィィィィンッ!!

 山羊の二本の巨大な角が、特注安全靴の強烈な回し蹴りによって根元からへし折られた。

 瘴気の発生源を絶たれ、キマイラが苦悶の咆哮を上げる。

「ナイスだ、キャルル! 次、リーザ!」

「はいですのぉぉっ!」

 俺が錬成した特設お立ちステージの上で、リーザがマイクを握りしめた。

 背後に浮かび上がる『貧乏神(お賽銭箱型掃除機)』が、凄まじい唸りを上げる。

「私のお歌で、あんな不潔なモヤモヤ、全部吸い取って消毒してやりますのぉぉっ!」

 リーザの歌声デバフが、俺の音響工学に基づいたドーム設計によって増幅され、キマイラに叩きつけられる。

 貧乏神の吸引力が、広場に充満していた毒の瘴気と、キマイラを覆っていた強力な魔力障壁を、文字通り『スッカラカン』になるまで吸い尽くしていった。

『グ……ギャァァァァァァッ!!』

 大蛇を砕かれ、山羊の角を折られ、魔力障壁を剥がされたキマイラ。

 残るは、メインエンジンである『赤き獅子』のみ。

 だが、死の淵に追い詰められた特級魔獣の生存本能が、最悪の暴走を引き起こした。

『グロォォォォォォォォォォォォォッ!!!!』

 獅子の喉の奥で、周囲の酸素を巻き込みながら、極限まで圧縮された超高熱の火炎エネルギーが生成されていく。

 ヤケクソの自爆にも等しい、広範囲殲滅ブレス。

 そしてその銃口ターゲットが向けられたのは――俺たちではなく、俺が背後に錬成した『村人が避難している防護壁』だった。

「しまっ……! あいつ、壁ごと村人を焼き払う気ッスか!?」

 ユートが顔色を変える。

 いくら俺の鉄筋コンクリート壁でも、あれほどの熱量をゼロ距離で浴び続ければ、数秒で融解して中にいる村人たちまで消し炭になってしまう。

「ヒィィィッ! お、俺は嫌だ! 死にたくないィィッ!!」

 壁の裏側に放り投げられていたゼロスが、情けない声を上げて逃げ惑う。

 だが。

 偽物の勇者が逃げ出すその横を、一陣の風が駆け抜けた。

「――俺の仕事タスクだァァァッ!!」

 タローマン製の、三万円の鉄鎧を着た少年。

 ユートが、防護壁の前に立ち塞がり、分厚い鉄の盾を構えて大地に両足を踏ん張ったのだ。

 ズドゴォォォォォォォォォンッ!!!

 キマイラの放った極大の火炎ブレスが、ユートの盾に激突する。

 凄まじい熱波と衝撃波が広場を吹き荒れ、石畳がドロドロに溶けていく。

「ぐ、ぐおおおおおおおおっ!!」

 ユートの顔が苦痛に歪み、タローマンの鉄鎧が熱で赤く焼け焦げ始める。

 ステータス(馬力)で言えば、キマイラのブレスはユートの防御力を遥かに上回っている。普通なら、一瞬で盾ごと蒸発させられて終わりだ。

 しかし、ユートは一歩も退かなかった。

「絶対に、退かねえ……! 後ろには、村の人たちがいるんだ! 俺が……俺が守るッ!!」

 血を吐きながら、絶対に後ろの人間を守るという『真の覚悟』。

 その泥臭くも圧倒的な勇姿は、ゴッドチューブの魔導カメラを通じて、全国のモニターへと克明に配信されていた。

『う、うおおおおっ!? あの少年、逃げないぞ!』

『タローマンの安い鎧じゃないか!? なのに、特級魔獣のブレスを耐えてる!』

『頑張れ……! 頑張れえええええっ!!』

『あいつこそ、本物の勇者だ! 負けるなあああああッ!!』

 画面越しの何百万という視聴者たち。

 そして、防護壁の向こう側から祈るように見つめる、ガレ村の村人たち。

 彼らの心からの『応援(純度百パーセントのバフ)』が、ユートの身体へと流れ込んでいく。

 金で買った偽りのマネーではない。

 人々の願いと希望を背負うことで発現する、世界でただ一つの神聖なるシステム。

「うおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

 ユートの身体から、太陽のように眩い黄金のオーラが爆発的に噴き出した。

 ユニークスキル【トゥルー・ブレイブ(真・勇者)】の完全覚醒。

 人々の歓声を燃料にして、彼のステータスが限界リミットを突破し、無限の彼方へと跳ね上がっていく。

「キタキタキタァァッ! 力が……みんなの声が、俺に力をくれるッ!!」

 ユートの構えたタローマンの鉄剣に、一億ボルトを超える極大の紫電が収束していく。

 その圧倒的な光の奔流に、ブレスを放っていたキマイラが驚愕に目を見開いた。

「見せてやる……! これが、俺たち『ホープ・クローバー』の力だァァァッ!!」

 ユートが、大地を蹴り砕いて宙へと跳躍した。

 キマイラの火炎ブレスを、雷を纏った鉄剣で真っ二つに切り裂きながら、一直線に獅子の脳天へと迫る。

「『ライトニング・ブレイク』――MAXフル・ボルトォォォォォッ!!」

 ズガガガガガガガガガガァァァァァァァァンッ!!!!

 落雷の轟音が、ガレ村の広場を真っ白に染め上げた。

 特級魔獣キマイラの強固な肉体が、ユートの放った一撃によって細胞レベルから完全に消し炭へと変わり、光の粒子となって四散していく。

 パラパラと降り注ぐ光の雪の中。

 黒焦げになったタローマンの鉄剣を握りしめ、ユートが静かに着地した。

 しんと静まり返った広場。

 数秒の沈黙の後。

「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 防護壁の向こう側から、そして、ゴッドチューブの配信画面の向こう側から。

 世界を揺るがすような、地鳴りのような『大歓声』が爆発した。

『すげええええええええっ!!』

『あの一撃、鳥肌立った!!』

『あの子の名前は!? ホープ・クローバー!? 絶対推すわ!!』

『ゼロス(笑)なんかより、よっぽど本物の勇者だ!!』

 滝のように流れる賞賛のコメントと、かつてゼロスが得ていた額を遥かに凌駕する天文学的な『スパチャ(投げ銭)』が、画面を埋め尽くしていく。

「へへっ……。トリス、俺、やったッスよ……!」

「ああ。よくやった、ユート」

 ボロボロになったユートの肩を、俺は力強く叩いた。

 キャルルとリーザも駆け寄ってきて、ユートを囲んで歓喜の声を上げている。

 俺はタローマンジャージのポケットに手を突っ込んだまま、広場の隅で腰を抜かして震えている『元・S級勇者』ゼロスを一瞥した。

 彼は、自分が金で買おうとした名声と称賛を、たった三万円の鎧を着た少年に完全に奪い取られ、ただ呆然と涙を流すことしかできなかった。

「……プロの仕事フィニッシュってのは、こういうことを言うんだよ。覚えとけ、欠陥業者」

 俺は冷たく言い放ち、背を向けた。

 炎上神の仕組んだ最悪の悪趣味なヤラセ配信は、一級建築士の引いた完璧な図面と、本物の勇者の泥臭い一撃によって、完全に『解体』されたのだった。

     ▽ ▽ ▽

「ふ、ふざけるなァァァァァァァァァァッ!!!」

 同じ頃、天界の暗室。

 炎上神ワイズが、完全にコントロールを失った自らのゴッドチューブ・チャンネルの画面を前に、発狂したようにノートPCを床に叩きつけて破壊していた。

「俺の配信が! 俺のゼロスが! あの『ホープ・クローバー』とかいう底辺のクソガキどもの踏み台にされただとォォッ!?」

 ワイズの意図した「絶望とヤラセの悲劇」は完全に崩壊し、彼のチャンネルは今や「真の勇者ユートと、謎の最強現場監督トリスを称賛する場」へと乗っ取られてしまっていた。

「許さん……絶対に許さんぞ、トリス……! この俺の顔に泥を塗ったこと、必ず後悔させてやるからなァァッ!」

 暗闇の中で血走った目を剥き出しにして呪詛を吐く炎上神。

 だが、そんな神の怒りなど、今の俺たちには全く関係のないことだった。

 なぜなら、俺たちにはこれから、この厄介なクエストを終わらせた後の『最も重要な仕事タスク』が待っているのだから。

読んでいただきありがとうございます。

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