EP 7
イレギュラー乱入。炎上神の悪ノリと、恐怖に暴かれる『偽りの勇気』
天界の暗室。最新型のエンジェルすまーとふぉんと専用ノートPCの青白い光が、炎上神ワイズの三白眼を不気味に浮かび上がらせていた。
「へいへいへい……何だよ、盛り上がりに欠けるなぁ」
ワイズはマイタンブラーのカプチーノを不機嫌そうにストローですすりながら、ゴッドチューブのリアルタイムコメント欄をスクロールしていた。
『ゼロスの無双、見飽きたわ』
『また課金バフで一撃かよ。ヤラセ臭くて草』
『もっとさぁ、ヒリつくような絶望感ないの?』
『血が見たいんだよ血が! 村人がキャーキャー逃げ回るだけのぬるい配信ならスパチャ投げねーぞ』
コメント欄に並ぶ、刺激に飢えた視聴者(神々や上位存在)たちの辛辣な言葉。
PV(閲覧数)の伸びが緩やかになったグラフを見て、ワイズは舌打ちを漏らし、薄気味悪い嘲笑を浮かべた。
「視聴者(お客様)が満足してねえじゃん。……へいへい、分かりましたよーっと。もっとエグくて、胃が痛くなるような『特大の絶望』をご所望ですね?」
ワイズはエンジェルすまーとふぉんを操作し、魔王軍幹部ミラースとの暗号通信を繋いだ。
『おい、ミラースちゃん。オークの雑食どもじゃ画が持つ限界が来たわ。……仕込んでおいた『特級魔獣』、今すぐ現場(ガレ村)に解き放っちゃってー』
『……フン。言われずとも解き放つ準備はできている。だがワイズ、あの魔獣は制御が効かんぞ。勇者ゼロスとやらも無事では済まんが、いいのか?』
『いいのいいの! ゼロスが血反吐吐いて泣き叫べば、それだけでPVは三倍に跳ね上がるんだからさ! ヒハハハハッ!』
ワイズの底知れない狂気を含んだ高笑いが、天界の暗室に響き渡った。
▽ ▽ ▽
ズズズズズズズッ……!!
ガレ村の広場を切り裂き、激しい地鳴りが鳴り響く。
オークの群れをあらかた掃除し終え、ゴッドチューブのカメラに向かって「愛と勇気の勝利だ!」とポーズを決めていた勇者ゼロスは、突如として足元から突き上げてきた凄まじい衝撃に不格好に体勢を崩した。
「な、なんだ!? 地震か!? おいカメラ! ブレるな、しっかり俺のアップを――」
ゼロスの怒声は、直後に炸裂した『爆発音』によって掻き消された。
ドガァァァァァァァァンッ!!!
石畳と土砂が火山のように噴き上がり、黒煙を切り裂いて現れたのは、オークなどとは比べものにならない狂気の圧倒的存在感(威圧)だった。
『グゴォォォォォォォォォォォンッ!!!!』
大気を震わせる地獄の咆哮。
姿を現したのは、体長十五メートルを超える凶悪な異形――『特級合成魔獣・キマイラ』。
灼熱の炎を吐き出す赤き獅子の頭部、巨大な角を生やした猛毒の山羊の胴体、そして背中から伸びる不気味な大蛇の尾。さらに、その全身からは、周囲の植物を一瞬で枯らし尽くすほどの黒い瘴気が噴き出していた。
「ひ……っ!?」
ゼロスは喉の奥で、情けない悲鳴を漏らした。
シークレットブーツの爪先がガタガタと震え、手にしたオリハルコンソードがカチカチと音を立てる。
今まで彼が戦ってきたのは、ワイズがあらかじめ弱体化させておいた『ヤラセ用の雑魚魔物』ばかりだった。本物の死の危険を漂わせる『特級魔獣』の圧倒的な殺意と威圧感を、ゼロスは生まれて初めてその全身で浴びたのだ。
「な、なんだあの化け物は……!? こんなの、聞いてないぞ! ワイズの野郎、何の打ち合わせもなしにこんな……!」
逃げ出したい。今すぐこの場から全力で逃げ出したい。
ゼロスの脳裏に、そんな本能的な恐怖が渦巻く。
しかし――宙を浮遊する三台の魔導カメラのレンズが、バッチリとゼロスの顔を捉えていた。ゴッドチューブの配信は現在も全国にリアルタイムで生中継されている。
(ここで逃げたら……! 俺のS級勇者としての名声も、金も、ファンも、全部失う! 嫌だ、そんなの絶対に嫌だァァッ!!)
承認欲求と強欲が、一時的に死への恐怖を塗りつぶした。
ゼロスは半狂乱になりながら、腰の魔法ポーチから『白金貨の束(数十枚)』を引っこ抜き、血走った目で叫んだ。
「白金貨、百枚追加投入だぁぁぁっ!! さらに濃縮陽薬草茶、二本一気飲みぃぃっ!!」
ガバッ、ガバッ、と濃縮された緑色の液体を喉に流し込む。
痛覚を麻痺させ、神経を強制的に覚醒させる劇薬の過剰摂取。ゼロスの両目は血走り、皮膚の下で無数の血管がミミズのように酷く浮き出た。
チャリンチャリンチャリンッ!
1000万円を超える莫大な金が【マネー】のスキルに消費され、ゼロスの数値上のステータス(攻撃力・防御力・素早さ)が、限界を超えて神の領域へと爆跳ねする。
「ヒャハハハハハッ! 見たか化け物め! このゼロス様が、一瞬で貴様をゴミくずにしてやるぅぅッ!!」
ドゴォォォンッ!
爆発的な速度で踏み込み、ゼロスはオリハルコンソードを振り下ろした。
【マネー】の課金バフによる光の刃が、キマイラの獅子の首へ向かって一直線に迫る。
――しかし。
バキィィィィィィィンッ!!!
「……な、なにぃっ!?」
ゼロスの渾身の一撃は、キマイラの首を跳ね飛ばすどころか、その分厚い瘴気の防壁に阻まれ、衝撃波を撒き散らして完全に停止していた。
キマイラは『特級』の魔獣だ。単なる物理的なステータスの数値だけで打ち破れるほど、その肉体構造と魔力障壁は甘くない。
『グガァァァァッ!!』
「ヒッ……!?」
キマイラの巨腕が、空を切り裂いて薙ぎ払われた。
丸太のように太い前脚が、ゼロスの胸元へと容赦なく叩きつけられる。
ズガァァァァァァァンッ!!!!
凄まじい衝撃。
ゼロスは弾丸のような速度で吹き飛ばされ、ガレ村の石畳を何十メートルもゴロゴロと不格好に転がった。
課金によって跳ね上がった『黄金の鎧』の絶対防御のおかげで、鎧自体が粉砕されることは免れた。
……だが。
衝撃を逃がす技術を一切持たないゼロスの生身の肉体へ、鎧越しに殺人的な『振動と衝撃波』が容赦なく透過したのだ。
「ゴバァッ……!? ひ、あ……がふッ!?」
喉の奥から吐血が噴き出す。
陽薬草茶による痛覚麻痺の限界を軽々とぶち破る、人生で一度も経験したことのない『絶望的な劇痛』が、ゼロスの全身を突き抜けた。
肋骨が数本ヒビ割れ、内臓が強く圧迫される感覚。
課金によってステータス数値をどれだけ引き上げようと――ゼロス本人の肉体はレベル1の貧弱な人間のままであり、何より彼には『痛みに耐える精神力』も『恐怖を克服する勇気』も、1ミリも備わっていなかったのだ。
「い、痛い……! 痛い痛い痛い痛い痛いッ!! 死ぬ! 俺、死んじゃうよぉぉっ!?」
ゼロスは泣き叫びながら、石畳の上で惨めにのたうち回った。
鼻水と涙でぐちゃぐちゃになった顔。魔法ホワイトニングの白い歯からは血が垂れ流れ、シークレットブーツの片方の踵がポッキリと折れて不自然な格好で足が曲がっている。
『グゴォォォォッ!!』
キマイラが、苦悶するゼロスへ向けてゆっくりと歩み寄る。その巨大な顎から、高熱の火炎が漏れ出していた。
「やだ! 来ないで! 助けて! カメラ止めてよ早く!!」
ゼロスは、撮影を続けている魔導カメラに向かって、血走った目で醜く叫んだ。
「こんなの聞いてない! お金払ったのに! こんな命懸けの仕事やってられるかぁぁっ! おいカメラマン! 俺を置いて先に逃げるな! 俺を盾に……いや、そこの村人どもを投げ渡して時間を稼げぇぇぇッ!!」
かつて「愛と勇気のヒーロー」を気取っていた男の、惨めで、醜悪で、利己的な本性が、全国配信の画面の前で完全に暴かれた瞬間だった。
ゴッドチューブのコメント欄が、一瞬で炎上した。
『は? ゼロス、村人を盾にしろって言ったか?』
『うわっダッサ……痛いだけで泣き叫んでるぞこいつ』
『シークレットブーツ折れてて草。身長誤魔化してたんかい』
『偽物のハリボテ勇者確定だな。スパチャ返せクソ野郎!』
コメント欄を埋め尽くす怒りと失望の声。
ゼロスは腰を抜かしたまま、折れたシークレットブーツを引きずり、村人が避難している防護壁の方向へ向かって、惨めに這いずって逃げ出そうとした。
「助けてくれぇぇっ! 俺はS級勇者なんだぞ! お前らモブが俺の盾になって死ぬのが当然だろぉぉっ!?」
己の命だけを助けようと、村人を押し破って安全地帯へ逃げ込もうとする虚飾の勇者。
そのあまりにも見苦しい逃走劇を、防護壁の上から見下ろしていた俺たち『ホープ・クローバー』の面々は、ただ冷徹に、そして静かに見つめていた。
「……言ったろ」
俺――トリスは、タローマンジャージのポケットに手を突っ込んだまま、呆れ果てたように吐き捨てた。
「基礎(地道な訓練と本物の勇気)を欠いたハリボテは、一度の構造欠陥(強い打撃)で一瞬で崩壊するってな」
「……ひどいッス」
ユートが、タローマンの鉄盾を強く握りしめ、激しい怒りに肩を震わせていた。
「村人を守るのが勇者だろ……! 自分の命のために、村人を盾にしようとするなんて……そんなの、絶対に許せねえッス!!」
「トリス君」
キャルルが特注安全靴の踵をトントンと鳴らし、絶対零度の殺意を込めた瞳で俺を見つめた。
「あのハリボテの男、私が今すぐ首の骨を折って、更地にしてきていい?」
「私もですの! あんな奴、私の【貧乏神】で全財産吸い取って、スッカラカンの素裸でマグローザ漁船(ケツ拭きのK)に出荷してやりたいですの!」
リーザもメガホンを構えて激怒している。
絶望に染まるガレ村。暴れる特級魔獣キマイラ。そして、醜態を晒して逃げ惑う偽りの勇者。
俺は、脳内CADに描かれた完璧な『解体工事の工程表』を最終確認し、ニヤリと冷酷な笑みを浮かべた。
「慌てるな、お前ら。……あのハリボテの『完全解体』と、この現場の収め方。……工程表は、すでに完璧に完成している」
一級建築士トリスによる、偽りの勇者への容赦なき『完全解体工事』が、いよいよ着工されようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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