EP 6
【マネー】の力。課金バフと、狂ったステータスの虚像
「見よ! これが神に選ばれし者の力! 金の力だぁぁっ!!」
S級勇者ゼロス・ディバインが、握りしめていた白金貨数十枚を宙に放り投げた。
チャリン、と甲高い金属音が響いた瞬間、白金貨は眩い光の粒子となってゼロスの体内へと吸い込まれていく。
ユニークスキル【マネー(金権無双)】の起動。消費した金額に比例して、所有者のステータス(攻撃力・素早さ・防御力)を一時的に神の領域まで跳ね上げる、極悪非道な課金システムだ。
「ヒャアアアッ! 力が……力が湧いてくるゥッ!!」
ゼロスの全身を、どす黒く濁った黄金のオーラが包み込む。
彼は懐から、濃縮された『陽薬草茶』の入った小瓶を取り出し、フタを噛みちぎって一気に喉へと流し込んだ。
目をギンギンに血走らせ、瞳孔が開く。
本来、レベル1の脆弱な肉体(器)に、レベル100相当のステータス(エンジン)を無理やり搭載すれば、自重と出力の負荷で肉体が内側から崩壊する。だからこそゼロスは、極限まで神経を麻痺させ、痛覚を遮断するドーピングに頼る必要があった。
「さあカメラ! 俺の勇姿をバッチリ撮れよ! いくぞ、薄汚い豚どもォッ!」
ゼロスが、シークレットブーツで不自然に底上げされた足で大地を蹴った。
ドゴォォォンッ! と地面がクレーターのように陥没し、ゼロスの姿が弾丸のようにオークの群れへと突っ込んでいく。
「ブギィッ!?」
彼がデタラメに振り回したオリハルコンソードが、オークの分厚い肉体を紙のように両断する。
凄まじい威力だ。ただの素振りが真空の刃を生み出し、周囲のオークたちを次々と挽肉に変えていく。
「ハハハハハッ! 弱い、弱すぎるぞ! このS級勇者ゼロス様の前では、貴様らなどゴミ同然だ!」
ゴッドチューブの魔導カメラが、その圧倒的な無双劇を様々なアングルから追従し、全国のモニターへと配信していく。
視聴者たちからは「ゼロス様最強!」「あのスピード、目で追えない!」といった熱狂的なコメントと、莫大な額のスパチャ(投げ銭)が滝のように流れ込んでいることだろう。
だが。
俺が錬成した防護壁の上。安全地帯からその光景を見下ろしていた俺たち『ホープ・クローバー』の面々の表情は、誰一人として感嘆の色を浮かべていなかった。
「……トリス。俺、なんか見損なったッス」
タローマンの鉄鎧を着た勇者ユートが、呆れたようにため息をついた。
「あいつの剣、ただ力任せに振り回してるだけッス。重心はブレブレだし、足の踏み込みも甘い。あんな戦い方じゃ、すぐにバテるか、自分の腕の筋をおかしくする。……俺が勇者の村で毎日やってた『太陽芋の素振り(農作業)』の方が、よっぽど腰が入ってるッスよ」
「ええ。それにあの男、オークの返り血を浴びるたびに『ヒィッ』って顔を引きつらせてますの。全然、覚悟が足りてませんの」
ユートとリーザの言う通りだ。
一級建築士である俺の『脳内CAD』を通せば、ゼロスの戦い方はいかに「無駄と欠陥だらけ」かが一目で分かる。
(……足首の関節が悲鳴を上げているな。高すぎるステータスの速度に、肉体の動体視力と平衡感覚が全く追いついていない。ブレーキをかけるたびに、シークレットブーツの内部で骨が軋んでいる。あれは、運転免許を持たない素人が、フェラーリのアクセルをベタ踏みして壁に激突する寸前の状態だ)
さらに、ゼロスはオークの攻撃を避けることすらしない。
全て、課金で硬度を跳ね上げた『黄金の鎧』と『オリハルコンの盾』に任せきりだ。
ガキィィィンッ!
オークの棍棒がゼロスの鎧に直撃するが、傷一つ付かない。
しかし、ゼロス本人はその衝撃を殺す技術を持っていないため、鎧の中で「グェッ」とカエルのような呻き声を上げ、フラフラと体勢を崩している。
「あははっ。見てよトリス君、あの男。中身はスッカスカなのに、外側の数字だけデカくしてイキってる。……まるで、基礎の杭を打たずに建てた、欠陥だらけのハリボテの塔みたい」
「お前の例え、俺に似てきたなキャルル。……だが、その通りだ」
俺は防護壁に肘をつき、冷徹な目でゼロスの立ち回りを分析する。
「あいつの強さは、自分の力じゃない。『神の権限』を金で買っているだけだ。だから、少しでも想定外の『イレギュラー』が起きれば、あのハリボテは一瞬で倒壊する」
しかし、そんな俺たちの冷ややかな視線をよそに、ゼロスの無双劇は続いていた。
二百匹いたオークの群れは、異常なステータスの暴力の前に、わずか数分でその大半が肉塊へと変わっていた。
「ハァ……ハァ……どうだっ!!」
最後の一匹を不様な大振りで斬り伏せたゼロスが、荒い息を吐きながら、ゴッドチューブの魔導カメラに向かって振り返る。
そして、顔に付いた血と汗を拭い、息の乱れを隠すように、またしても不自然に眩しい白い歯を見せて笑った。
「見たか、これが愛と勇気の力だ! 絶望に怯える子羊たちよ、もう安心だ! この私がいる限り、闇が光を覆い尽くすことはない!」
バサァッ、とミスリルマントが自動でなびく。
カメラの向こう側の視聴者たちは大熱狂し、ゼロスの承認欲求とPVは最高潮に達していたことだろう。
「……チッ。俺の美味しいところ(撮れ高)を奪おうとしたEランクのゴミどもめ。これで俺が本物のS級だと理解しただろう」
カメラの死角で、ゼロスが俺たちを睨みつけ、勝ち誇ったように鼻で笑った。
「おい、そこのクソ生意気な現場監督とやら! 見ただろう、俺の圧倒的な力を! お前らがチマチマと土壁を作って逃げ隠れしている間に、俺は全てを終わらせてやったぞ! さあ、カメラの前で俺にひれ伏して、感謝の言葉を述べろ!」
ゼロスがオリハルコンソードをこちらに突きつけ、傲慢に言い放つ。
ユートが「ふざけんな!」と身を乗り出そうとするが、俺は片手で彼を制した。
「……終わらせた、だと?」
俺はタローマンジャージのポケットから手を抜き、呆れたように首を振った。
「安全確認も満足にできない素人業者が、現場を終わった気でいるな。だからお前は『三流』なんだよ」
「な、なんだと!?」
「自分の足元(基礎)をよく見ろ、欠陥勇者。……スポンサー(炎上神)の意図を考えれば、こんな安っぽいザコ狩りだけで『最高の配信』が終わるわけがないだろうが」
俺がそう告げた、まさにその瞬間だった。
ズズズズズズズッ……!!
ガレ村の周辺を囲む荒野の大地が、突如として不気味な地鳴りを上げて揺れ始めたのだ。
「な、なんだ!? 地震か!?」
「ヒィッ! カメラ! ブレるな、しっかり俺の顔を映せ!」
パニックに陥るゼロスと、宙を舞う魔導カメラ。
俺の『脳内CAD』が、地下から急速に浮上してくる『規格外の巨大質量』のデータを検知し、視界を真っ赤なレッドアラートで染め上げた。
「……来やがったな。ヤラセ番組の『真の主役』が」
天界の会議室で、炎上神ワイズが嗤いながら仕組んだ、さらなる絶望のスパイス。
オークなどただの前座に過ぎない。視聴者の度肝を抜き、絶望のどん底に叩き落とすための『特級の災害』が、今まさにゼロスの足元から牙を剥こうとしていた。




