EP 5
着工(現場到着)。カメラマンの準備を待つ勇者と、即座に動く現場監督
辺境の開拓村『ガレ』は、絶望の砂煙と悲鳴に包まれていた。
地響きを立てて村の防護柵を容易く粉砕し、なだれ込んでくるのは、筋骨隆々のオークたちの軍勢。その数、およそ二百。
粗末な木の家が次々と破壊され、逃げ遅れた村人たちが恐怖に顔を引きつらせて悲鳴を上げている。数人の若者が鍬や斧を持って立ち向かおうとしているが、巨大な棍棒を振り回すオークの前に、数秒後には無惨な死体を晒すことは火を見るより明らかだった。
――だが、その地獄絵図からわずかに離れた小高い丘の上。
この村を救うはずの『S級勇者』ゼロス・ディバインは、剣を抜くことすらなく、不満げに舌打ちをしていた。
「おい、カメラマン! 違うだろ、照明の角度が悪い! 逆光になって、俺の黄金の鎧の輝きが飛んじゃってるじゃないか!」
「す、すみませんゼロス様! ですが、早く村人を助けないと、オークがもう……!」
「うるさい! 俺の顔は『右斜め45度』から撮るのが一番美しいんだよ! カメラの位置を調整しろ! それに、まだ助けるには『早い』」
ゼロスは、下界で逃げ惑う村人たちを見下ろし、口角を吊り上げた。
「いいか? ゴッドチューブの視聴者ってのは、残酷な悲劇が大好きなんだ。村人が追い詰められ、家が焼け、数人が血を流して『もう駄目だ!』と絶望が最高潮に達した瞬間……そこに! この俺が完璧なアングルで颯爽と登場する。その圧倒的なカタルシスこそが、スパチャ(投げ銭)を爆発させる最高の演出なんだよ!」
狂っている。人の命を、己の承認欲求と金のダシにしか考えていない、極めて醜悪な自己正当化。
ゼロスは、懐から口臭スプレーを取り出して口内にシュッと噴霧し、白い歯を輝かせるための最終チェックに余念がない。
「よし……そろそろ頃合いだな。カメラ、回せ! 悲劇の村を救う、愛と勇気のヒーローの登場だ!」
ゼロスがマントを翻し、オークの群れへ向かって駆け出そうとした、まさにその時だった。
――ドガガガガガガガッ!!!
背後の荒野から、凄まじい速度で爆走してくる『ロックバイソン(牛型魔獣)の荷馬車』が、ゼロスの真横を土煙と共に猛スピードで通り抜けていった。
「なっ!? なんだ!?」
「ゲホッ、ゴホッ! な、何者ですか!?」
完璧にセットされたゼロスの髪型と、カメラのレンズが土煙にまみれる。
荷馬車はそのまま村の入り口、オークの群れと逃げ惑う村人たちのド真ん中へと、強引なドリフトで急停止した。
「……状況確認完了。予想通り、最悪の『手抜き工事』だな」
御者台から飛び降りたのは、タローマンジャージに身を包んだ俺――トリスだった。
俺の『脳内CAD』は、村の惨状と共に、丘の上でチンタラとカメラの準備をしていたゼロスの動きを全て記録していた。
前世のブラック業界でも、安全管理を怠るクソ業者は山ほど見てきたが、意図的に『重大な労働災害(村人の死)』を引き起こそうとする奴は、同業者として絶対に許容できない。
「ト、トリス! オークがもう目の前まで迫ってるッス!」
荷台から飛び降りたユートが、タローマン鉄鎧を鳴らして盾を構える。
その顔は恐怖で引きつっているが、彼は一歩も下がらず、背後にいる村人たちを守るように立ち塞がった。
「怯えるな、ユート。チンタラとカメラアングルを気にしている素人業者は無視しろ。俺たちの現場を作るぞ」
俺は両手を地面に叩きつけ、体内の百馬力の魔力を大地へと流し込んだ。
「これより、緊急の『隔離工事』を開始する! ――【建築工房】フル・アクティベート!」
ズゴゴゴゴゴォォォォォォォッ!!!
大地が鳴動し、ガレ村の広場を分断するように、凄まじい質量の『壁』が急浮上した。
それはただの土壁ではない。俺の魔法で周囲の土砂を超高密度に圧縮し、地中深くの岩盤を鉄筋代わりに引き抜いて編み上げた、高さ十五メートル、厚さ二メートルに及ぶ『半円形の超巨大・防護城壁(要塞)』だ。
ドガァァァァァンッ!!
「「「ブギィィィッ!?」」」
突如として目の前に出現した巨大なコンクリートの絶壁に、突進していたオークの先頭集団が次々と激突し、自らの運動エネルギーで脳震盪を起こして気絶していく。
「な、なんだぁっ!?」
「壁が……一瞬で生えてきたぞ!?」
逃げ惑っていた村人たちが、信じられないものを見る目でそびえ立つ壁を見上げている。
俺が構築した防護壁は、村人たちをオークの群れから完全に隔離し、絶対的な安全地帯をたった数秒で作り上げたのだ。
「キャルル、リーザ! 壁の内側の安全確認! 怪我人がいたらすぐに陽薬草のポーションを飲ませろ! ユートは壁の入り口を塞ぐように陣形を取れ!」
「了解ッス、現場監督!」
「任せての! 村人さんたち、もう大丈夫ですの! 私の特製・陽薬草ドリンクを飲んで元気出してくださいの!」
「はーい、トリス君♡ 怪我してる人、こっちおいでー」
俺の完璧な指示のもと、三人が瞬時に動き出し、パニックに陥っていた現場がまたたく間に統制されていく。
これこそが、俺たち『ホープ・クローバー』の真骨頂。圧倒的な環境支配による、被害ゼロの救出劇だ。
「――お、おい! ふざけるなァァッ!!」
その完璧な現場の空気をぶち壊すように、丘の上からヒステリックな怒声が響き渡った。
黄金の鎧をガチャガチャと鳴らし、顔を真っ赤にして駆け下りてきたのは、先ほどまで余裕ぶっていた勇者・ゼロスだった。
彼の背後には、ゴッドチューブの魔導カメラがバッチリと回っている。
「お前ら、Eランクの底辺冒険者だろうが! 誰の許可を得て、この俺の晴れ舞台を荒らしている! 俺が村人を絶望の淵から救うという最高の絵図が、お前らのせいで台無しじゃないか!!」
ゼロスは唾を飛ばし、オリハルコンソードの切っ先を俺に突きつけた。
「今すぐその薄汚い土壁をどかせ! そしてカメラの前で、俺に命を救われる無力なモブの役を演じろ!」
あまりの身勝手さと、人命を何とも思っていない暴言に、ユートが「なっ……あんた、それでもS級勇者なのかよ!?」と信じられないという顔で絶句する。
キャルルのウサギ耳が危険な角度に伏せられ、特注安全靴のつま先がギリッと地面を削った。今にもゼロスの首を蹴り飛ばしそうな殺意だ。
だが、俺はキャルルを手で制し、タローマンジャージのポケットに手を突っ込んだまま、ゼロスに向かって冷酷な一歩を踏み出した。
「……許可? 笑わせるな」
俺の、腹の底から響くような低い声が、戦場に響き渡る。
前世で、現場の安全を無視して工期と金だけを優先するクソ元請けを相手にしていた時と同じ、絶対零度の『現場監督の眼』で、ゼロスを見据えた。
「本来の施工主であるお前が、安全確認もせず、村人たちの命の危険を放置してカメラの準備(身だしなみ)を優先した。だから俺が、同業者として『緊急の安全措置』を代行してやっただけだ。感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いはない」
「なっ……なにおぅっ!?」
「お前は、自分のメッキ(黄金の鎧)を光らせることしか頭にない素人だ。基礎工事(村人の命)が崩れかけているのに、外壁の塗装ばかり気にしている欠陥業者に、この現場を仕切る資格はない」
ゴッドチューブのカメラが回っている全国配信の真っ只中で。
俺は、S級勇者であるゼロスを『素人(欠陥業者)』と断言し、完膚なきまでにそのプライドをへし折った。
「き、きさまぁぁっ! ただのEランクの分際で、この天才勇者である私を愚弄するか!」
ゼロスの顔が、屈辱と怒りで醜く歪む。
彼はギリッと白い歯(魔法コーティング)を食いしばり、腰の魔法ポーチから大量の『白金貨』を鷲掴みにした。
「後悔させてやる……! 私がなぜS級なのか、その目に焼き付けて死ぬがいい! 見よ、これが金の力だ!!」
炎上神ワイズの加護を受けた虚飾の勇者が、ついにその禁断のユニークスキル【マネー】を起動させる。
俺は一切の動揺を見せず、脳内CADで奴のステータス構造の『解体準備』を静かに始めていた。
読んでいただきありがとうございます。
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