EP 3
【遭遇】すれ違うハリボテ。現場監督の『構造計算』
ルナミス・デパートでのドタバタな買い物(資材調達)を終えた俺たち『ホープ・クローバー』の四人は、両手いっぱいの荷物を抱えて王都のメインストリートを歩いていた。
「へへっ、タローマン製のプロ仕様鉄鎧、やっぱりしっくり来るッス! これで次の現場もバッチリ盾になれますよ!」
「トリス様、この箱いっぱいのドラゴンビーフ、今日の夕飯はすき焼きがいいですの! 卵をたっぷりつけて食べたいですの!」
「ねえトリス君、このお揃いのタローマンジャージ、帰ったらすぐ着替えて一緒に写真(魔導写し絵)撮ろうね♡」
安物の鉄鎧を抱えてニコニコしている勇者、食欲魔神のアイドル、そして俺の右腕に絡みつくヤンデレ姫。
相変わらず騒がしい連中だが、金貨五百枚(五千万円)という特大ボーナスを得て、クランの士気は最高潮に達している。
平和な午後だ。このままクランハウスに帰って、極上の飯を食って風呂に入れば、俺の完璧な休日の工程表は完了するはずだった。
「キャァァァァッ!! ゼロス様ぁぁっ!!」
「こっち向いてーっ! S級勇者様ぁっ!」
突如、大通りの前方に黒山の人だかりができ、鼓膜を劈くような黄色い大歓声が沸き起こった。
交通が完全に麻痺している。なんだ、神輿でも通るのか?
「うおおっ!? なんだなんだ、お祭りッスか!?」
野次馬根性丸出しのユートが、背伸びをして人だかりの向こう側を覗き込んだ。
「あっ! トリス、あれ見てください! さっきデパートのモニターに映ってた、S級勇者のゼロス・ディバインっスよ!」
ユートが指差す先。
王都の石畳を我が物顔で歩いてくるのは、眩いばかりの黄金の鎧に身を包み、風もないのにバサバサとなびくミスリルマントを羽織った、一人の男だった。
「やあ、可愛い子羊たち! 応援ありがとう、このゼロスの光で、君たちの明日も照らしてあげるよ!」
男――ゼロスが、カメラのフラッシュ……ではなく、宙を浮遊する『ゴッドチューブ撮影用・魔導カメラ』に向けて、キラリと白い歯を見せてウインクを放つ。
その瞬間、沿道の女性たちがバタバタと失神して倒れ込んでいく。
「すっげえ……! あれが本物の勇者……! 鎧も剣も、オーラが桁違いッス! 俺のタローマンとは大違いだ!」
純朴なユートが、目をキラキラと輝かせて感嘆の声を漏らしている。
田舎の農村から出てきたばかりの彼にとって、あの「これぞ勇者!」と言わんばかりのテンプレ装備は、どうしようもなく魅力的に映るのだろう。
だが。
俺は、タローマンジャージのポケットに手を突っ込んだまま、呆れ果てたような、冷めきった瞳であの男を観察していた。
一級建築士としての俺の目。そして、物事の裏側を見抜く『悪知恵S』のステータスと、相手の構造を丸裸にする『脳内CAD』が、ゼロスという男の『致命的な欠陥』を、コンマ一秒で弾き出していたのだ。
(……おいおい。マジかよ、あれ)
俺の視界には、ゼロスの骨格や装備の構造図が、半透明のワイヤーフレームとなって浮かび上がっていた。
(身長は185センチに見せているが、大腿骨と脛骨の比率が異常だ。足の関節の位置がおかしい。……靴の内部構造をスキャン。なるほど、中空構造の魔導具を仕込んでるな。実寸は162センチってところか。驚異の23センチ底上げ(違法増築)だ)
俺の目は、さらにゼロスの装備の細部へと向かう。
(風もないのになびくマントは、微風を自動発生させるだけの舞台装置。そしてあのピカピカの黄金鎧……厚みと重量のバランスがおかしい。表面に金箔とダイヤの薄いコーティングを施しているだけで、内部のショック吸収構造が皆無。あんなもので魔獣の打撃を受けたら、鎧は無事でも中身の人間がミンチになるぞ)
極めつけは、あの『眩しすぎる白い歯』と『姿勢』だ。
(歯は魔導ホワイトニングによる物理的なペイント。そして何より……歩く時の体幹がブレブレだ。肩甲骨の位置、筋肉の付き方、歩幅の重心移動。どれを取っても、日頃から鍛錬をしている人間のそれじゃない。レベル1の素人が、無理やり着ぐるみ(重装備)を着て歩いているだけだ)
俺はため息をつき、風に乗って微かに漂ってきた『匂い』に顔をしかめた。
(高級な魔導香水をこれでもかと振り撒いているが、その奥から、強烈な『ポポロシガーのヤニ臭』と『胃の荒れた口臭』が漂ってきやがる。……どう見ても、中身はスッカラカンの『見掛け倒しのハリボテ(欠陥住宅)』だな)
俺の脳内でのダメ出し(インスペクション)が完了したその時。
隣にいたキャルルが、ウサギ耳をペタンと伏せて、不快そうに鼻を鳴らした。
「……ねえ、トリス君。なんかあの男、生理的に無理なんだけど。匂いも嘘くさいし、歩き方もキモい。……あの顔面、安全靴で粉砕してきてもいい?」
「やめとけキャルル。公道での不法投棄(暴力)はギルド規約違反だ」
野生の勘を持つキャルルには、あの男から発せられる「嘘と虚飾の匂い」が直感的に分かっているらしい。
「ふぁぁ……。あんな金ピカの男、食べられませんの。私が没収したいのは、あんな男の資産じゃなくて、トリス様の心ですの!」
「リーザ、お前は今、右手に持ってるクレープを落とさないことだけを考えてろ」
俺たちがそんな会話をしていると、人だかりの中心で、ゼロスがふと立ち止まった。
彼は周囲をチラリと見回し、宙に浮くゴッドチューブのカメラの角度を確認する。
そして。
誰も見ていない(と思い込んでいる)死角で、懐から吸いかけのポポロシガーの吸い殻を取り出し、石畳の上に『ポイッ』と捨てた。
直後、カメラがゼロスの正面に回り込んだ瞬間。
ゼロスは「おや?」とわざとらしい声を上げ、自ら捨てたばかりの吸い殻を、爽やかな笑顔で拾い上げたのだ。
「誰だい、こんな美しい王都の道にゴミを捨てるのは? いけないなぁ……環境美化は、心の美化! 皆も、美しい心で生きようね!」
カメラに向かってウインクを放ち、吸い殻を懐のゴミ袋にしまうゼロス。
沿道の観衆からは「キャァァァッ! ゼロス様、なんて優しくて素晴らしいの!」「S級勇者なのに、ゴミ拾いまで!」と、割れんばかりの拍手と称賛が巻き起こる。
「…………」
「…………」
「…………」
俺とキャルル、そして口の周りにクレープの生クリームをつけたリーザの三人は、その一部始終を、文字通り『絶対零度のチベットスナギツネのような目』で見つめていた。
「……トリス。俺、なんか見ちゃいけないものを見た気がするッス」
純朴なユートですら、今のあまりにも露骨な『自作自演』には気づいたらしい。彼の目に宿っていた憧れの光が、スゥッと音を立てて消え去っていく。
「あいつ、自分で捨てて自分で拾ったよ……。何あの茶番。マジで首の骨折っていい?」
「気持ち悪いですの。クレープが不味くなりますの」
キャルルの殺意が臨界点を突破しそうになり、リーザが舌打ちをする。
「放っておけ。ああいう基礎工事を怠ったハリボテ(クソ物件)は、関わるだけ時間の無駄だ。見ろ、あんなのに熱狂してる連中も、自分の目で本質を見極められない素人ばかりだ」
俺は、歓声を上げる群衆と、それに手を振る虚飾の勇者を一瞥し、背を向けた。
「行くぞお前ら。あんな茶番に付き合うより、家に帰って夕飯のすき焼きを作る方が、百万倍有意義なプロジェクトだ」
「すき焼き!! 帰りますの! 光の速さで帰りますのぉぉっ!」
「トリス君のご飯ー! ユート君、早く早く!」
俺の一言で、ハリボテ勇者への興味を完全に喪失した三人が、荷物を抱えて早足で歩き出す。
(……だが、なぜあんな中身のない男が、S級勇者なんて肩書きで持て囃されている? ギルドの査定が節穴なのか、それとも……裏でデカい力が手を引いているのか)
俺の『悪知恵S』が、微かな嫌な予感を鳴らした。
天界での神々の会議、落ち込むPV率、そして突如として現れたゴッドチューブの申し子のようなハリボテ勇者。
点と点が、見えない線で繋がろうとしている。
(まあいい。俺の引いた図面(現場)に土足で踏み込んでこない限り、どうでもいいことだ)
俺は思考を打ち切り、騒がしい仲間たちの後を追った。
だが、この時の俺はまだ知らなかった。
俺の「放っておけば自重で倒壊する」という予測は正しかったが……その倒壊事故の巻き添え(炎上のターゲット)に、俺たち『ホープ・クローバー』が選ばれるという最悪の工程が、すでに天界の炎上神ワイズによって組まれていたということを。
読んでいただきありがとうございます。
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