EP 2
休日のルナミス・デパート。借金勇者の金銭感覚バグと、ヤンデレ姫の牽制
ルナミス帝国の王都の中心にそびえ立つ、巨大な複合商業施設――『ルナミス・デパート』。
かつて異世界転生者・佐藤太郎が地球の知識(100円ショップの概念)を応用して作り上げたこの施設は、魔法と最新技術が融合した富の象徴だ。魔導エスカレーターが静かに稼働し、空調魔法が常に快適な温度を保つ館内には、一流のブランドショップから高級レストランまでが軒を連ねている。
「うおおおお……! すっげえ……床が大理石でピカピカ光ってるッス……!」
今日、俺たち『ホープ・クローバー』の四人は、地竜討伐で得た特大ボーナス(金貨五百枚)を握りしめ、インフラ(装備)の拡充のためにこの場所を訪れていた。
純朴な農民出身のユートが、田舎者丸出しでキョロキョロと周囲を見回している。
「トリス! 俺、ついにあの『タローマンの鉄鎧(一万円)』を卒業して、本物のミスリル鎧を買うッスよ! 今の俺たちには、五千万円もあるんですから!」
意気揚々とデパート上層階の『高級武具専門店』に足を踏み入れたユート。
彼は店のショーウィンドウに飾られた、眩い銀色の輝きを放つミスリル製のフルプレートアーマーの前に立ち、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「お客様、お目が高い。そちらはドワーフの国宝級鍛冶師が打ち上げた一品。お値段は金貨四百枚(約四千万円)となっております」
上品な笑みを浮かべる店員。
だが、その『四千万円』という数字(ゼロの数)を聞いた瞬間だった。
「ひぃぃぃっ!? よ、よんせんまんえん!?」
ユートの顔から、スゥッと血の気が引いた。
かつてコタツ女神ルチアナに騙され、百万円の借金で『マグローザ漁船(ケツ拭きのK)』に売り飛ばされそうになった忌まわしいトラウマが、彼の脳内で激しくフラッシュバックしたのだ。
「む、無理無理無理! そんな高級な鎧、もしゴブリンの血で汚したり、少しでも傷つけちゃったりしたらどうするんスか!? ローンが返せなくて、また俺、一生漁船でタダ働きさせられるゥゥッ!!」
「いや、一括で買えるだけの予算はあると言ってるだろ」
「駄目ッス! 俺の貧弱なメンタルじゃ、四千万円を着て戦うなんて無理ッス!」
ユートは泡を吹いて高級武具店から脱兎のごとく逃げ出した。
結局、彼が泣きながら買ってきたのは、デパートの隅に出店していた大衆向け店舗『タローマン・王都デパート店』で売られていた、『タローマン製・プロ仕様鉄鎧(三万円・撥水加工付き)』だった。
「……お前、五千万円持ってて結局タローマンかよ」
「い、いいんス! 俺にはこれくらいの身の丈が一番落ち着くんで! 汚れてもガシガシ洗えるし!」
「まあ、タローマンの鉄は不純物が少なくて構造計算がしやすいからな。前回の地竜戦みたいに一撃で融解しないよう、俺が後で徹底的に魔力コーティング(メンテ)をしてやる」
相変わらず金銭感覚がバグったままである勇者のインフラ整備を終え、俺たちは次のフロアへと向かった。
▽ ▽ ▽
「トリス様ぁぁっ! ここ、天国ですのぉぉっ!」
デパートの地下食料品売り場(デパ地下)。
リーザが、試食コーナーの極厚ドラゴンビーフの串焼きや、高級フルーツを次々と口に放り込み、ハムスターのように頬袋をパンパンに膨らませていた。
「タダですの! こんなに美味しいお肉が、ゼロ円ですの! 私、今日からここに住みますの!」
「……やめろ、みみっちい。試食配ってるおばちゃんがドン引きして泣きそうになってるだろ。金ならあるんだから、箱ごと買え」
俺はため息をつきながら、リーザが食い散らかした試食の元商品(高級肉やメロン)を片っ端からカートに放り込み、レジに白金貨を叩きつける。
「釣りはいい。全部俺たちのクランハウスに配送(搬入)しておいてくれ」
「あ、ありがとうございますぅぅっ!」
「ほ、箱ごと!? トリス様、神ですの! 一生ついていきますのぉぉっ!」
リーザが歓喜の涙を流しながら、俺のタローマンジャージの裾で鼻水を拭こうとするのを、無言で顔面を押し返して回避する。
その直後、俺の右腕に、いつの間にかキャルルがぴったりと絡みついていた。
「もう、リーザちゃんもユート君も子供なんだから。……ね、トリス君。私たちは大人のショッピング(デート)、しよ?」
彼女は豊かな胸を俺の腕に押し当てながら、上目遣いで艶然と微笑みかけてくる。
「私ね、トリス君とお揃いの服が欲しいな。……トリス君の匂いが染み付いた、絶対に脱げない魔法の首輪とかないかな?」
「服屋にそんな呪いのアイテム(違法建築)は売ってない。離れろ、歩きにくい」
俺は物理的にパーソナルスペースを確保しようとするが、ヤンデレ月兎族の膂力は伊達ではなく、ビクともしない。
「いいじゃん、減るもんじゃないし。あ、そうだ! トリス君がいつも着てるそのタローマンジャージ、私も同じの買う! そしたら、周りの虫(女)たちも、私たちが特別な関係だって分かるでしょ?」
キャルルの背後に、どす黒い独占欲のオーラが見え隠れしている。
ここで下手に拒絶して現場の空気を悪くするのは、ディレクターとして下策だ。
「……勝手にしろ。ただし、現場(戦闘)で動きやすいように、伸縮性と通気性の高いプロモデル(五千円)にしておけよ」
「ふふっ、トリス君とお揃いなら何でもいいよ♡」
▽ ▽ ▽
ドタバタと騒がしい買い物を終え、両手いっぱいの荷物(資材)を抱えた俺たちは、デパートの屋上にあるオープンカフェで一息ついていた。
「はぁ〜、食った食った。ルナミス・バーガーの特大セット、最高ッスね!」
「私はこの『クイーンメロロンのパフェ』があれば、もう他の甘味には戻れませんの!」
平和な午後。俺もポポロ・コーヒーを啜りながら、眼下に広がる王都の街並みを眺めていた。
――その時だった。
デパートの向かいにある巨大な魔導モニター(ゴッドチューブ中継用)が、突如として特別番組に切り替わった。
『――緊急速報です! 東の開拓村を襲った凶悪な魔獣の群れを、あの今をときめくS級勇者、ゼロス・ディバイン様がたった一人で壊滅させました!』
アナウンサーの興奮した声と共に、モニターに一人の男が大写しになる。
黄金に輝く聖なる鎧、風もないのにはためくミスリルマント。そして、不自然なほど眩しく輝く白い歯。
『大丈夫かい、可哀想な羊たち! このゼロスが来たからにはもう安心だ!』
カメラに向かって爽やかにウインクを決めるその男の姿に、オープンカフェにいた若い女性客たちが「キャァァァッ! ゼロス様ぁっ!」と黄色い歓声を上げる。
「うおおおおっ! すっげえ! あれが本物のS級勇者ッスか! 鎧も剣もピッカピカで、めっちゃカッコいいッス!」
純朴なユートが、目を輝かせてモニターに見入っている。
「……ふぅん。まあまあイケメンですわね。でも、トリス様の足元にも及びませんの」
「なんか、あの男……見ててすっごくイライラする。蹴り飛ばしていい?」
リーザはパフェに夢中で、キャルルは野生の勘で即座に不快感を露わにしている。
一方、俺はコーヒーカップを持ったまま、無言でモニターの男を観察していた。
俺の『悪知恵S』のステータスと、一級建築士としての『脳内CAD(構造計算)』が、瞬時にあの男の『構造』をスキャンし、強烈な違和感を弾き出していたのだ。
(……関節の重心位置がおかしい。身長185センチに見せているが、膝下の長さが異常だ。あれは20センチ以上のシークレットブーツ(違法増築)を履いているな)
さらに、モニター越しに映る剣の振り方。
(……ド素人だ。全く腰が入っていない。あんな手打ちで魔獣の骨を断てば、反動で自分の手首が砕けるはずだ。だというのに、異常な威力だけが出ている。……それに、あの不自然な白い歯は魔法コーティングか? やけにポポロシガーの匂いを消すような強い香水の匂いまで画面越しに伝わってきそうだ)
画面の中で、ゼロスがわざとらしくポイ捨てされたゴミを拾い、「環境美化は心の美化!」と爽やかに笑う姿が映し出される。
俺は、タローマンジャージのポケットに手を突っ込み、鼻で笑った。
(……見事なまでの『見掛け倒しのハリボテ(欠陥住宅)』だな)
本物の勇者を泥臭く育てている現場監督の目は、あんな薄っぺらいメッキなど一瞬で見抜く。
だが、この時の俺はまだ知らなかった。
このチンケな虚飾の勇者が、天界の神々が引いたふざけた図面に乗って、俺たちの『現場』に首を突っ込んでくるということを。
読んでいただきありがとうございます。
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