第三章 虚飾の勇者と、一級建築士の『完全解体(ざまぁ)』工事
神界の憂鬱と炎上神。一方その頃、地上では完璧な『オフ』が進行中
雲海よりも遥か高み。神々が住まう天界の中心に位置する、セレスティア第一会議室。
大理石と黄金で彩られた荘厳な空間は今、重苦しく、そしてひどく世俗的な空気に包まれていた。
「……こほん。さて、今日の議題だが」
円卓の上座。主神にして世界神であるオリンが、頭頂部から神々しいまでの『後光(反射光)』を放ちながら、深々とため息をついた。
「最近、我々が管理するアナステシア世界のゴッドチューブにおけるPV(視聴)率が、全体的に落ち込んでいる。そのせいで、スポンサーである上位の神々からの突き上げが厳しくてだな……率直に言って、次期の予算が非常に苦しい」
「あー、ちょっとストップ」
オリンの深刻な報告を遮ったのは、指定ジャージに健康サンダルという極めてだらしない正装の女神・ルチアナだった。彼女は手元のエンジェルすまーとふぉんから顔を上げず、面倒くさそうに手をヒラヒラと振る。
「良いから、オリンさぁ。あんたのハゲが照明を反射して眩しいから、とりあえずそこのライト消してくんない?」
「わ、私は電球かね!? これでも主神なのだが!?」
オリンが顔を真っ赤にして立ち上がり、隣の席に同意を求めた。
「カグヤ君! 君からも何とか言ってくれ!」
しかし、ハイブランドのドレスに身を包んだ月の女神カグヤは、優雅に扇子を広げて口元を隠し、冷ややかな視線をオリンに向けた。
「オリン様。あまりジロジロとこちらを見ないで下さるかしら? ハラスメントって言葉、ご存知?」
「なっ……! か、顔を見ずに会議で話せと言うのかね!?」
オリンがパニックに陥って声を荒らげる。
すると、円卓の隅でずっとスマホのソシャゲをポチポチとタップしていたピンク色ジャージの見習い女神・リリスが、一切の感情の籠もっていない声で口を開いた。
「うわあああん。オリン様が怒った〜。怖いよお(棒)」
「……オリン様。声が大きいですわ。神界の規律が乱れます」
リリスの棒読みに便乗するように、天使長のヴァルキュリアが冷酷な目でオリンを射抜く。
主神でありながら、女性陣からの圧倒的な冷遇。オリンはガクリと膝から崩れ落ち、自身の胃の辺りを強く押さえた。
「うぅ……胃が……誰か胃薬をくれ……。頼みの調停者たちも、竜王デュークはラーメン作りに夢中だし、不死鳥フレアは子供の世話があるからと午前上がり……。狼王フェンリルはパチンコに入り浸り、極めつけに聖獣機神ガオガオンは社内不倫の泥沼で出社拒否だと……! 私の組織はどうなっているのだ……!」
ズズーッ。
胃痛に苦しむオリンの横で、場違いに軽薄な、液体をすする音が響いた。
マイタンブラーのカプチーノを飲み干し、最新型のノートPCをパタンと閉じて立ち上がったのは、最近神界に入ったばかりの新入りの男神――『炎上神』ワイズだった。
「さーせん。なんか時間の無駄なよーなんで、俺は抜けますわ。自分の仕事が有るんで」
「ひっ……」
ワイズが薄ら笑いを浮かべた瞬間。リリスが怯えたように肩を跳ねさせ、サッとヴァルキュリアの背後に隠れた。
「リリス、大丈夫よ。私が守るから」
温厚で礼儀正しいヴァルキュリアの瞳に、明確な殺意と嫌悪感が宿る。彼女はワイズを睨み据え、氷点下の声で言い放った。
「ワイズ。貴様の顔は不愉快だ。今すぐ消え失せろ」
「あらら〜。怖い怖い、嫌われてるみたいっすね。でーも〜」
ワイズは肩をすくめ、薄気味悪い三白眼を細めて神々を見下ろした。
「今、このアナステシア世界で一番『数字(PV)』を持ってるのは、俺っすよ? ヒヒッ」
その言葉に、ルチアナはスマホを握る手にギリッと力を込めた。
(……はぁ? 調子のんなよ、クソガキが。お前のやってることは『命の冒涜』だ。平和な村を裏で焼かせて、勇者に救わせるやらせマッチポンプ。あんなのただのスプラッター配信(炎上商法)だろ、犯罪野郎が)
ルチアナの胸の内で、自らが創り上げた世界をおもちゃにされる怒りが煮え滾る。
カグヤもまた、扇子の裏で静かに不快感を露わにしていた。
(……三流ですわ。物語を作る時は、神は人々を愛し、共に笑い、共に泣き、亡くなったら弔う。それが一流の神の仕事。貴方のような安物ざまぁなど、月の世界には一切必要ありませんわ)
『……仁義がないのう、ゴミカスが』
さらに、会議室の空中に展開されたリモート用モニター越し。天魔窟の奥深くに封印され、なぜか任侠ヤクザ事務所を構えている邪神デュアダロスが、アルマーニのスーツ姿で凄みを利かせる。
「ハハッ、負け犬の遠吠えっすね。では、失礼しますわ。せいぜい俺の仕事の邪魔をしないよう、頼んますわ」
ワイズは神々の敵意を嘲笑うように背を向け、悠然と会議室から立ち去っていった。
神々の思惑と、数字(PV)至上主義という現代の病魔が、アナステシア世界に黒い影を落とそうとしていた。
▽ ▽ ▽
――一方その頃。
天上界の胃が痛くなるようなブラック会議から遥か下、地上のルナミス帝国郊外。
小高い丘の上に建つ漆黒の要塞では、これ以上ないほど平和で多幸感に満ちた『最強のオフ』が進行していた。
「……よし。手すりの接合部、問題なし。今日も完璧な強度だ」
朝の光が差し込む廊下。タローマン製のジャージを着た俺――『ホープ・クローバー』の現場監督トリスは、日課である階段の手すりの安全点検を終え、満足げに頷いていた。
神々が空の上でどんなクソみたいな会議をしていようと、俺の知ったことではない。俺の仕事は、この現場の安全と、ポンコツな職人たちの生活インフラを守ることだ。
一階のリビングからは、すでに食欲をそそる暴力的な匂いが漂っている。
「うおおおおっ! 朝から『肉椎茸の厚切りステーキ』に『米麦草の炊き立てご飯』! それに『ずっ友ロコシのポタージュスープ』だとぉぉっ!?」
「最高ですの! お口の中が金貨で埋め尽くされるような贅沢ですのぉぉっ!」
テーブルでは、勇者ユートと極貧アイドル・リーザが、俺が作った朝食を前に感涙を流しながら拝んでいた。
前回の暴走地竜討伐クエストで得た、金貨五百枚(約五千万円)という特大ボーナス。おかげで我がクランのエンゲル係数は天元突破し、毎日が高級ホテルのビュッフェ状態である。
「ほら、さっさと食え。冷めるだろ」
俺がコーヒーカップを片手に席につくと、隣に座っていたヤンデレ月兎族のキャルルが、長いウサギ耳をパタパタと揺らしながら俺の腕にギュッと抱きついてきた。
「んふふ♡ トリス君の作ったご飯、すっごく美味しい。ねえトリス君、今日はお休みでしょ? お金もいっぱいあるし、王都のデパートにデートに行こ?」
「デートじゃなくて『資材調達(買い出し)』だ。お前らの装備も新調してやるから、準備しろ」
「やったぁ! じゃあ私、トリス君とお揃いの服買う!」
「ずるいですの! 私もトリス様とお揃いのタローマンジャージを着ますの!」
「俺はタローマンの鉄鎧(一万円)を卒業して、本物のミスリル鎧を買うッス!」
朝からバカ騒ぎを繰り広げる仲間たちを見ながら、俺は呆れたように息を吐き、しかしその口角は自然と上がっていた。
ここは俺が設計し、俺が建てた『絶対安全な居場所』だ。
誰の横槍も入れさせない。
神が引いたふざけた図面など、俺が全部、完璧な導線でリフォームしてやる。
「よし、全員食ったら王都に出発するぞ! 遅れた奴は今日の夕飯、ゲロオムレツ(ルナミス帝国軍3型糧食)だからな!」
「「「ヒィィッ! 急ぎます(の)!!」」」
世界で一番騒がしくて、世界で一番ホワイトな俺たちクランの休日が、今、賑やかに幕を開けた。
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