EP 10
最高の夕食。俺たちの居場所と、神々の覗き見
ジュワァァァァァッ……!!
クランハウスの広々としたシステムキッチンに、極上の脂が焼ける暴力的な音が響き渡る。
分厚い鉄板の上で踊っているのは、王都の市場で仕入れた最高級食材『ドラゴン・ビーフ』の特厚ステーキ肉だ。赤身とサシの完璧なバランス、熱を加えることで溢れ出す芳醇な香りが、換気扇の魔導具をフル稼働させてもなおリビングへと漏れ出していく。
「……よし。表面温度、メイラード反応の進行度、完璧だ。火から下ろして肉汁を閉じ込める」
俺はトングを鮮やかに操り、絶妙なミディアム・レアに焼き上がったステーキを、温めておいた大皿へと移した。
付け合わせには、ポポロ村でいただいた『肉椎茸』のガーリックソテーと、絶対に精神汚染の心配がない『安全処理済み・ずっ友ロコシ』のポタージュスープ。
そしてデザートには、フェロモンを完全に抜き取った『クイーンメロロン』をふんだんに使った特製フルーツタルトだ。
「お前ら、配膳(搬入)の手伝いをしろ。本日の特大ボーナス・フルコースの完成だ」
俺の声に、リビングのテーブルでフォークとナイフを握りしめ、獲物を待つ雛鳥のように口を開けていた三人が、弾かれたように立ち上がった。
「キタァァァァッ! お肉! お肉ですのぉぉっ!」
「すっげえ匂い……! 太陽芋の塩茹でがご馳走だった俺の人生が、今日、根底から覆るッ!」
「トリス君のエプロン姿、最高に尊い……ご飯の前に一回ハグしていい?」
「駄目だ。早く運べ、冷めるだろ」
騒がしい不良建材たちと共に、テーブルへ料理を並べていく。
並べ終えた瞬間、三人の瞳がキラキラと、いや、ギラギラと輝きを放った。
「よし、本日の現場の無事と、俺たちの初の大戦果に。……いただきます」
「「「いただきます(の)!!」」」
俺の号令と共に、三人が一斉にステーキに喰らいついた。
「んんんんんんんッ!?」
ユートが、目を見開き、天を仰いだ。
「と、溶ける……!? 肉なのに、噛まなくても口の中で旨味が爆発して消えていく! なんだこれ!? これ本当に俺が食っていいヤツなんですか!? バチが当たって明日死んだりしませんか!?」
「落ち着け。高い金を出して買った正規のインフラだ。死にはしないから味わって食え」
「あはぁぁぁ……幸せですのぉ……。お口の中が、金貨のプールみたいですの……。このずっ友ロコシのスープも、信じられないくらい甘くて濃厚ですの! トリス様、私、このスープと一生ずっ友でいたいですの!」
「だから精神汚染は抜いてあると言ってるだろ」
「ふふっ、美味しい。でも、トリス君が隣で食べてくれてるから、もっと美味しいんだよ? あーん」
「俺は自分の手で食う。お前も自分のフォークを使え」
涙を流しながら肉を頬張るユート、スープの鍋ごと舐め回そうとするリーザ、隙あらばパーソナルスペースを詰めてこようとするキャルル。
相変わらずカオスな食卓だが、俺は自分の分のステーキを切り分けながら、ふと、自然と笑みがこぼれている自分に気がついた。
(……悪くない)
前世の俺は、休日も一人でコンビニ弁当をつつくだけの、味気ない生活を送っていた。
だが今は、俺が設計し、俺が建てた『家』の中で、俺が作った飯を美味い美味いと騒ぎながら食ってくれる仲間がいる。
彼らは俺を『最強』だと持ち上げるが、俺自身はただの現場監督(裏方)だ。
最前線で剣を振るう勇者がいて、場を盛り上げるアイドル(リーザ)がいて、絶対的な遊撃手がいる。俺はただ、彼らが最高のパフォーマンスを発揮できるように、足場を作り、飯を食わせ、風呂を沸かしているだけ。
でも、それがいい。
この騒がしい日常が完璧に機能し続けることこそが、俺にとっての最高の報酬なのだから。
「ぷはぁーっ! 食った! もう一ミリも胃袋に入らねえ!」
「クイーンメロロンのタルト、最高でしたの……! 私、もうタローマンのパンの耳には戻れませんの!」
「ごちそうさま。……ねえトリス君、お腹いっぱいになったし、次は……お風呂、いこっか?」
キャルルが艶然と微笑みながら俺の手を引こうとするが、俺は冷たくあしらって立ち上がった。
「俺は後片付けがある。お前らから先に入ってこい。……今日買ったばかりの『特大・魔導給湯バスタブ』だ。たっぷりお湯を張ってあるから、地竜戦で溜まった疲労(金属疲労)を、芯から抜いてこい」
「お風呂!! やったぁぁっ! 広いお風呂、ずっと憧れてたんですの!」
リーザとキャルルが歓声を上げて脱衣所へと消え、ユートも「俺も男湯一番乗りッス!」と駆け出していった。
しばらくして。
リビングで一人、食後のポポロ・コーヒーをブラックで楽しんでいると、廊下の奥から「ひゃあっ!」「リーザちゃん、お湯かけないでよー!」という楽しげな声が響いてきた。
俺は分厚い家計簿(帳簿)を開き、今日の莫大な報酬額をペンで書き込んだ。
当面の生活費、魔導具の維持費、それに武器の修理費などを差し引いても、まだまだ十分すぎるほどの余剰資金がある。
「よし。これで当分は、クランの倒産の心配はないな」
俺は深く背もたれに寄りかかり、目を閉じた。
平和だ。
だが、俺の『悪知恵S』の思考回路は、この世界がそう簡単に平和を享受させてくれるほど、甘い構造をしていないことを知っている。
俺たちが目立てば目立つほど、新たなクレーマーや、理不尽な災害が必ず舞い込んでくる。
それが、社会というものの摂理だ。
「……まぁ、いいさ。どんな理不尽な案件(クソ物件)が来ようと、俺とこいつらなら、全部まとめて綺麗にリノベーションしてやる」
俺はコーヒーカップを置き、静かに笑った。
ここは、俺たちの居場所。
誰にも、この温かい日常を壊させはしない。
▽ ▽ ▽
――その頃。
俺たちの住む地上から遥か彼方、雲海の上に浮かぶ天界。
神々が地上の動向を監視する『大管理室』の中央で、一人の女神が冷や汗を流しながら、大理石の床に綺麗な正座をさせられていた。
「ひぐっ……あ、足が痺れて……」
「動くな、ルチアナ。まだ説教は終わっていないぞ」
ジャージ姿の駄女神ルチアナを見下ろしているのは、純白の鎧に身を包み、六枚の光の翼を持つ荘厳な女神――天界の秩序を司る天使長、ヴァルキュリアだった。
ヴァルキュリアの視線の先には、空中に投影された巨大な『ゴッドチューブ(天界監視モニター)』の映像がある。
そこに映し出されているのは、数時間前にポポロ村で繰り広げられた、俺たち『ホープ・クローバー』による暴走地竜の討伐戦の録画映像だった。
「……信じられん。Eランクの人間どもが、特異個体である暴走地竜を無傷で討伐しただと? しかも、この映像に映っている『壁』や『拘束具』……これは、既存の魔法体系ではない」
ヴァルキュリアが、映像を一時停止し、俺が錬成した防弾ガラスや鉄筋コンクリートの壁をアップにした。
「魔力で物質を生み出すことはできる。しかし、この物質には、神々が定めたアナステシア世界の『物理エンジン』を無視した、異常なほどの『強度計算』が組み込まれている。……ルチアナ。この黒い服の少年は、誰だ?」
「ひぃッ! わ、知りません! 私はただ、適当に魂を拾って、『土方スキル(建築工房)』を与えてポイッと転生させただけで……! まさか、あんな物理法則をぶっ壊すような戦い方をするなんて、思ってもみませんでしたぁぁっ!」
ルチアナが泣きべそをかきながら弁明するが、ヴァルキュリアの鋭い眼光はモニターから離れない。
「ユートという名の少年の【ブレイブ】も異常だ。隠し条件である『計算なき自己犠牲』を満たし、さらに民衆の圧倒的な支持をあの密閉空間で意図的に集めることで、システムの上限を突破している。……全ては、この『トリス』という少年の計算によるものか」
ヴァルキュリアは、モニターに映る俺の姿を、興味深く、そして警戒を込めて見つめた。
「神々の設計図を無視し、自らの手で世界を構築しようとする『現場監督』か。……面白い。だが、世界の秩序を司る者として、これほどのイレギュラーを放置しておくわけにはいかないな」
ヴァルキュリアの唇の端が、微かに吊り上がった。
「次の『試練』は、少し難易度を上げてやるとしよう。果たして彼らが、神の引いた図面をも書き換えることができるのか……見物だな」
天界の神々すらも注目し始めた、規格外のクラン『ホープ・クローバー』。
最強の現場監督と愉快な不良建材たちの、さらなる激動の施工ライフが、今、静かに幕を開けようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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