EP 7
俺の仕事はここまでだ。決めろ、勇者!
防弾ガラスの向こう側から響き渡る、百人の村人たちの割れんばかりの大歓声。
恐怖のどん底から救い出された民衆の『純度百パーセントの応援』を全身に浴びて、勇者ユートのユニークスキル【ブレイブ】が、かつてないほどの最大出力を叩き出していた。
「うおおおおおおおおっ!! 力が……無限に湧いてくるッ!!」
ユートの全身から噴き出す黄金色のオーラが、特設ライブドーム全体を昼間のように照らし出す。
彼が両手で構えたタローマン製の安い鉄剣には、一億ボルトを超える紫電がバチバチと絡みつき、周囲の空気をプラズマ化させていた。
「いけぇぇぇっ! ユート!」
「あんなトカゲ、一刀両断ですのぉぉっ!」
特注安全靴の踵を鳴らすキャルルと、マイクを握りしめたリーザが声援を送る。
役者は揃った。観客のボルテージも最高潮。あとは、アタッカーであるユートが、拘束されて動けない暴走地竜の脳天に、その極大の雷撃を叩き込むだけだ。
――だが。
現場監督である俺の『脳内CAD』は、視界の端でチカチカと不吉な赤色のアラートを点滅させていた。
『ギ、ギィィィィィィィィッ……!!』
死の淵に追い詰められた暴走地竜が、生物としての生存本能を暴走させたのだ。
奴は、剥がれ落ちた魔力コーティングの残滓と、周囲の大地から強制的に吸い上げた土属性の魔力を、自らの頭部の周囲に超高密度で圧縮し始めた。
瞬く間に形成されたのは、ダイヤモンドにも匹敵する硬度を持った、漆黒の『絶対防御球殻』。
物理攻撃も魔法攻撃も全て弾き返す、地竜の最後の砦だ。
(……マズいな。あの球殻の硬度は、タローマンの鉄剣の限界応力を遥かに超えている)
俺はコントロールブースのモニター(魔力視)で、瞬時に構造計算を弾き出した。
いくらユートの【ブレイブ】でステータスが神の領域に達していようと、武器の材質そのものが変化するわけではない。
あんな超硬度の装甲に全力の雷撃を叩き込めば、鉄剣はインパクトの瞬間に粉々に砕け散り、ユート自身が凄まじい反発エネルギー(バックラッシュ)を浴びて自滅する。
いわば、素人が鉄筋コンクリートの耐力壁に、素手でハンマーを叩きつけるようなものだ。
「ユート! まだだ、待て!」
「えっ!? で、でも、もう力が抑えきれねえッス!!」
ユートの剣に圧縮された雷のエネルギーは限界に達し、今にも暴発しそうになっていた。
時間はない。
だが、ここで俺が前に出て、地竜を俺の魔法で直接仕留めてしまえばどうなる?
村人たちの歓声は「見知らぬ黒服の少年」に向けられ、ユートの勇者としての晴れ舞台は台無しになる。
それでは、俺が彼らを『プロデュース』した意味がない。
(……俺はあくまで現場監督だ。おいしい所は、職人たちに譲るのが、一流の裏回しってもんだろ)
俺はコントロールブースの窓を開け放ち、ファエル爺さんから貰った漆黒の『業物の弓』を引き絞った。
「俺の仕事は、お前が剣を振るうための『足場』を整えることだ」
弓の弦に、俺の百馬力の闘気と、限界まで圧縮した『氷』と『風』の魔力を番える。
狙うのは、地竜の命ではない。奴が展開した絶対防御球殻の、魔力流動が最も交差する『構造的弱点』だ。
「おいユート! 俺が今から、あいつの硬い皮を『解体』する! 道が開いた瞬間に、お前の全力を叩き込め!」
「! ……了解ッス、現場監督!!」
ユートが、俺の言葉を百パーセント信じ、地竜に向けて深く踏み込んだ。
俺は、弓の弦から静かに指を離す。
「装甲解体。――『ピアシング・エンド』!!」
ヒュンッ!!
放たれた不可視の矢が、音を置き去りにして空間を切り裂いた。
矢は、地竜の脳天に命中するのではなく――奴を覆っていた絶対防御球殻の『一点』に、寸分の狂いもなく吸い込まれた。
その瞬間、極低温の氷魔法が球殻の一部を急速冷凍(熱収縮)させ、直後に風魔法の振動が、凍結したポイントを起点に『共鳴破壊』を引き起こす。
ピキッ……パリンッ!!
ダイヤモンドの硬度を誇ったはずの漆黒の防御球殻が、まるで薄いガラス細工のように、いとも容易く粉々に砕け散った。
『ガ……!? ギァァァァッ!?』
己の絶対の防御を理不尽な力学で解体され、完全に無防備となった地竜の脳天が、ユートの目の前に晒される。
「障害物は排除した! 決めろ、勇者ァァッ!!」
俺の合図と共に、ユートが大地を蹴り爆発的な速度で宙を舞った。
彼の背中には、村人たちの祈り、リーザの歌声、キャルルの献身、そして俺の完璧なインフラ整備が後押し(バフ)として乗っている。
「これが、俺たち『ホープ・クローバー』の力だァァァッ!!」
ユートが、バチバチと紫電を放つ鉄の剣を、大上段から振り下ろす。
「『ライトニング・ブレイク』――MAXォォォォォッ!!」
ズガガガガガガガガガガァァァァァァァァンッ!!!!
一億ボルトを超える極大の雷撃が、地竜の脳天から尾の先までを完全に貫通した。
凄まじい閃光が特設ドームを満たし、落雷の轟音が全てを真っ白に染め上げる。
強固な骨格も、魔力で強化された筋肉も、勇者の放った限界突破の一撃の前に、文字通り『細胞レベルで消し炭』へと変わっていく。
『……………………ッ』
断末魔の叫びすら上げる暇もなく。
ポポロ村を滅亡の危機に陥れた規格外の災害――暴走地竜は、四散する光の粒子と膨大な量の魔石、そして最高級の建材となる強固な骨格だけを残して、この世界から完全に『解体』されたのだった。
▽ ▽ ▽
パラパラと、空から光の粒子が雪のように降り注ぐ。
静寂に包まれた特設ドームの中心で、ユートは黒焦げになったタローマン製の鉄剣を握りしめたまま、肩で荒い息をしていた。
「……お、俺……。やっ、たのか……?」
カラン、と。
限界を迎えた鉄剣の刀身が折れ、地面に落ちる音が響いた。
その直後。
「うおおおおおおおおおおおっ!!!」
「すげえええええっ! 勇者様だ! 本物の勇者様が、村を救ってくれたんだぁぁっ!」
「ありがとう! ありがとう、勇者様! リーザちゃん!」
防弾ガラスの向こう側から、ドームを揺るがすほどの地鳴りのような『大歓声』が爆発した。
村人たちが涙を流し、ガラスを叩き、自分たちの命を救い、巨大なバケモノを打ち倒した少年少女たちに向けて、ありったけの称賛と拍手を送っている。
「あ、あぁ……っ!」
ユートの目から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
借金に怯え、コタツ女神に騙され、マグローザ漁船の影に怯えていた気弱な農民の三男坊。
彼が今、正真正銘の『英雄』として、人々の熱狂の中心に立っている。
「やりましたの! 大勝利ですのぉぉっ!」
「ふふっ、ユート君にしては、なかなか良い蹴り(一撃)だったよ」
リーザが駆け寄ってユートに抱きつき、キャルルが優しく(彼女にしては)ユートの肩をポンと叩く。
ステージの上は、勝利の歓喜と感動の渦に包まれていた。
「……大団円、だな」
俺はコントロールブースの薄暗い影の中で、愛用の弓を魔法ポーチにしまいながら、静かに口角を上げた。
「あーあ。トリス君ったら、またあんな日陰に隠れてる」
いつの間にか、キャルルがブースの下まで歩み寄ってきて、ジト目で俺を見上げていた。
「トリス君が一番すごいのに。あのバリアを壊したのも、私を助けてくれたのも、この戦場を全部作ってくれたのも、トリス君じゃない。……どうして、いつも手柄をユート君たちに譲っちゃうの?」
不満げに頬を膨らませるヤンデレ姫に、俺はタローマンジャージの襟を正し、鼻で笑って答えた。
「勘違いするな、キャルル。俺は手柄を譲ってるんじゃない。……『現場監督』ってのは、職人たちが最高の仕事をして、客が喜ぶ姿を、特等席で眺めるのが一番の報酬なんだよ」
「…………もう」
俺の言葉に、キャルルは呆れたように息を吐き――そして、顔を真っ赤にして、花が綻ぶような極上の笑顔を見せた。
「そういう不器用でカッコいいところ、本当にズルいよ。……ますます、誰にも渡したくなくなっちゃう」
熱を帯びた瞳で見つめてくるキャルルの視線を「はいはい、パーソナルスペースには入るなよ」と適当に受け流しながら、俺はステージで泣きじゃくるユートと、落ちている魔石を光の速さで拾い集めるリーザを見つめた。
社会不適合の不良建材。
だが、適切に配置し、信頼という名のコンクリートで固めれば、神すら凌ぐ最強の城壁となる。
「さて、と。安全確認(討伐)は完了だ。……あとは、あの莫大な素材(資材)の回収と、クライアントからの報酬の受け取りだな」
俺たち『ホープ・クローバー』の慰安旅行(防衛戦)は、誰一人欠けることなく、大熱狂と圧倒的な勝利のうちに幕を閉じたのであった。
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