EP 6
決死のカバー。ヤンデレ姫の流星脚と、現場監督の絶対的空間支配
『グルォォォォォォォォォォォッ!!!』
暴走地竜の喉の奥で極限まで圧縮された超高熱の火炎ブレスが、ドーム内の空気を焼き焦がしながら、一直線にステージ上のリーザへと放たれた。
その射線を完全に塞ぐように立ちはだかったのは、ボロボロのタローマン製鉄盾を構えた勇者ユートだ。
「アイドルは……俺が守るッ!!」
ズドゴォォォォォォォンッ!!
巨大な火炎の奔流が、ユートの盾に激突する。
凄まじい熱量と衝撃波。本来なら、安い鉄の盾など一瞬でドロドロに融解し、その後ろにいる者ごと炭化させるほどの威力だ。
だが、ユートの盾は持ちこたえていた。防弾ガラスの向こう側から祈るように見つめる村人たちの『小さな応援』が、彼のユニークスキル【ブレイブ】を微かに駆動させ、盾の構造強度をギリギリのところで補強していたのだ。
「ぐ、ぐおおおおおっ!! 熱ちぃぃぃッ! でも、絶対に退かねえ!」
ユートの足がステージの床を削りながら後退するが、彼は一歩も射線を譲らない。
しかし――敵のブレスはあまりにも巨大(広範囲)すぎた。
ユートの盾で防ぎきれなかった火炎が放射状に散らばり、ステージ全体を包み込もうと牙を剥く。このままでは、後ろで歌い続けるリーザまで燃え尽きてしまう。
「チッ……! 広範囲(AoE)攻撃なんて聞いてないし!」
ステージの袖で待機していたキャルルが、舌打ちと共に動いた。
彼女は弾丸のような速度でユートの頭上を飛び越え、拡散しようとする火炎のド真ん中へと身を躍らせたのだ。
「トリス君の作った大事な現場を……燃やすなァァッ!」
空中でウサギ耳をなびかせながら、キャルルが特注安全靴の踵を高速で振り抜く。
「月影流――『乱れ流星脚』!!」
パパパパパパンッ!!
一秒間に数十発の蹴りが真空の刃を生み出し、迫り来る火炎ブレスを物理的な風圧で強引に相殺・散らしていく。
凄まじい脚力だ。本来なら実体のない炎を蹴り散らすなど不可能だが、彼女の圧倒的な身体能力がそれを強引に可能にしていた。
――だが、無傷というわけにはいかない。
火炎の中心部に自ら飛び込んだ代償として、耐熱仕様であるはずの安全靴のゴム底がドロドロに溶け、彼女の白く細い両足に深刻な火傷を負わせていた。
「くっ……ぁッ!」
ブレスを完全に散らし終えたキャルルが、着地の瞬間にバランスを崩し、ステージの床に膝をついた。激痛で顔が歪み、立ち上がることができない。機動力を完全に奪われた状態だ。
『ギシャァァァァァッ!!』
その隙を、暴走地竜が見逃すはずがなかった。
ブレスを凌がれたことに激昂した地竜は、残った三本の脚で大地を蹴り、巨大なトゲの生えた尻尾を、無防備なキャルルに向けて全力で薙ぎ払った。
質量数十トンの鉄球にも等しい、即死のフルスイング。
「キャルルッ!!」
「キャルル様ぁっ!」
ユートとリーザが悲鳴を上げる。
キャルル自身も、迫り来る巨大な尻尾の影に死を悟り、ギュッと目を閉じた。
――しかし。
俺が現場監督として盤面を支配している限り、誰一人として欠けさせる(労働災害を起こす)つもりは毛頭ない。
「……だから言ったろ。俺がお前たちの『足場』だってな」
コントロールブースから戦況を俯瞰していた俺は、寸分の狂いもないタイミングで【建築工房】を起動した。
ガガガガガッ!!
キャルルと地竜の尻尾の間に、分厚いコンクリートと鉄筋で構成された『壁』が、地面から三枚連続で突き出した。
ただの壁ではない。一枚目は柔らかい土壁、二枚目は中空構造のブロック塀、三枚目が極厚の鉄筋コンクリート。前世の自動車工学で用いられる『クラッシャブルゾーン(衝撃吸収構造)』を建築に応用した、対・質量兵器用の多段式防導壁だ。
ドゴォォォンッ! バシャァァンッ!!
地竜の尻尾が、一枚目、二枚目の壁を粉砕する。
しかし、その過程で運動エネルギーは劇的に殺され、三枚目の鉄筋コンクリート壁の表面を数センチ砕いたところで、完全にその勢いを停止した。
「えっ……?」
目を開けたキャルルが、目の前にそびえ立つ頑強な壁を見て呆然とする。
さらにその直後。
ポーン、と放物線を描いて飛んできたガラスの小瓶が、キャルルの胸元にスッポリと収まった。
「飲め。特上ポーション(補修材)だ」
俺の冷静な声が、インカム越しにキャルルの耳に届いた。
尻尾の軌道を計算して壁を錬成しつつ、同時に回復薬を投擲する。文字通り『現場の全てを支配する』俺の絶対的な空間把握能力の賜物だ。
「トリス、くん……」
キャルルは震える手でポーションの蓋を開け、一気に飲み干した。
シュゥゥゥッという音と共に、両足の酷い火傷が一瞬にして癒え、元の白い肌を取り戻していく。
立ち上がったキャルルが、コントロールブースにいる俺を見上げた。
その瞳に宿っていたのは、これまでの「面白そうな玩具を見つけた」というようなヤンデレ特有の独占欲ではない。
絶対に仲間を見捨てず、どんな理不尽からも完璧なインフラで守り抜く俺の背中に対する、深く、重く、そして純粋な『絶対の信頼(愛情)』だった。
「……あはっ。トリス君って、本当にズルい。こんなの、一生離れられなくなっちゃうじゃない」
キャルルが、頬を赤く染めて嬉しそうに笑う。
足の負傷が完治し、機動力を取り戻した彼女が、再び特注安全靴の踵を鳴らした。
「さあ、害虫駆除の続き(残業)を始めようか!」
キャルルのカバーが完了したことを確認し、俺はニヤリと口角を上げた。
「よし、全員無事だな。……地竜の意識が完全にこっちに向いている。リーザ!」
「はいですの! あんなトカゲの全財産、一円残らず吸い尽くしてやりますのぉぉっ!」
リーザが再びマイクを握りしめ、特大のボリュームで『インフル・バスター』のサビを熱唱し始める。
キャルルに気を取られていた地竜は、再び背後のお賽銭箱型掃除機(貧乏神)の強烈な吸引力に晒され、残っていた魔力コーティングをボロボロと剥がされていく。
『ギ、ギュルルルルッ……!?』
魔力を奪われ、片脚を失い、さらにブレスを無効化された暴走地竜。
圧倒的な力を持っていたはずの規格外モンスターが、俺たちの完璧な連携の前に、明確な焦りと恐怖を見せ始めた。
「逃がすかよ。……『絶対的空間支配』!!」
俺は両手を再び地面に叩きつけた。
逃走を図ろうとした地竜の足元の地面が液状化し、巨大なアリジゴクの巣のように陥没する。
ズブズブと膝まで沈み込んだ地竜の脚に絡みつくように、地下から無数の『鉄骨の杭』が飛び出し、奴の巨体を大地にガッチリと縫い付けた。
『グガァァァァァァァッ!!』
地竜がもがくが、俺の百馬力の魔力で錬成された鉄の拘束具は、デバフで弱体化した奴の筋力では絶対に引きちぎれない。
動力を奪い、装甲を剥がし、動きを完全に封じ込める。
これが、一級建築士トリスが誇る『現場の完全制圧』だ。
「……俺の仕事(前段取り)は、ここまでだ」
俺は立ち上がり、ステージの最前列で息を切らしているユートに向けて、インカム越しに最大の指示を飛ばした。
「ユート!!」
俺の声に、ユートがビクッと顔を上げる。
「見ろ。お前の目の前にいるのは、ただのデカくて動けない的だ。俺たちが最高の足場を作った。あとはお前の仕事だ!」
ユートが、ハッとして防弾ガラスの向こう側を振り返った。
そこには、地竜の猛攻を凌ぎ切り、反撃に転じた俺たちの姿を見て、熱狂の渦に包まれているポポロ村の村人たちの姿があった。
「すげえ! あんな巨大なバケモノを、完全に圧倒してる!」
「勇者様! トドメを刺してくれえええっ!」
「リーザちゃんも最高! お兄ちゃんたち、頑張れえええっ!」
割れんばかりの歓声。
恐怖から解放された民衆からの、純度百パーセントの『熱狂的な支持(応援)』。
「――キタキタキタァッ! 俺の、俺たちの時代がキタァァァァッ!!」
ユートの身体の内側から、先ほどの防御時とは比較にならない、圧倒的な黄金色のオーラが爆発的に噴き出した。
ユニークスキル【ブレイブ】が、村人たちの歓声を燃料にして、ついに最大出力へと到達したのだ。
「いけぇ、ユート!」
「勇者様の力、見せてやりますの!」
キャルルとリーザの声援を背に受け、ユートがタローマン製の鉄剣を天高く掲げた。
刀身にバチバチと紫電が走り、周囲の空気が雷鳴と共に震え出す。
現場監督の完璧なインフラ整備によって整えられた、最高の晴れ舞台。
俺たち『ホープ・クローバー』の反撃の狼煙が、いよいよ最高潮の雷撃と共に放たれようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




