EP 3
汚職の温床『ずっ友ロコシ』と、現場を荒らすクレーマー(ベテラン冒険者)
クイーンメロロンの強制収穫と、魅了された農家のオッサンたちの救出作業を終えた俺たちは、息をつく暇もなく次の現場へと移動していた。
ポポロ村の奥地にある、厳重な鉄柵で囲まれた特別農区。
そこに群生しているのは、黄金色に輝く立派なトウモロコシ――『ずっ友ロコシ』だ。
「うわぁ……すっごく甘くていい匂いがしますの。一口かじってもいいですか?」
「絶対に駄目だ、リーザ。それはただのトウモロコシじゃない。精神を汚染する『呪いのアイテム』に近い」
ヨダレを垂らすリーザの頭を押さえつけながら、俺は分厚いゴム手袋をはめた。
「ずっ友ロコシは、信じられないほど美味い上に、半分に折って相手と分け合って食べると、これまでの関係性を全てすっ飛ばして『ズブズブの親友(ずっ友)』になってしまうという極悪な洗脳作用がある」
「えっ、親友になれるなら、いい野菜じゃないですか?」
ユートが不思議そうに首を傾げる。純朴な農民である彼には、人間のドロドロとした社会構造が分かっていないらしい。
「裏社会や政治の世界では、最悪の『汚職の温床』なんだよ。賄賂代わりにこれを裏で分け合った貴族や役人は、ズブズブの癒着関係になる。そして、後で不正が発覚して議会で追及された時、奴らは決まってこう言うんだ」
俺は前世のニュースで嫌というほど聞いた、政治家のテンプレ答弁を真似てみせた。
「『身に覚えがございません』『記憶にございません』『事実無根であります』『面識はございますが、あくまで一般的な付き合いであり、深い関係ではございません』『事務所(秘書)に確認させたところ、事務的なミスが判明いたしました』――と、どんどん往生際が悪くなり、後日、謎の体調不良が発覚してしばらく病院(VIPルーム)に入院する。ずっ友ロコシの流通の裏には、必ずこの泥沼の汚職劇があるんだ」
「うわぁ……大人の世界って、真っ黒ですね……」
「トリス君って、時々すごく悪い顔するよね。好きだけど」
ドン引きするユートと、ウサギ耳を揺らして笑うキャルル。
俺は肩をすくめ、用意しておいた『塩水』の入ったスプレーボトルを取り出した。
「だから、収穫には細心の注意が必要だ。万が一、作業中に折れて俺たちがズブズブの関係になるのを防ぐため、事前にこの『塩』をぶっかける」
俺はずっ友ロコシの畑全体に、たっぷりと塩水を噴霧した。
「ずっ友の洗脳作用は、塩をかけることで強制解除され、相手に対する態度が冷酷な『塩対応』に切り替わるという仕様がある。これで収穫中の事故は防げる。よし、お前ら! 折らないように根元から慎重に刈り取れ!」
「了解ッス!」
「お塩のトウモロコシ……それも美味しそうですの!」
俺の完璧な工程管理により、ずっ友ロコシの収穫作業は極めてスムーズに進んでいった。
精神汚染の危険さえ排除してしまえば、ただの農作業だ。農家出身のユートの手際が良く、キャルルが素早い動きで箱詰めし、リーザが落ちた粒を拾い集める(つまみ食いする)。
全てが順調に進み、ノルマの八割方を箱に詰め終えた、その時だった。
「――おいおい。Eランクのガキどもが、随分と危ねえオモチャで遊んでるじゃねえか」
突然、畑の入り口から下品な笑い声が響いた。
振り返ると、そこに立っていたのは、いかにも歴戦の冒険者といった風体の、六人の男たちだった。
ミスリル製の鎧や、魔法の杖で武装している。胸元に光るギルド証は、中堅以上の実力を示す『Cランク』の証だ。
「お疲れさん、ひよっこ共。ポポロ村のメロロンが暴走してるって聞いて、俺たち『赤き牙』が王都からわざわざ鎮圧に来てやったんだが……どうやらお前らが勝手に『雑用』を済ませちまったみたいだな」
リーダー格の剣士が、俺たちが箱詰めしたクイーンメロロンとずっ友ロコシの山を見て、いやらしく舌なめずりをした。
「CランクのクエストをEランクのガキが勝手にやるとは、ギルドの規律違反だぜ? だが、俺たちは優しいから見逃してやる。その危険な野菜は、俺たちが『没収』してギルドに届けてやるから、さっさと置いて消えな」
要するに、面倒な収穫作業を俺たちにやらせておいて、成果と報酬だけを横取りしようという『クレーマー(現場荒らし)』だった。
どこの世界にも、こういう下請けの成果を搾取しようとする腐った元請けもどきはいるものだ。
「おい、冗談じゃねえぞ! これは俺たちが汗水流して収穫した――」
「ユート。下がるんだの。……トリス君、こいつら、足の骨を全部粉砕していい? ついでに顎も砕いとく?」
ユートが抗議しようとするのを遮り、キャルルが一瞬で臨界点に達した。
彼女の特注安全靴のつま先が、地を蹴るために微かに沈み込む。ヤンデレ月兎族の殺意が、Cランク冒険者たちに向けられた。
相手の男たちは「ウサギの獣人が粋がるなよ」と鼻で笑っているが、こいつらが本気を出せば、キャルルの一撃(一万ジュール)で間違いなく全員が物理的にスクラップにされる。
――だが、俺はスッと右手を上げ、キャルルの行動を制止した。
「駄目だ、キャルル。足の骨も顎も砕くな」
「えっ、なんで? こんな奴ら、ミンチにしちゃえば――」
「俺たちはプロの冒険者だ。ギルドの規律上、同業者への『先制攻撃(暴力)』は重大な契約違反になる。せっかく稼いだ報酬を違約金で持っていかれたり、営業停止(ライセンス剥奪)を食らうのは、コスト計算に合わない」
俺はタローマンジャージのポケットに手を突っ込んだまま、呆然とする男たちに向かって、これ以上ないほど愛想の良い『営業スマイル』を浮かべた。
「先輩方の仰る通りです。Eランクの我々には、この荷は少し重すぎました。成果は全て『赤き牙』の皆様にお譲りいたします」
「ト、トリス!? 何言ってんだよ!」
「トリス様! 私の五百円玉がぁぁっ!」
抗議するユートとリーザを背中で黙らせ、俺は深く一礼した。
「はっはっは! 分かればいいんだよ、素直なガキは嫌いじゃねえぜ!」
「最初からそうやって頭を下げてりゃいいんだよ!」
俺の態度を見て、男たちは完全に油断し、下品な笑い声を上げて畑へと入ってきた。
だが、彼らは気づいていない。
俺の『悪知恵S』のステータスが、すでに彼らを社会的に、そして精神的に完全解体するための『設計図』を完成させていることに。
(……前世の俺なら、理不尽な元請けに歯を食いしばって耐えるしかなかった。だが、今の俺には『力』がある。暴力じゃない。相手の構造的弱点を根底からへし折る、最凶の合法トラップがな)
「あ、そうだ先輩方。王都からの長旅、さぞお疲れでしょう。成果をお渡しする前に、我々から『ささやかな慰労の品』を受け取っていただけませんか?」
俺は腰の魔法ポーチから、木製のボウルを取り出した。
中に入っているのは、俺がポポロ村の畑の隅でこっそりと収穫しておいた、新鮮な『レタス』の葉をふんだんに使った特製サラダだ。
「なんだこりゃ? 草か?」
「ええ。ポポロ村特産の、非常にシャキシャキとした瑞々しいレタスです。マヨ・ハーブと醤油草のドレッシングで和えてあります。どうぞ、皆様で召し上がってください」
毒見をするように警戒していた男たちだったが、俺が自分で一枚食べて見せると、安心したのかボウルに手を伸ばした。
「ほう、なかなか美味そうな匂いじゃねえか」
「ま、ガキの奢りだ。遠慮なくいただくとしようぜ!」
六人の男たちが、一斉にレタスを口に運び、シャキッ、と音を立てて咀嚼した。
――その瞬間だった。
男たちの動きが、まるで時が止まったかのようにピタリと静止した。
「……あ?」
「……なんだ、これ……頭の中に……声が……」
彼らが食べたのは、ただのレタスではない。
アナステシア世界に存在する狂気の野菜。食べた者の脳内に直接、絶望の音声を響かせる凶悪な精神汚染兵器――『折れたス』である。
しかも俺が提供したのは、ただの『折れたス』ではない。
俺のポーチの中で厳選に厳選を重ねた、極悪非道な【最終面接お祈り種(激レア)】と【中途採用・お祈り種(ロメインレタス風)】を完璧な割合でブレンドした、精神破壊のフルコースだ。
『……大変甲乙つけがたい優秀な成績ではございましたが、採用枠の兼ね合いから、誠に遺憾ながら……』
『……これまでの輝かしいご経歴は大変魅力的ではございますが、現在弊社が求めているポジションの要件と、技術的なミスマッチが極めて僅かにございました……』
脳内に直接響き渡る、慇懃無礼で、それでいて一切の希望を打ち砕く『お祈りメール』の幻聴。
「あ……あぁ……」
「俺の……キャリアが……。いや、俺はまだやれる……俺の強みはコミュニケーション能力で……」
「ご縁が……ご縁が、ございませんでした……」
六人のCランク冒険者たちは、一滴の血も流すことなく、その場に膝から崩れ落ちた。
彼らの目は完全に光を失い、焦点の合わない虚無の瞳で宙を見つめている。自尊心を根底からえぐり取られ、冒険者としての闘気は霧散し、ただの抜け殻と化していた。
「な……なんだこれ……。い、一瞬で大人たちが、廃人みたいになっちゃった……」
「こ、怖いですの……! トリス様の笑顔が、魔王より怖いですの……!」
ドン引きして震えるユートとリーザ。
キャルルだけは「あははっ! トリス君、最高に性格悪くてカッコいい!」と手を叩いて喜んでいた。
「ギルドの規約に『野菜を奢ってはいけない』とは書いてないからな。完全な合法トラップ(コンプライアンス遵守)だ」
俺は虚無に包まれた男たちの横を通り抜け、残りのメロロンの箱詰め作業を再開した。
暴力(物理)で解決すれば角が立つが、環境(野菜)を利用して精神を折れば、誰も俺たちを責めることはできない。これが、悪知恵Sを誇る現場監督の『大人の戦い方』だ。
さて、邪魔者の排除も終わった。あとは村のギルド駐在員に納品して、莫大な報酬を受け取るだけだ。
……そう、俺の完璧な工程表では、そうなるはずだった。
ズズズズズズッ……!!
突然、ポポロ村の広大な大地全体が、不気味な地鳴りを上げて揺れ始めた。
「な、なんだ!? 地震か!?」
「トリス君! 地面の下から、すっごく大きくて嫌な音が近づいてくるよ!」
キャルルがウサギ耳をピーンと立て、足元の地面を睨みつける。
俺の脳内CADが、地下深くから急速に浮上してくる『規格外の質量』のデータを検知し、強烈なレッドアラートを視界に点滅させた。
(……おいおい。事前の地盤調査データに、こんな『活断層』の報告はなかったぞ!)
俺たちの慰安旅行(農業クエスト)は、最悪の想定外によって、突如として決死の『防衛戦』へとその姿を変えようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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