EP 2
クランの運転資金と、魅惑の『メロロン』収穫クエスト
最強の要塞にして、俺たち『ホープ・クローバー』の拠点が完成してから三日後。
リビングの大きなオーク材のテーブルに、俺は分厚い家計簿(帳簿)と数枚の依頼書(クエストボードから引っ剥がしてきた羊皮紙)を広げていた。
「さて、お前ら。夢のマイホーム生活を満喫しているところ悪いが、現実の話をしよう」
俺が腕を組んで切り出すと、食後のポポロ・コーヒーを楽しんでいた三人が、ビクッと肩を揺らした。
「この城の防衛設備、空調、水回りの魔導具を維持するための魔石代。それに加えて、お前らの底なしの胃袋を満たすための食費。……俺が計算した今後の『月間工程表(資金繰り)』によると、このまま無収入でいれば、来月の半ばにはクランは完全に破産する」
「は、破産!? そ、そんな……またパンの耳と雑草サラダの生活に逆戻りですの!?」
「マグローザ漁船……! マグローザ漁船(強制労働)の足音が聞こえるぅぅっ!」
リーザが頭を抱えて悲鳴を上げ、借金から解放されたはずのユートが過去のトラウマをフラッシュバックさせてガタガタと震え出した。
キャルルだけは「私がその辺の盗賊から巻き上げてこようか?」と物騒な資金調達案を出してきたが、俺は手で制した。
「安心しろ。資金繰りのための『優良物件』は、すでに俺がいくつかピックアップしてある」
俺はテーブルの上に、一枚の依頼書をスライドさせた。
「依頼元は、王都から馬車で数時間の距離にある『ポポロ村』。ポポロ・タバコやポポロ・コーヒーの産地として有名な農業村だが、今回の依頼はそれじゃない。指定された特殊農作物の『収穫』および『護衛』だ」
「なーんだ、農作業ですか!」
依頼内容を聞いた瞬間、ユートの顔から恐怖が消え去り、パァッと明るい笑顔が咲いた。
「驚かさないでくださいよ、トリス! 俺、勇者の村でずっと太陽芋を育ててきたゴリゴリの農家出身ですよ! 収穫の手伝いなんて、俺の土俵みたいなもんです! 任せてください、光の速さで刈り取ってみせますから!」
「……ユート。現場の概要を最後まで聞け。素人の早合点は、重大な労働災害を引き起こす原因だぞ」
俺はため息をつき、依頼書の詳細部分を指で叩いた。
「収穫するのは普通の野菜じゃない。一つは『ずっ友ロコシ』。異常な甘さと美味さを持つトウモロコシで、半分に割って相手に渡すと、どんな関係だろうとズブズブの親友(ずっ友)になってしまうという厄介な精神作用を持つ。賄賂や汚職の温床になりやすい危険物だ」
「ず、ずっ友……?」
「そして本命がこれだ。ポポロ村の特産品、魔性の果実『メロロン』」
俺がその名前を口にした瞬間、キャルルがウサギ耳をピクリと動かし、少しだけ顔をしかめた。
「メロロン……ああ、熟すと甘い香りで周りを誘惑して、思考をフワフワにしちゃうっていう、あのおじさんキラーのメロン?」
「そうだ。第一段階の『ベビーメロロン』の時は『おみず……すき』『ありがとう……パパ』と片言で喋り、農家の父性と庇護欲を刺激する。だが、第二段階の『完熟メロロン』になるとヤバい」
俺は事前に商業ギルドで集めてきた資料(メロロンの生態レポート)を読み上げる。
「『おはよう、今日もいい天気ね』『お疲れ様、今日も頑張ってるわね♡』『今日は全部忘れて、甘えていいのよ』……このように、キャバクラ嬢も顔負けの極上の甘い声で囁き、親身に相談に乗り、果肉をぽよんぽよんと揺らして農家を魅了する。最終段階の『クイーンメロロン』に至っては、魅了された農家が『女房とは別れてきた!俺はメロロンと駆け落ちする!』と自暴自棄に陥り、畑から帰ってこなくなるという」
「……なんですかそれ。魔王軍よりタチが悪い精神攻撃じゃないですか」
ユートがドン引きした顔で呟く。
「現在、ポポロ村のメロロン農家のオッサンたちは、クイーンメロロンの誘惑に完全に精神構造を破壊され、畑に籠城している。俺たちの仕事は、狂った農家たちを安全に排除(護衛)しつつ、収穫期を迎えたメロロンを全て回収することだ。……ユート、お前、さっき光の速さで刈り取るって言ったな?」
「す、すいませんでした! 俺、童貞なんでそんな甘い声で囁かれたら、一秒でメロロンのヒモに成り下がります!」
ユートが綺麗な土下座(前世の俺には及ばないが)をキメた。
リーザは「メロロン……どれだけ高値で売れるのかしら……!」とよだれを垂らし、キャルルは「浮気したら蹴り飛ばすからね、トリス君」と俺の袖をギュッと掴んできた。
「俺がメロンに欲情するわけないだろ。……いいかお前ら。農作業と舐めるな。これは精神を汚染するバイオハザード空間での、極めて危険な撤去作業だ。現場での安全管理は、俺が徹底的にディレクションする」
俺は立ち上がり、リビングの隅に置いてあった大きな木箱を開けた。
「支給品だ。全員、これを装備しろ」
木箱の中から取り出したのは、俺が昨夜【建築工房】の構造計算をフル活用して錬成した、特製の『完全防音・防毒ヘルメット』と、タローマン製のゴム引きレインコートを改造した『簡易防護服』だった。
「えっ……と、トリス様? これ、いくらなんでもダサすぎませんの? アイドルの私がこんなフルフェイスのヘルメットとゴムカッパを着たら、ビジュアルが崩壊しますの!」
「可愛い服がいいなぁ。これ、動きにくいし」
「文句を言う奴は、今日の晩飯を『ゲロオムレツ(ルナミス帝国軍3型糧食)』にするぞ」
俺の一言で、リーザとユートが「ヒィッ!?」と悲鳴を上げて一瞬で防護服に着替えた。キャルルも不満げに唇を尖らせながらも、大人しくヘルメットを被る。
メロロンの誘惑は『声(音波)』と『香り(フェロモン)』によって引き起こされる。ならば、その侵入経路を物理的に遮断してしまえば、ただの喋る果物に過ぎない。
精神論で誘惑に耐えようとするなど、安全帯をつけずに高所作業をするような素人の考えだ。環境で危険を排除する。それが現場監督のやり方である。
「よし、安全装備(PPE)の着用ヨシ。これよりポポロ村へ向けて出撃する!」
王都から馬車に揺られること数時間。
のどかな田園風景が広がるポポロ村は、一見すると平和そのものだった。
だが、村の奥にある『メロロン畑』に近づくにつれ、空気は異様なものへと変わっていった。
周囲には、ピンク色の怪しげなオーラ(フェロモン)が漂い、防音ヘルメット越しにも、微かに「うふふっ……」「こっちに来て……」という甘ったるい声が振動として伝わってくる。
「……トリス。なんか、畑の周りに人だかりができてますよ」
ヘルメットの通信機能(魔導通信石を組み込んだインカム)越しに、ユートが震える声で報告してきた。
見れば、メロロン畑を囲む柵の前に、村の女性たち(農家の奥さんや娘たち)が、包丁や鍬を握りしめて般若のような形相で立ち尽くしていた。
「開けなさいよ、このクソ旦那ァッ! メロンなんかにうつつを抜かして、家のローンはどうすんのよ!」
「お父さんの馬鹿! そんな緑色の女のどこがいいのよ!」
女性たちの怒声が響くが、畑の内側からは、完全に脳がとろけきったオッサンたちの声が返ってくる。
『うるせえ! 俺はメロロンちゃんと駆け落ちするんだ! お前みたいに毎日ガミガミ怒る女より、いつも優しく褒めてくれるメロロンちゃんの方がよっぽど俺を愛してくれてるんだよ!』
『そうだそうだ! 見ろ、この豊かな果肉を! 俺の全財産は、メロロンちゃんに貢ぐためにあるんだ!』
畑の中では、数十人のオッサンたちが、巨大に成長したクイーンメロロンを大事そうに抱きしめ、自分の財布や、妻のネックレスまでもを肥料として土に埋めようとしていた。
「……想像以上の地獄(欠陥住宅)だな」
俺はヘルメットのバイザー越しに、その惨状を冷徹に分析した。
メロロンは『純粋に自分を身も心も食べて、愛する人に一緒に堕ちてほしい』という本能を持っているらしいが、結果として引き起こしているのは、家庭崩壊と経済活動の停止だ。
放置すれば村が滅びる。まさに農業被害という名のバイオハザードである。
「ひぃぃっ……! あのおじさんたち、目が完全にイッちゃってますの! お賽銭をメロンに捧げるなんて、言語道断ですの!」
「あれが……大人の世界……。俺、あんな風には絶対なりたくない……」
リーザが怯え、ユートがドン引きしている。
「トリス君。あのおじさんたち、全員蹴り飛ばして気絶させちゃっていい?」
「駄目だ、キャルル。依頼人はあのオッサンたちの家族だ。対象を破壊してどうする。それに、下手に刺激すれば、メロロンの果肉が傷ついて商品価値が下がる」
俺はインカムのスイッチを切り替え、村を管理するギルドの駐在員に合流の合図を送った。
すぐに、疲労困憊といった様子の駐在員が駆け寄ってくる。
「おお、ホープ・クローバーの皆さん! よくぞ来てくださいました……って、なんですかその物々しい格好は!?」
「プロの清掃業者だ。状況は把握した。これより、メロロンの強制収穫および、被災者の救出作業を開始する」
俺は腰の魔法ポーチから、数枚の『防音パネル』と『魔導送風機』を取り出した。
力任せに引き剥がそうとすれば、オッサンたちは暴れ、メロロンはさらに甘いフェロモンを放出して抵抗するだろう。
ならば、どうするか。
「環境ごと、奴らの『夢』をぶち壊して現実に引き戻してやる」
俺はニヤリと笑い、脳内CADを展開した。
「ユート、キャルル! 俺が指示したポイントに、この防音パネルを設置してこい。リーザは送風機の前に立て」
「了解ッス!」
「任せての!」
俺の【建築工房】の指示の元、ユートとキャルルが素早い動きで畑の周囲に防音パネルを展開していく。
音波の反射角を計算し、メロロンの甘い声がオッサンたちの耳に届く前に、お互いの声の波長をぶつけて打ち消す『アクティブ・ノイズキャンセリング構造』を畑全体に組み上げるのだ。
「えっ……あれ? メロロンちゃんの声が……聞こえない?」
「おい、メロロンちゃん! どうしたんだ! もっと俺を褒めてくれよ!」
パニックに陥るオッサンたち。
メロロンたちも焦って「た、たべていいのよ?」「私を愛して!」と声を張り上げるが、俺の計算し尽くした防音構造によって、その声はただの『くぐもったノイズ』に変換されてしまう。
「仕上げだ。リーザ!」
「はいですの! ……えっと、トリス様、この送風機に向かって、何をすればいいんですの?」
「お前のユニークスキル【貧乏神】だ。あのメロロンたちが放出している『フェロモン(魔力)』を、お賽銭型掃除機で根こそぎ吸い尽くせ。送風機はその吸引力を畑全体に広げるための拡張ダクトだ」
「なるほど! 任せてくださいませ! あんな緑色の女に貢ぐくらいなら、全部私が没収ですの!」
リーザが送風機の前に立ち、マイク代わりに持ったタローマンのメガホンに向かって歌い始めた。
『愛! アイ! 愛! アイ! ラ〜ブラブ!』
貧乏神の『超巨大・お賽銭箱型掃除機』が幻影として浮かび上がり、凄まじい吸引力を発揮する。
防音パネルで逃げ場を失ったピンク色のフェロモンが、竜巻のように吸い上げられ、リーザのお賽銭箱へと消えていく。
「あ、あれ……? 俺、なんでこんな畑の真ん中で、ただのデカいメロンなんか抱きしめてるんだ……?」
「……ハッ!? 俺の財布が土に埋まってる!? 女房のネックレスまで!」
フェロモンと甘い声という『魔法』を剥がされた瞬間。
オッサンたちの目からハートマークが消え、劇的に正気へと引き戻された。
「あんたぁぁぁっ!! 目が覚めたかい、このバカ亭主!!」
「ひぃぃぃっ! か、母ちゃん! 違うんだ、これは魔が差したというか、不可抗力で……!」
正気に戻ったオッサンたちが、柵を乗り越えて突入してきた妻たちによって次々と『物理的な制裁』を受けていく。
阿鼻叫喚の地獄絵図だが、家庭崩壊よりは遥かにマシだ。
「よし、対象の無力化完了。ユート、キャルル! 農家が家族の愛(物理)を確かめ合っている間に、クイーンメロロンを全て木箱に回収しろ! 傷一つ付けるなよ!」
「了解ッス! うおおおおっ、ただのメロンなら全然怖くねえ!」
「蹴らないように優しく運ぶねー」
ユートとキャルルが、フェロモンを失ってただの巨大な果実と化したクイーンメロロンたちを、次々と安全な収穫ボックスへと運び込んでいく。
「……ふん。どんな魔性の誘惑だろうと、環境の導線さえコントロールしてやれば、ただの農作業だ」
俺は防護服のヘルメットのバイザーを上げ、ポポロ村の青空を見上げた。
クランの運転資金を稼ぐための、第一回・収穫作戦は、俺の完璧な工程管理によって、誰一人としてメロンのヒモに落ちることなく、極めて安全かつ迅速に完了したのである。
「さて、あとは……あの『ずっ友ロコシ』の回収だな。こっちも気は抜けないぞ」
俺たちの慰安旅行(農業クエスト)は、まだ始まったばかりだった。
読んでいただきありがとうございます。
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