ポポロ村の収穫祭編 〜第二章 最強の現場監督と、愉快な仲間たちの慰安旅行(防衛戦)
最強クランの朝は早い。元社畜建築士の完璧な『オフ(休日)』と、幸せの肉椎茸丼
王都の郊外、見晴らしの良い小高い丘の上に建つ、漆黒の城。
外壁は死蟲機の甲殻とゲロ・コンクリートを混ぜ合わせた、大砲の直撃すら弾き返す要塞仕様だが、内部は全く違う。
木目調の温かみのある内装、完璧に計算された生活動線、そして全館バリアフリー。
朝六時。
俺――一級建築士にして、クラン『ホープ・クローバー』の現場監督であるトリスは、誰よりも早く起床し、日課である「現場の安全確認」を行っていた。
「……よし。ジョイント部分の緩みなし。荷重分散、完璧」
二階から一階へと続く階段に設置された『手すり』をガッチリと握り込み、体重をかけて揺さぶってみるが、ピクリともしない。
手すりのない違法建築の階段から転落死した前世のトラウマがある俺にとって、この朝のルーティンは絶対に欠かせない『儀式』だった。
「安全確認ヨシ。次は……作業員の燃料補給だな」
俺はタローマン製のジャージの袖をまくり上げ、一階の広々としたシステムキッチンに立った。
前世のブラック設計事務所時代、深夜のコンビニ弁当ばかり食べて胃を壊した経験から、俺は自炊スキルを無駄に極めている。
それに、あの規格外のポンコツども――もとい、我がクランの優秀な構成員たちを万全の状態で働かせるには、良質なインフラ(食事)が必要不可欠だ。
冷蔵の魔導具から取り出したのは、アナステシア世界特有の食材『肉椎茸』と『米麦草』だ。
肉椎茸は、見た目こそ巨大なキノコだが、スライスすると本物のステーキ肉のような美しいサシが入っている。
「まずは米麦草を炊く。水の分量は……完璧だ」
米麦草はパンにも米にもなる万能穀物だが、今日は米としてふっくらと炊き上げる。
その間に、フライパンに油を引き、分厚くスライスした肉椎茸を並べて火にかけた。
ジュワァァァァッ……!
食欲をそそる脂の焼ける音がキッチンに響く。
肉椎茸から染み出した動物性の旨味と、キノコ特有の芳醇な香りが混ざり合い、暴力的なまでの匂いが充満していく。
両面にこんがりと焼き色がついたところで、ルナミス帝国特産の『醤油草』から抽出したタレと、みりん代わりの『ハニーかぼちゃ』の蜜をブレンドした特製ソースを回しかける。
ジュジューーッ! とタレが焦げる香ばしい匂いが爆発した。
「よし、着工完了だ」
炊きたての米麦草を深めの丼にたっぷりと盛り、その上に照り焼きにした肉椎茸を敷き詰める。仕上げに、ピリッとしたワサビと刻み海苔を中央にトッピングすれば、『肉椎茸の特製和風ステーキ丼』の完成だ。
「……くんくん。……はっ! この匂い……五百円玉の匂いですのぉぉっ!」
丼を四つテーブルに並べ終えた瞬間、リビングの扉がバンッ! と開き、水色の髪をボサボサに寝癖で跳ねさせた人魚姫――リーザが、ゾンビのような足取りでキッチンに吸い込まれてきた。
「おはようリーザ。朝から現金な鼻だな」
「お、おはようございますの、トリス様! ああっ、この輝くお肉の宝石箱は一体……!? 私、公園で鳩とパンの耳を取り合っていた時代を思い出して、涙が止まりませんの……!」
リーザは目を輝かせ、ヨダレを拭いながらテーブルの席にスライディングで着席した。
続いて、二階の階段からドタドタと足音が聞こえてくる。
「ふわぁぁ……おはようございます、トリス。……あれ? 俺、今日マグローザ漁船(ケツ拭きのK)に連行される夢を見なかったぞ……?」
目をこすりながら降りてきたのは、勇者ユートだ。
昨日、俺の『悪知恵S(法的解釈)』によってコタツ女神・ルチアナを論破し、百万円の悪徳ローンを白紙撤回させたおかげで、彼はようやく借金の恐怖から解放され、泥のような熟睡を手に入れたらしい。
「当たり前だ。うちのクランはホワイト企業だからな。タコ部屋に放り込まれる心配はない。ほら、顔を洗ってこい」
「はいっ! うおおお、朝からすっげえ美味そうな飯だ!」
ユートが洗面所へ向かおうとした入れ替わりで、ひょっこりと長いウサギ耳がリビングに顔を出した。
キャルルだ。
彼女は可愛らしいキャミソール姿のまま、とてとてと俺の横に歩み寄ると、俺のタローマンジャージの袖をキュッと掴み、背中に体重を預けてきた。
「……んー、おはよう、トリス君。朝からご飯作ってくれたの? えらいえらい」
「おはようキャルル。朝からパーソナルスペースを詰めてくるな。歩きにくい」
「いいじゃん、減るもんじゃないし。……ふふっ、この家、本当に静かで安全だね。トリス君の匂いが家中に染み付いてて、私、すごく安心しちゃった」
キャルルが俺の首筋に顔を埋め、スーッと深呼吸をする。
相変わらず距離感がバグっているヤンデレ姫だが、敵意がないのは分かっているので適当にスルーする。
全員が席についたのを確認し、俺は自分の席に腰を下ろした。
「さあ、食え。今日の現場は『完全オフ』だ。昨日の防衛戦で疲労したお前らの基礎構造(肉体)を、しっかり休ませろ」
「「「いただきます(の)!!」」」
三人が一斉に箸を手に取り、肉椎茸丼にがっついた。
「んんんん〜〜っ!! 美味しいですの! お肉の弾力とキノコの旨味が、お口の中で奇跡のコラボレーションですの! ワサビの刺激が、甘辛いタレをピシッと引き締めて……もう、スプーン(お箸)が止まりませんのぉぉっ!」
「うめぇ! 俺、勇者の村で太陽芋ばっかり食ってたから、こんな美味いもん食ったの初めてだ……! トリスの飯、最高すぎる!」
リーザとユートが、まるで餓鬼のように丼を掻き込んでいる。
キャルルも上品に口に運びながら、「……美味しい。トリス君、お嫁さんにしたい」と物騒な褒め言葉を口にしていた。
俺は自分の分の丼を味わいながら、ポポロ村の特産品である『ポポロ・コーヒー』をブラックですすった。
(……まあ、悪くない休日だ)
前世の俺は、休日といえば昼過ぎまで死んだように眠り、起きてからは持ち帰った図面と睨めっこするだけの、色気もクソもない生活を送っていた。
誰かのために飯を作り、それが美味いと言って平らげられる。
この騒がしいが温かい空間が、今の俺が設計し、建築した『マイホーム』なのだと思うと、不思議と悪い気はしなかった。
「おかわりですの! 私、今日は五杯はイケますの!」
「俺も! 俺もおかわりお願いします!」
「私も食べるー。トリス君、あーんとかなし?」
「なしだ。自分で食え」
空になった丼を突き出してくる三人の不良建材たちに、俺は苦笑しながら立ち上がった。
飯をモリモリと食うのはいいことだ。基礎が資本の商売なのだから。
だが、現場監督としての『合理主義(コスト計算)』の脳細胞が、冷静に一つの事実を弾き出していた。
(……こいつら、エンゲル係数(食費)が尋常じゃなく高いな)
昨日の報酬で家は建ったが、光熱費、魔導具の維持費、そしてこの底なし沼のような食費。クランを運営していくための『運転資金』は、いくらあっても足りない。
今日はオフにしてやるが、明日からはバリバリ働いてもらわなければならない。
「いいかお前ら、今日はしっかり休んでおけよ」
俺は炊飯用の魔導釜から二人分のおかわりをよそいながら、ニヤリと悪党のような笑みを浮かべた。
「明日からは、クランの維持費を稼ぐために、みっちり働いてもらうからな」
「「「えっ」」」
三人の箸がピタリと止まる。
いくら無敵のスキルを持っていようと、飯を食うためには金が要る。それが社会という名の巨大な構造物の絶対ルールだ。
最強クラン『ホープ・クローバー』の、束の間の平和な朝。
明日から始まる次なる現場に向けて、俺の脳内CADは早くも新たな『工程表』を引き始めていた。
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