EP 14
本当の勇気と、崩壊するクソ物件(実家)
『ギシャァァァァァッ!!』
巨大な合成死蟲将軍機の咆哮が、特設ドーム内にビリビリと反響する。
村人たちの悲鳴と絶望が充満し、民衆の支持(歓声)という燃料を絶たれた勇者ユートは、文字通り『ただの借金まみれの農民』へとステータスが急降下していた。
「あ、あぁ……力が……出ない……っ」
ユートはガクガクと膝を震わせ、タローマン製の安い鉄剣を取り落としそうになる。
先ほどまで彼を包んでいた無敵の黄金オーラは微塵もない。今の彼には、目の前の十メートルを超えるバケモノの装甲に傷一つつける力など残されていなかった。
「ヒィィッ……! だ、誰か、助けてですのぉぉっ!」
ステージの中央。腰を抜かした極貧アイドル・リーザに向かって、将軍機が巨大なカマキリの鎌を無慈悲に振り下ろそうとしていた。
ヤンデレ姫のキャルルは、将軍機が吐き出した粘着性のクモの糸に足を取られ、すぐにはカバーに入れない。
防弾ガラスの向こう側では、村人たちが「もう終わりだ」と頭を抱え、子供を庇って泣き叫んでいる。
盤面(現場)は、最悪の倒壊危機に瀕していた。
コントロールブースから戦況を見下ろしていた俺は、舌打ちをして愛用の『弓』を引き絞る。
俺の最大火力である『カクテル・エンド』を叩き込めば、将軍機に致命傷を与えることはできる。だが、相手の装甲は分厚い。完全に息の根を止めるには、至近距離から相手の体勢(重心)を崩す『前衛(柱)』が必要だった。
「おいユート!」
俺は魔導拡声器を掴み、震える借金勇者に向かって怒声に近い指示を飛ばした。
「勇気と無謀は違う! 助けるには力だけでなく『段取り(工程)』が要るんだ! ……だが、それでも、撃たなきゃいけない瞬間は迷うな!!」
俺の声が、ドーム内に響き渡る。
ユートはビクッと肩を跳ねさせ、涙目で俺のいるブースを見上げた。
(怖い。死にたくない。マグローザ漁船行きなんて絶対嫌だ)
ユートの顔には、そんな俗っぽくて、当たり前の恐怖が張り付いている。
だが。
彼は足元で泣き叫ぶリーザと、ガラスの向こうで震える村人たちを見て――ギュッと、その弱々しい奥歯を噛み締めた。
「……段取りなんか、後でいいッ!!」
ユートが、血を吐くような声で叫んだ。
恐怖で震える両足に無理やり力を込め、落ちていたタローマン製の鉄の盾を拾い上げる。
「じゃあ俺は、思いっきり手を伸ばす! トリスと、皆と、俺とで手を繋げば……絶対に、どうにかなるってェェェッ!!」
誰の応援もない。
歓声もない。
懸賞金の一億円も、名声も、この瞬間、彼の頭からは完全に消え去っていた。
あるのはただ、「足元で泣いている少女と、弱い人々を守りたい」という、打算なき自己犠牲の精神。
ユートは、将軍機が振り下ろした死の凶刃とリーザの間に、己の身一つで――ボロボロの鉄の盾一枚で、無謀にも飛び込んだ。
「ユート様ッ!?」
リーザが悲鳴を上げる。
巨大な鎌が、無慈悲にユートの小さな盾へと直撃した。
本来なら、タローマン製の安い鉄盾ごと、彼の身体はミンチになってひしゃげるはずだった。
ガガガガガガッ!!
――しかし。
将軍機の鎌は、ユートの盾を砕く直前で、見えない『壁』に阻まれて完全に停止していた。
『……ギ、シャ……!?』
将軍機が戸惑うように複眼を明滅させる。
ユートの身体の内側から、先ほどの歓声を浴びていた時とは比べ物にならない、純白で神々しい光が爆発的に溢れ出していたのだ。
『ユニークスキル【ブレイブ】・隠し条件クリア』
『――【トゥルー・ブレイブ(真の勇気)】、起動』
俺の脳内CADが、ユートのステータスの異常な跳ね上がりを検知してレッドアラートを鳴らす。
(……すげえ。計算(打算)なき勇気、見返りを求めない自己犠牲。誰も見ていない場所で、強敵から弱者を守るために盾となった時……あいつのスキルは、神の領域へとリミットブレイクするのか)
俺はコントロールブースで、思わず口角を吊り上げた。
「……救えねぇ馬鹿だな。ま、嫌いじゃないね」
コタツ女神ルチアナに騙され、法外な借金を背負わされた哀れなピエロ。
だが、その心根の熱さだけは、紛れもなく本物の『勇者』だった。
「うおおおおおおおおっ!!」
ユートが咆哮を上げる。
【トゥルー・ブレイブ】によって限界突破した彼の闘気が、鉄の剣に極限まで圧縮されていく。
剣の刀身が紫電を帯び、バチバチと大気を焦がす一億ボルトの雷光が渦を巻いた。
「俺たちの『現場』を……邪魔すんじゃねええええッ!! 『ライトニング・スプラッシュ』!!」
ユートが鉄の剣を振り抜いた瞬間。
爆発的な一億ボルトの雷撃が、放射状にドーム内を駆け巡った。
圧倒的な光の奔流が将軍機を包み込み、その巨体を宙へとカチ上げ、強固な合成装甲をドロドロに融解させていく。
「狂った相棒の算盤(マグローザ行きの借金)は……俺がキッチリ合わせて(稼いで)やらねぇとな!」
俺は、上空へカチ上げられ、完全に無防備(構造的死角)を晒した将軍機のコアに向け、限界まで引き絞っていた弓の弦から指を離した。
炎、雷、氷、そして俺の百馬力の闘気。
四つの相反するエネルギーを構造計算で一本の矢に強制的に編み込んだ、禁断の絶対破壊技術。
「消し飛べ。――『カクテル・エンド』!!」
放たれた矢は、虹色の極光となって一直線に夜空を切り裂いた。
ユートの雷撃で融解した将軍機の急所に、俺の『カクテル・エンド』が音もなく吸い込まれる。
――ピタッ、と。
一瞬、世界から音が消えた。
直後。
ズドゴォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!
将軍機の巨体が、内側から発生した超絶的なエネルギーの反発作用によって、細胞の一片も残さず、空中で完全に『消滅』した。
爆風がドーム内に吹き荒れ、魔導照明がチカチカと明滅する。
静寂。
残った五百のネクロバグの群れは、指揮官である将軍機を失い、さらにリーザのデバフとユートの雷撃の余波を受けて、もはやピクピクと痙攣するだけの鉄クズと化していた。
「……勝っ、た……? 俺たち、勝ったのか……?」
ユートが尻餅をつき、ボロボロになったタローマンの鉄剣を取り落とす。
その瞬間。
「うおおおおおおおおおおおっ!!!」
「勇者様ぁぁぁっ! リーザちゃぁぁんっ!」
「助かった……! 俺たち、助かったんだ!」
防弾ガラスの向こう側から、先ほどまでの絶望を完全に吹き飛ばす、割れんばかりの『大歓声』が爆発した。
村人たちが涙を流し、ガラスを叩き、俺たち――『ホープ・クローバー』に向けてありったけの感謝と拍手を送っている。
「……へへっ。見ましたの、トリス様。これが私の、絶対無敵のステージですの!」
「拘束解除完了♡ もう、トリス君もユート君も、おいしいところ全部持っていっちゃうんだから!」
腰を抜かしながらもドヤ顔でピースサインを作るリーザと、糸を切り裂いて合流したキャルルが笑う。
俺はコントロールブースから飛び降り、三人の元へと歩み寄った。
「ああ。最高の現場だったぜ、お前ら」
こうして、最強の不良建材たちを集めた俺たちの大規模防衛戦は、文字通り『大熱狂』の内に幕を閉じたのである。
▽ ▽ ▽
――一方、その頃。
俺たちが凱歌を上げている場所から遠く離れた、ルシファン伯爵領。
季節外れの凄まじい豪雨が、領地全体を容赦なく打ち据えていた。
「だ、旦那様ァッ! 大変です! ルシファン川の堤防が、突如として決壊いたしました!」
「な、なんだと!? あの堤防は十年は絶対持つと、最新の経済政策にも書いてあったはずだぞ!」
ルシファン伯爵邸の応接室。
深夜にも関わらず叩き起こされた父・モーリは、ずぶ濡れの執事からの報告に顔面を蒼白にしていた。
「そ、それだけではございません! 王都へ続く北の街道の石橋が、自重に耐えきれずに崩落! 流通が完全にストップいたしました! さらに……っ!」
「まだあるというのかッ!?」
「領地を覆っていた魔物よけの『結界石』が、粉々に砕け散りました! 現在、西の森からゴブリンの群れが畑を食い荒らしながら侵攻中とのことです!」
「あ……あぁ……っ!?」
父モーリは、その場にガクリと膝をついた。
長男も次男も、恐怖でガタガタと震え、何も指示を出すことができない。
彼らは理解していなかったのだ。
ルシファン領の安定と繁栄が、父の机上の空論などではなく、全て『土方スキル』と蔑んで追い出した三男坊・トリスの、人知れぬ【建築工房】による無償のメンテナンス(魔力コーティング)によってギリギリ保たれていた砂上の楼閣であったことを。
基礎工事という大黒柱を失った欠陥物件がどうなるか。
その答えが今、凄まじい連鎖崩壊となってルシファン家を襲っていた。
「な、なぜだ……! 我がルシファン領は、完璧だったはずだ! なぜ、こんな突然に全てが崩れ去るのだぁぁぁッ!!」
絶望の叫びが、豪雨の音にかき消されていく。
維持管理の重要性を軽視した傲慢な施主の末路は、いつだって悲惨な『完全倒壊』と決まっているのだ。
俺が実家を勘当されてから、わずか数ヶ月後の出来事であった。
読んでいただきありがとうございます。
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