EP 12
開演準備。戦場を『ライブ会場』へ劇的ビフォーム!
ルナミス帝国の辺境、ポポロ村の近郊にある開拓村。
普段はのどかな農村であるその場所は今、阿鼻叫喚の地獄と化していた。
「ひぃぃぃッ! 来やがったぞ! 『死蟲機』の群れだぁぁッ!」
「逃げろ! 子供たちを荷車に乗せろ! 早く!」
村の男たちが絶望的な声で叫ぶ。
地平線の彼方から、土煙を上げて迫り来る黒い津波。それは全て、死蟲王サルバロスの眷属である機械蟲の群れだった。
強酸を吐き出す『死蟻機』に、強固な装甲を持つ『死甲虫機』。数にしておよそ五百。
鍬や猟銃程度の武装しかない開拓村の自警団では、数分と持たずに蹂躙される圧倒的な暴力である。
「村長! もう駄目だ、荷車が間に合わねえ! 追いつかれる!」
「ルチアナ様……どうか、我らに慈悲を……!」
村長がその場にへたり込み、天を仰いで祈った。
死蟲機の無機質な赤い複眼が、村人たちを『魂の贄』として捕捉し、殺戮の刃を振り上げた、まさにその瞬間。
「――はい、そこまで。許可証のない業者が、勝手に俺の現場に入ってこないでくれるかな」
上空から、聞き慣れない冷静な声が響いた。
直後、村人たちとネクロバグの群れの間に、複数の『麻痺矢』と『爆発矢』が正確無比な角度で降り注いだ。
ドゴォォォォォンッ!!
鼓膜を揺らす爆発音と共に、強烈な閃光と煙幕が広がり、先頭を走っていたネクロバグたちが次々と吹き飛ばされる。
土煙が晴れた後、村人たちの前に立っていたのは、見慣れない漆黒のジャージを着た黒髪の少年――俺だった。
「間に合ったな。全員、怪我はないか」
「あ、あんたたちは……!?」
「通りすがりのフリーランス建築士、兼、冒険者だ。安心しろ、ここから先は俺たちの『工期』だ」
俺の後ろから、息を切らして三人のメンバーが駆けつけてくる。
「はぁ、はぁ……っ! し、死ぬかと思いましたの……っ! 馬車の中でトリス様が『急ぐぞ』って言って、爆薬で馬車ごとすっ飛ばすなんて……!」
「俺、もうダメかもしれない……。胃袋の中身が全部出そう……」
「あははっ、ジェットコースターみたいで面白かったね! トリス君、最高!」
目を回している極貧アイドル(リーザ)と、タローマンの鉄鎧をガシャガシャ鳴らして震える借金勇者。そして、余裕の笑みを浮かべるヤンデレ月兎族。
彼らを見て、村人たちは呆然とした。
「え……こ、子供? それに、ジャージに、サビだらけの鉄装備……? そんなふざけた格好で、あのネクロバグの大群と戦うっていうのか!?」
「無理だ! 死にに来たようなもんじゃねえか!」
村人たちが絶望を深めるのも無理はない。見た目だけなら、俺たちはただのコスプレ集団にしか見えないだろうからな。
だが、そんなクレーマー(村人)の悲鳴を、俺は鼻で笑い飛ばした。
「ふざけた格好で悪かったな。だが、仕事は保証するぜ」
俺は一歩前に出て、両手を大地に突き立てた。
目の前に広がるのは、五百を超える機械蟲の大群。
背後には、逃げ遅れた百人規模の村人たち。
普通の冒険者なら、村人を庇いながらジリ貧の防衛戦を強いられる最悪のシチュエーションだ。
だが、俺の【建築工房】と『悪知恵S』の演算は、すでに完璧な最適解を導き出していた。
(素材は、周囲の岩盤と土砂、それに……タローマンで買い占めておいた大量の『防音強化ガラス』と『魔導照明機材』。俺の魔力をフル稼働させて、この戦場を根底から劇的ビフォームする!)
脳内CADに、巨大な建造物の図面が青白く展開される。
「全員、舌を噛まないように踏ん張ってろよ」
「えっ?」
「――【建築工房】フル・アクティベート。インスタント・ビルド(瞬間構築)!!」
俺が叫んだ瞬間。
大地が、文字通り『爆発』したように隆起した。
ズゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォッ!!!
「な、なんだぁぁぁっ!?」
「地面が、壁が、勝手に動いて……!?」
村人たちが悲鳴を上げる中、周囲の地形が意思を持ったように形を変えていく。
土と岩盤が巨大なすり鉢状の『スタジアム(観客席)』を形成し、村人たちを安全な高所へと自動的に押し上げる。
さらに、村人たちのいる観客席と、ネクロバグがひしめく地上との間には、厚さ三十センチの『魔導防弾ガラス』が、天井まで届く巨大なドーム状の壁となって瞬時にそびえ立った。
たった十秒。
そのわずかな時間で、何もない荒野の開拓村は――最大収容人数千人を誇る、堅牢無比な『巨大屋内ライブ会場』へと変貌を遂げていた。
「な……なんだ、これは……」
「ドームの中に、閉じ込められた……?」
防弾ガラスの向こう側(安全地帯)に隔離された村人たちが、ポカンと口を開けている。
彼らの目の前に広がるのは、すり鉢の底にあたる広大な空間。
そして、その中心に設置された、一段高い『特設ライブステージ』。
ステージには、俺が土魔法で錬成した音響反射板と、魔力を音声に変換する魔導拡声器が完備されている。
ネクロバグの大群は、完全にこのドーム状の『キルゾーン』の中に閉じ込められ、混乱して右往左往していた。
彼らは強酸を吐き、装甲で壁に体当たりをするが、俺が計算し尽くした魔導防弾ガラスと耐震構造の壁には傷一つつけられない。
「よし、ハコ(会場)の設営は完了だ」
俺は額の汗を拭い、ステージの中心に立つ三人のポンコツ建材を振り返った。
「す……すごいですの! 私のために、こんな立派な専用ステージを作ってくれるなんて……! まるで夢みたいですの!」
リーザがマイクスタンドを握りしめ、感動で打ち震えている。
「すげえ……壁の向こうに魔物がいっぱいいるのに、全然こっちに来れない……! 俺、死なないんだ!」
ユートが鉄の盾を構えながら、ホッと安堵の息を吐く。
「ねえ、トリス君。私はどこで何を粉砕すればいいの?」
キャルルが、安全靴のつま先でステージの床をトントンと叩きながら、ウサギ耳をピンと立てている。
「工程表通りに進めるぞ。よく聞け」
俺は三人に最終的なディレクション(指示)を飛ばす。
「リーザ。お前はそのマイクで、お前の最高の歌をドーム中に響かせろ。お前の【貧乏神】のスキルは、歌声に乗せて相手の能力とバフを強制没収する。このすり鉢状の音響構造なら、ネクロバグ五百匹全域にデバフがかかる」
「任せてくださいませ! あいつらの魔力、全部むしり取ってやりますの!」
「ユート。お前の役割は『絶対無敵のステージガード』だ」
「えっ、俺、戦うんですか!?」
「当たり前だ。いいか、ガラスの向こうの観客(村人)を見ろ」
俺が指差す先、防弾ガラスの向こう側では、百人の村人たちが固唾を飲んで俺たちのステージを見下ろしていた。
「あいつらは今、死の恐怖から解放されて、俺たちに一縷の望みを託している。リーザが歌って観客を熱狂させれば、お前の【ブレイブ】は民衆の支持(歓声)を吸い上げて爆発的なバフを生む。お前は、アイドルを守り抜く『英雄』として、弱体化した魔物をその剣で片っ端から粉砕しろ!」
「俺が、アイドルを守る英雄……! や、やります! 俺、借金返すためにもカッコよく決めます!」
ユートが、タローマンの鉄剣を両手で構え、顔を引き締めた。
「キャルル。お前はステージの袖で待機。もしリーザのデバフやユートの攻撃をすり抜けて、ステージに上がろうとする害虫(厄介ファン)がいたら、お前の安全靴で完全にスクラップにしろ。絶対にアイドルのパーソナルスペースには入れるな」
「オッケー♡ トリス君が作ったこの可愛いステージに泥を塗る虫は、残らずミンチ(出禁)にしてあげるね」
完璧だ。
各々の役割は完全に噛み合っている。
俺はステージの隅にある『コントロールブース』に入り、照明機材のスイッチに手を掛けた。
「おい、ガラスの向こうの観客ども!」
俺がマイクを通してドーム全体に声を響かせると、村人たちがビクッと肩を揺らした。
「お前らは特等席だ! そこで震えて見てる暇があるなら、声を枯らしてうちのアイドルと勇者を応援しろ! 声がデカければデカいほど、お前らの生存確率は上がるぜ!」
俺がスイッチを叩き込むと同時に、ステージの四隅から、強烈な魔導スポットライトが放たれた。
まばゆい光が、センターに立つ人魚姫のアイドル・リーザと、その前で盾を構える勇者ユートを照らし出す。
「――さあ、開演だ。不良建材の最高のパフォーマンス、俺に見せてみろ!」
狂乱のライブ(殲滅戦)の幕が、今、切って落とされた。
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