EP 10
借金勇者とヤンデレ姫。ギルドに集う最強の不良建材たち
ルナミス帝国の王都の中心部。
荒くれ者たちが昼間から酒を煽り、怒声と笑い声が交錯するむさ苦しい空間――『冒険者ギルド』本部に、俺は足を踏み入れた。
ズリズリズリ……。
俺の右足首には、タローマン製の赤ジャージ(膝に継ぎ当てあり)を着た自称・人魚姫アイドルのリーザが、コアラのようにしがみついたまま引きずられていた。
「……離せって言ってんだろ。ここは工事現場に出入りする業者の受付だ。お前みたいなポンコツアイドルが来る場所じゃない」
「嫌ですの! 私のファン第一号(暫定)にして最強のスポンサー様を手放すわけにはいきませんの! 私、ギルドの床に落ちてる小銭を拾うポイ活も得意ですのよ!」
「犯罪だろそれは」
周囲の冒険者たちが「なんだあいつら……」と訝しげな視線を向けてくるが、俺は完全に無視して受付カウンターへと向かった。
前世のデスマーチで、現場の職人のおっさんたちに囲まれて理不尽な怒号を浴びせられていた俺のメンタルからすれば、冒険者の視線など赤子のガン飛ばしにも等しい。
「すみません、新規のギルド登録をしたいんですが」
「えっ、あ、はい! 身分証と、報酬の振込先となる口座、それから魔導通信石はお持ちですか?」
受付嬢が、足元のリーザから目を逸らしながら事務的に尋ねてくる。
俺は「ルシファン」の姓を捨てたため、単なる『トリス』という名で登録用紙に記入した。身分証の代わりとなる魔導通信石を提示すると、スムーズに手続きが進む。
「登録完了です。トリス様はEランク(訓練生)からのスタートとなります。まずは薬草採取や、初心者パーティーへの参加をお勧めしますよ」
受付嬢の言葉に頷きつつ、俺はギルド内に併設された酒場兼、依頼の掲示板エリアに目を向けた。
当面の生活費と、マイホーム建築のための莫大な『資材購入費』を稼ぐには、Eランクの薬草採取などやっている暇はない。手っ取り早く高額報酬の討伐依頼を受けたいが、ギルドの規定上、初心者はパーティーを組むことが推奨(という名の半ば強制)されている。
(……とはいえ、その辺のモブ冒険者と組むのはご免だ。俺の【建築工房】の秘密をベラベラ喋られても困るし、何より連携の工数がかかりすぎる)
誰か、腕は立つが『致命的なワケアリ』で余っているような、都合のいいフリーランスはいないものか。
そう思いながら掲示板前を観察していると、一際悲痛な叫び声が響いてきた。
「お願いです! なんでもいいから前金が出る依頼を回してください! 今日中に金貨一枚返済しないと、俺、マグローザ漁船に送られちまうんですぅぅッ!」
受付の端で、一人の少年がカウンターにすがりついて号泣していた。
年は俺と同じ十六歳くらいだろうか。いかにも農村出身といった素朴な顔立ちの少年だが、身につけている装備がおかしい。
どう見ても、タローマンの初心者コーナーで一式一万円(金貨一枚)で売られている安物の『鉄の鎧セット』だ。しかし、少年はそれをまるで国宝か何かのように大事に扱っている。
「いや、無理だって言ってるだろ、ユート。お前みたいなどこの馬の骨とも知れないソロの初心者に、前金なんて出せるわけないだろ。大体、なんでそんな大金(借金)を背負ってんだよ」
「だ、騙されたんです! ルナミス帝国のアンテナショップで、芋の納品をしてたら……芋ジャージを着てコタツに入った怪しい女の人に、『君、見どころあるね! アナステシア世界のためにブレイブを授けよう! ついでにこの伝説の鎧セットも特別に売ってあげる!』って言われて……っ!」
少年――ユートは、しゃくり上げながら絶望的な経緯を語り始めた。
「俺、勇者になれば魔王を倒して懸賞金一億円もらえるって本気で信じて……! でも、後で気づいたんです! この鎧、ただのタローマン製だし、ローン契約書の裏に極小の文字で『※支払えない場合はシーラン国のマグローザ漁船行き。船内通貨はケツ拭きのKとする』って書いてあったんですよぉぉッ!」
(……あー、なるほど。完全にあの『コタツ女神』の悪徳商法(詐欺)の被害者か)
俺は頭を抱えた。
ルチアナの奴、アイドル(朝倉月人)のオタ活費用を稼ぐために、純朴な田舎の若者を食い物にしているらしい。悪質すぎる。
だが、俺の『悪知恵S』のステータスが、ユートの言葉の端々に反応していた。
(こいつ、今『ブレイブを授けよう』と言われたな。勇者登録すれば誰でももらえるユニークスキルだが……あれは『民衆の支持(応援)』が高ければ高いほどステータスが跳ね上がる、究極のバフスキルだ)
条件さえ整えば、タローマンの鉄装備だろうが神に匹敵する力を発揮する。
しかし、今のユートは借金取りとマグローザ漁船の影に怯え、民衆の支持どころかギルドの笑い者に成り下がっている。明らかな『宝の持ち腐れ(不良物件)』だ。
ギィィィッ。
俺がユートをスカウトすべきか算段を立てていたその時、ギルドの重厚な木製扉が蹴り開けられ、一人の少女が入ってきた。
動きやすい現代風のラフな服に身を包み、足元にはタローマン製の特注『安全靴』。頭にはウサギの耳が生えている。
その信じられないほどの美少女っぷりに、むさ苦しい酒場の冒険者たちが一斉に色めき立った。
彼女は片手に、ルナキン(24時間営業ファミレス)のテイクアウト用ドリンクカップ――メロンソーダを持っている。
「あーあ。今日の依頼、ドロドロのスライムばっかりで最悪だった。早く帰って、お気に入りの人参抱き枕にダイブしたいなぁ……」
ウサギ耳の少女が気怠げに呟いた瞬間、酒の入った柄の悪い巨漢の男が、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら彼女に絡みに行った。
「おいおい、ウサギちゃん。そんな汚いブーツ履いてないで、俺といい酒でも――」
男が彼女の肩に手を伸ばした、コンマ二秒後。
ドゴォォォォォォンッ!!!
「――――は?」
ギルドの空気が、完全に凍りついた。
ウサギ耳の少女が、手に持ったルナキンのメロンソーダを一滴もこぼすことなく、その場から一歩も動かずに『回し蹴り』を放ったのだ。
タローマンの安全靴が、男の顎の先端(最も脳を揺らす支点)を完璧に打ち抜いた。
巨漢の男は弾丸のような速度で吹き飛び、ギルドの分厚い石壁に深々とめり込んで、白目を剥いて気絶した。壁には放射状のひび割れが走っている。
「……うわ。当たっちゃった。ごめんなさい、私、パーソナルスペースに入られると無意識に『月影流・鐘打ち』が出ちゃう癖があって」
少女はペロッと舌を出し、悪びれる様子もなくメロンソーダをストローですすった。
俺の脳内CADが、今のキックの威力を自動計算して警告を鳴らす。
(……冗談だろ。予備動作ゼロ、足首のスナップだけで、軽く見積もっても『一万ジュール』は超えていた。あれがもし、助走をつけて本気で蹴り込まれたらどうなる? 構造物すら一撃で粉砕する『歩く解体用重機』じゃないか)
月兎族。感情が高ぶると身体能力が跳ね上がり、マッハの速度で動けるというチート種族の上位種。
可愛らしい外見に反して、その本質は極めて危険なヤンデレ気質の殺戮兵器だ。
「じゅるり……」
俺が戦慄している足元で、不意に強烈なヨダレの音がした。
見れば、俺の足首にしがみついていたリーザが、月兎族の少女――キャルルが持っているルナキンのドリンクをガン見していた。
「あ、あの……そこのおウサギ様! もしよろしければ、そのメロンソーダの氷の欠片、いや、ストローの端っこだけでも、このリーザにお恵みいただけないでしょうか……ッ!」
「えっ? う、うわっ!?」
リーザが凄まじい速度で床を這いずり、キャルルの足元へすがりついた。
「な、なんなのこの子!? ちょっと、汚いから離れてよ!」
「あっ、そこの借金でお悩みの勇者様! あなたが落としたその一円(同粒)、私が綺麗に磨いてお賽銭箱に入れておきますの! これで運気アップ間違いなしですの!」
「うわぁぁっ!? 俺の全財産(一円)取らないでくれぇぇッ! それがないと今日のパンの耳も買えないんだよぉぉ!」
泣き叫んで一円玉を取り返そうとする借金勇者。
メロンソーダを死守しながらドン引きする月兎族の姫。
二人にすがりついて小銭と食べ物を強奪しようとする極貧アイドル(リーザ)。
ギルドのど真ん中で、謎の三つ巴が形成されていた。
「…………」
俺は少し離れた場所から、その騒動を冷静に観察していた。
(……なるほど。見事なまでに『規格外の不良建材』のオンパレードだ)
リーザ(人魚姫):極貧で強欲だが、お賽銭型掃除機(貧乏神)による凶悪なデバフ能力と、観客を熱狂させる(バフをかける)アイドルの素質を持つ。
ユート(勇者):借金に怯える気弱な農民だが、民衆の支持(スパチャと歓声)さえあれば、神にも匹敵するステータスを叩き出す【ブレイブ】の持ち主。
キャルル(月兎族):集団行動のセオリーを無視するヤンデレ気質だが、圧倒的な物理破壊力と機動力を誇る、歩く戦略兵器。
誰もまともに扱いきれない、社会不適合のハズレ者たち。
彼らは一見すると、基礎も構造もバラバラで、使い物にならない廃棄予定の建材にしか見えない。
だが。
「……俺の【建築工房】と『悪知恵』で、あいつらの動線を完璧にディレクションしてやれば」
俺の唇の端が、自然と吊り上がった。
どんな欠陥素材でも、組み合わせと使い方次第で最高の強度を生み出す。
観客を求めるアイドル。
支持率(歓声)で強くなる勇者。
この二人の相乗効果は異常だ。俺が【建築工房】で彼らが輝くための『舞台』を建設し、物理兵器のキャルルに遊撃を任せれば、どんな理不尽な魔物の群れだろうと完全に制圧できる。
適材適所。それが一流の建築士の腕の見せ所だ。
俺は歩を進め、カオスな言い争いを続けている三人の中心へと割って入った。
そして、前世で下請けの職人たちを束ねていた時と同じ、腹の底から響く『現場監督の声』で言い放った。
「おい、お前ら」
三人の視線が、タローマンのジャージを着た俺に集まる。
「お前らの素材は一級品だが、人生の設計図が根底から破綻してる。このままじゃ、お前らは一生、日雇いと借金とポイ活で人生を消費するだけのクソ物件だ」
「なっ……なんだと!?」
「ひどいですの!」
「……あなた、誰?」
反発する三人を、俺は冷徹な視線で射抜いた。
「俺はトリス。……お前らの『現場監督』になる男だ」
俺は懐から、先ほど受付でもらった白紙の『クラン(パーティー)登録用紙』を取り出し、三人の目の前に突きつけた。
「俺が、お前らのその有り余る無駄なスペックを、完璧に統括・制御してやる。莫大な報酬と、マグローザ漁船の回避、三食美味い弁当、そして雨風をしのげる最高の拠点……俺の指示に絶対服従するなら、それら全てを約束しよう」
悪魔の契約(雇用条件)。
一級建築士トリスによる、最強で最狂のポンコツクラン『ホープ・クローバー』の基礎工事が、今ここに始まったのである。
読んでいただきありがとうございます。
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