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虚空に刷る  作者: ベンゼン環P
第一章 B3P
8/11

1-3-2/2 8 母との食卓

「治療の時、やっぱり父さんの体も印刷されたの? B3Pで」

「……なんで、そう思ったの?」

 今度ははっきりと、喜歩にも分かるように舞は動揺を見せた。

 

「なんでって……、そう考えるのが自然じゃない? だっておばあちゃん、B3Pの偉い人なんでしょ?」

 不快にさせないよう、言葉を選んだつもりではあった。

 それにもかかわらず、舞の顔から困惑の色は消えない。それどころか、眉間の皺がより深くなっていく。


「父さん、意識を失うほどの事故だったんでしょ? その割に体が綺麗だったなと思って。だから多分、怪我の酷かった場所とかはB3Pで取り替えたんじゃないかなって思ったんだよ。おばあちゃんならそうするだろうなって思ったんだ――」

「ああ、そういうことね……」

 舞はほっと息をつくと、顔の緊張を解いた。


 喜歩が父についてここまで踏み込んで問うたのは初めてであった。

 確かに事故の状況を考えれば、舞があまり話したくない気持ちは理解できる。

 しかし今までに見たことのない、母の一連の挙動に喜歩は怖いとすら思ってしまった。


「ごめんね母さん。あんまり食事中にする話しじゃなかったかな……」

「いえ、大丈夫よ。喜歩もお父さんのこと、ちゃんと知りたいわよね」

 舞は自らを言い聞かせるように首を振ると、喜歩に笑顔を向けた。


「でもね、私もよく知らないのよ。お父さんがどんな治療受けたのか。私はお医者さんじゃないしね」

「それは……、仕方ないよね」

 父の治療の全貌を知ることは、それこそ事故の凄惨さに目を向けることになる。舞が知らないでいることは救いなのかもしれない。


「じゃあ、おばあちゃんに聞いてみればいいのかな?」

「おばあちゃんがいいならいいけど……。ところで喜歩、お代わりいる?」

 母の態度はまるで話を逸らすようであると感じた。しかし、確かに手元のカレー皿はいつの間にか空になっている。

 さらに喜歩は無意識のうちスプーンで皿をかんかんと叩いていた。

 母には喜歩が苛立っているようにも見えたのかもしれない。


「うん、食べるよ」

 喜歩は皿を持ち、席を立とうとした。

 しかし舞はそれを制して言う。

「よそってあげる。いいから座ってて」

 舞は喜歩から皿を取り上げると、すたすたとキッチンへと向かっていく。

 いつも以上に優しい母の振る舞いには、何か裏があるのではないかと思わざるを得なかった。

 だが父についてあまり踏み込まれたくない話題なのだろうと、この場は甘えておくことにした。

 

 母が不在の今、6人掛けのテーブルには喜歩が1人取り残されることになった。

 このテーブルは母との二人暮らしには些か大きすぎるのではないかと、喜歩は感じていた。

 本来ならこの場に父と、さらには喜歩の弟か妹が居たのかもしれない。

 

 そんな空想を埋めるように、母の隣の席には一枚の写真が立てられている。そこでは元気だったころの父が、母と共に洋風の城の前でピースサインを掲げていた。

 

 当然ながら父と喜歩の写真はない。この先父が目を覚ませば撮影の機会も来るのだろうが、その可能性はどれほどのものだろうか。

 

 そんな思案を巡らせていると、伝田が父の写真を欲しがっていたことを思い出した。

 伝田は危険な思考に陥りかけていたが、喜歩は純粋に父との繋がりが欲しいと思った。

 故に、カレーを盛り付ける母の背中へ問うてみる。


「母さん、明日父さんと一緒に写真撮って来ていいかな?」

 母の背がびくっと跳ねるのが見えた。

 

「しゃーしーんんんん?」

 まるでホラー映画の様に、舞は眼を剝きゆっくり喜歩へと振り返る。

「か、母さん?」

 あまりにも想定外の反応に、喜歩も肩を強張らせた。


「あ、ご、ごめんね喜歩。あのね、お父さんっておばあちゃんの研究施設にいるでしょ? 機密情報とかの関係で、あまり無闇に写真とか撮っちゃいけないのよ。喜歩がお父さんの写真が欲しいのは分かるけど、それはやめてね」

 舞はカレーを運びながら早口で言葉を紡ぐと、喜歩の前へ乱暴に皿を置いた。

 ガタン、と音が鳴る。

 喜歩は目をぱちくりとさせながら、黙って頷くしかなかった。

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