1-3-2/2 8 母との食卓
「治療の時、やっぱり父さんの体も印刷されたの? B3Pで」
「……なんで、そう思ったの?」
今度ははっきりと、喜歩にも分かるように舞は動揺を見せた。
「なんでって……、そう考えるのが自然じゃない? だっておばあちゃん、B3Pの偉い人なんでしょ?」
不快にさせないよう、言葉を選んだつもりではあった。
それにもかかわらず、舞の顔から困惑の色は消えない。それどころか、眉間の皺がより深くなっていく。
「父さん、意識を失うほどの事故だったんでしょ? その割に体が綺麗だったなと思って。だから多分、怪我の酷かった場所とかはB3Pで取り替えたんじゃないかなって思ったんだよ。おばあちゃんならそうするだろうなって思ったんだ――」
「ああ、そういうことね……」
舞はほっと息をつくと、顔の緊張を解いた。
喜歩が父についてここまで踏み込んで問うたのは初めてであった。
確かに事故の状況を考えれば、舞があまり話したくない気持ちは理解できる。
しかし今までに見たことのない、母の一連の挙動に喜歩は怖いとすら思ってしまった。
「ごめんね母さん。あんまり食事中にする話しじゃなかったかな……」
「いえ、大丈夫よ。喜歩もお父さんのこと、ちゃんと知りたいわよね」
舞は自らを言い聞かせるように首を振ると、喜歩に笑顔を向けた。
「でもね、私もよく知らないのよ。お父さんがどんな治療受けたのか。私はお医者さんじゃないしね」
「それは……、仕方ないよね」
父の治療の全貌を知ることは、それこそ事故の凄惨さに目を向けることになる。舞が知らないでいることは救いなのかもしれない。
「じゃあ、おばあちゃんに聞いてみればいいのかな?」
「おばあちゃんがいいならいいけど……。ところで喜歩、お代わりいる?」
母の態度はまるで話を逸らすようであると感じた。しかし、確かに手元のカレー皿はいつの間にか空になっている。
さらに喜歩は無意識のうちスプーンで皿をかんかんと叩いていた。
母には喜歩が苛立っているようにも見えたのかもしれない。
「うん、食べるよ」
喜歩は皿を持ち、席を立とうとした。
しかし舞はそれを制して言う。
「よそってあげる。いいから座ってて」
舞は喜歩から皿を取り上げると、すたすたとキッチンへと向かっていく。
いつも以上に優しい母の振る舞いには、何か裏があるのではないかと思わざるを得なかった。
だが父についてあまり踏み込まれたくない話題なのだろうと、この場は甘えておくことにした。
母が不在の今、6人掛けのテーブルには喜歩が1人取り残されることになった。
このテーブルは母との二人暮らしには些か大きすぎるのではないかと、喜歩は感じていた。
本来ならこの場に父と、さらには喜歩の弟か妹が居たのかもしれない。
そんな空想を埋めるように、母の隣の席には一枚の写真が立てられている。そこでは元気だったころの父が、母と共に洋風の城の前でピースサインを掲げていた。
当然ながら父と喜歩の写真はない。この先父が目を覚ませば撮影の機会も来るのだろうが、その可能性はどれほどのものだろうか。
そんな思案を巡らせていると、伝田が父の写真を欲しがっていたことを思い出した。
伝田は危険な思考に陥りかけていたが、喜歩は純粋に父との繋がりが欲しいと思った。
故に、カレーを盛り付ける母の背中へ問うてみる。
「母さん、明日父さんと一緒に写真撮って来ていいかな?」
母の背がびくっと跳ねるのが見えた。
「しゃーしーんんんん?」
まるでホラー映画の様に、舞は眼を剝きゆっくり喜歩へと振り返る。
「か、母さん?」
あまりにも想定外の反応に、喜歩も肩を強張らせた。
「あ、ご、ごめんね喜歩。あのね、お父さんっておばあちゃんの研究施設にいるでしょ? 機密情報とかの関係で、あまり無闇に写真とか撮っちゃいけないのよ。喜歩がお父さんの写真が欲しいのは分かるけど、それはやめてね」
舞はカレーを運びながら早口で言葉を紡ぐと、喜歩の前へ乱暴に皿を置いた。
ガタン、と音が鳴る。
喜歩は目をぱちくりとさせながら、黙って頷くしかなかった。




