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虚空に刷る  作者: ベンゼン環P
第一章 B3P
6/13

1-2-3/3 6 人の意識

「結論から言えば、それは和戸くんのお父さんの意識ではないと思う。私、わざと『意識を()()』という言い方をしたけど、それって正確な表現ではないと思うんだよね。印刷するのはあくまでも脳というハード部分であって、意識はその脳に付随して生まれたソフトだと思うの。パソコンのハードディスクが壊れたのなら、取り替えることになるよね。その場合ハードは新品になるけど、取り替える前のデータは無い状態と言える。それじゃ、これまでパソコンに刻んできた思い出はどこに行っちゃったのって話。一方で、以前のハードディスクのデータを何か記憶媒体を介して別のハードへ移動させれば、移動させた先では以前のパソコンと同じように振舞うことができる。で、このデータを人の意識とか記憶に置き換えて考えられるんじゃないかと思う。つまり元の脳の意識を別の脳へ移すってこと。ここでいう別の脳って言うのがB3Pで印刷されたものね。答えがほとんど出ちゃってるんだけど、B3Pでできるのは脳を()()するところまで。意識や記憶を移し替えることではない。だからB3Pでは和戸くんのお父さんの意識を再現できないという結論になる。じゃあ、和戸君のお父さんの意識を、印刷された脳に移し替えることができるというのなら、良いのかという問題が生じるんだけど、その技術はまだ世界に無いのだから今のところは考えなくていいと思う。ここで改めてB3Pで人を作っていいのかという問題に戻るけど、前提として人を新しく作るというか、元となる人を複製するということだよね。でも、意識を別の脳へ移し替えることはできないから、人を作ってはならないんだっていう答えに私は辿りつい……」

 

 身振り手振りを交え、その場を歩き回りながら熱弁を振るっていた伝田だったが、やがてはっとしたように喜歩と天貴の方を見やる。

 喜歩は眉間に皺を寄せ、伝田に畏怖の念を向けていた。

 天貴は相変わらず眼を輝かせていたが、その頭には疑問符を浮かべている。

 

「う、うわ~!! ごめん! つい熱くなっちゃった!」

「大丈夫だよ伝田さん。俺にはちゃんと言いたいこと伝わったと思うから。多分……、6割ぐらいは……」

「おねがい! マッドサイエンティストとか呼ばないで~」

 よほどその言葉にトラウマがあるのか、伝田は頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 喜歩はそれを見てやっぱり可愛いなと思ってしまった。


「う~ん……。とにかく、人の意識は作れないし、作れたとしてもやらない方がいいってこと?」

 天貴なりに伝田の演説を噛み砕いて見たようだ。

 伝田は俯いた姿勢で頷いた。

「じゃあ、喜歩がお父さんと話をするには自然と目を覚ますのを待つしかない?」

「うんそうだね。おばあちゃんも母さんもその日が来ると信じてる。だから俺も待とうかなって。父さんが生きている限り」

 喜歩は歯を出して笑って見せる。


「あれ、和戸くん?」

 頭を抱えた手を蟀谷(こめかみ)にあてたまま、伝田は目線を喜歩へと上げる。

「和戸くんのお父さんは輪奈博士の息子にあたるの?」

「うん、そうだよ」

 従って、喜歩の母と祖母の輪奈とは嫁と姑の関係となる。しかし2人の仲はいたって良好だ。

 今も輪奈は喜歩の養育について経済的に支援していると聞いている。

 

「じゃあお父さんも事故の後、B3Pでの治療も受けてたってこと?」

「うん。……ん? どうだったっけ?」

 喜歩の父親がB3Pによる治療を受けたか。その答えについて、祖母も母親も明確に口にしたことは無い。

 とは言え、父の事故は意識を失うほどの規模だったはずだ。祖母の功績を鑑みれば、B3Pが適用されただろうと推察できる。

 しかし、喜歩はこれまで深く考えたことも無いことに気づいた。


「また今度父さんと会う時、おばあちゃんに確認してみるよ」

「ねえ、お願いがあるんだけど!」

 伝田が立ち上がり、顔をぐっと喜歩に近づける。

「な、なに……?」

「お父さんの写真撮ってきてくれないかな? B3Pで作られた体ってどんな風になるのかなって、私すっごく興味が――、あ……」

 呆然とする喜歩の眼前で、伝田の表情がみるみるうちに青ざめていく。


「わ、忘れて! 喜歩くんのお父さんを観察対象とか思ってないからね!」

 伝田の発言に全く不快感を覚えていなかった。

 心の中で知的好奇心と倫理観とが葛藤している伝田の様子が、ただ面白く、そして可愛いと思っただけだった。

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