7-5-2/2 54 決戦に向けて
「ね、ねえ伝田さん。感想ぐらい言ってくれない?」
奇怪な状況において、無言で流れていく時間に息苦しさを覚える。喜歩は誤魔化すように口を開いていた。
「そうだね〜。こっちと比べてみないと……」
伝田はもう一方の手で、傷のない左側の頬に触れてくる。
「あっ……」
喜歩の全身に妙な心地良さが走り、思わず変な声が出た。
しかし伝田は無遠慮であった。喜歩の顔を両手で挟み込み、ぐっと顔を近づけて来る。
「傷の方がごつごつしてるんだね。こっちはすべすべでもちもちなのに……」
伝田が言葉を発する度、吐息が鼻にかかる。
喜歩は胸の鼓動を抑えるのに必死だった。
「いいな〜喜歩くん。私はニキビが気になってしょうが無いのに……」
「ニキビ?」
喜歩は目だけを動かし、伝田の顔を隈無く観察しようとする。
そしてその右耳の下辺りに微かな赤い膨らみがあると気づいた瞬間、伝田は顔を真っ赤にさせて後退する。そして左手で件のニキビを隠してしまった。
「あ、あんまり見ないでよ!」
喜歩のことはあれだけ観察しておきながら、勝手なことを言うものだと思う。
「母さんあれでも美容のプロだからさ。俺の肌にも気遣ってくれるんだよね。それでちょっといい化粧水とか使わせてくれるんだよ」
「それでかぁ……」
伝田の拗ねた態度にも、喜歩は可愛らしさを見出してしまう。
「ね、ねえ……」
喜歩はごくりと固唾を飲んだ。
「どうしたの? 喜歩くん」
「手術が終わって、傷が消えても……、俺のこと、見てくれる?」
精一杯の勇気だった。しかし伝田はきょとんした表情のままである。その温度差がとても恥ずかしい。
「そ、その……。前に伝田さんB3Pの部分と元々の部分の違いに興味ありそうなこと言ってたし美容皮膚科での治療でどうなったかって気になるんじゃ無いかなってそれに母さんと仲良くなれれば美容のことも教えてもらえると思うよ!」
伝田の顔は直視出来なかった。
しかし隣からゆっくりと紡がれる彼女の声が聞こえてくる。
「……私も、喜歩くんのこと、これからも見てたい。う、うんそう! 観察、観察したいの! 人とはちょっと違う喜歩くんのこと、それに将来の喜歩くんとの子供のことも……。医学的に見てもすっごく興味あるし、出来れば近くで……」
顔は見えないので伝田がどんな表情をしているのかは分からない。分からないので、喜歩の脳内では伝田の可憐な姿が都合良く映し出されていた。
「良かったじゃないか、喜歩くん!」
五味が大げさな笑顔で称えてくる。
「やはりいいものだな。若い者の恋路を見守るというのは!」
「いやちょっ……別にそんなんじゃあ……」
喜歩は冷や汗を垂らし、ようやく伝田に顔を向ける。
「え……。違うの……?」
今にも泣き出しそうな顔がそこにあった。
「ち、違わない! お、おれ伝田さんのこと……」
伝田が少なからず意識をしてくれてはいるのだろうとは感じていた。しかし今日の反応はあまりに手応えが大きい。ここは少し真剣になるべきだと思った。
喜歩は背筋をピンと伸ばし、一度大きく息を吸って吐き出した。
「俺、傷を治して、おばあちゃんの裁判で証言台に立って……。この戦いが終わったら、伝田さん。俺と……」
しかし言葉が続かなかった。
言わなければ伝わらないのに、肝心な言葉が出てこない。
伝田も凛とした佇まいで続きを待っているようだ。
「喜歩くん。そいつは死亡フラグという奴だよ」
沈黙を破ったのは五味だった。
「死亡……、フラグ……?」
聞いたことの無い言葉だった。
五味は時折漫画のシーンやセリフを引用して来るため、恐らくはその類であろうとは思った。
「おや? 今の時代では死語だったかな? だったら大丈夫か。喜歩くん、胸を張って戦いに挑んで来るといい!」
「は、はい!」
内面はともかく、見かけ上の貫禄は凄まじい五味の叱咤は心強かった。
「玲ちゃんも……喜歩くんの言葉の続きは裁判の後かもな。それでもいいかい?」
「……は〜い」
少し不服そうにする伝田の振る舞いが、喜歩の心をぐっと掴んでいた。
「だが、久世博士が全くお咎めなしとはいかないとは思う。だから時が経った時に、久世博士の楽しみになれるような関係を2人で築いてもらえれば、私は嬉しいかな」
決定的な発言などしていないのに、まるで結婚の報告でも促すような口振りである。
だが伝田は拒絶する様子も無い。
「その頃になれば玲ちゃんは医学部で奮闘中かもしれないな。今よりももっと久世博士と話したいことも増えているだろう。久世博士はあれでオタク気質なところがあるからなぁ……。玲ちゃんとは気が合いそうだ!」
「え? それどういう意味ですか!?」
伝田は頬を膨らませる。
一方で、喜歩も伝田と輪奈の気が合いそうだという見解には同感だった。
喜歩もそれ相応の努力をしなければ、伝田の好奇心に追いつけなくなってしまうだろう。
裁判を戦いの終わりにするだけではない。伝田と歩む道のりの一歩にしようと心に決めた瞬間だった。




