7-5-1/2 53 決戦に向けて
弁護側、検察側共に輪奈の初公判への段取りが着実に進行していた。
一方で喜歩も輪奈との顔合わせに向け、隣県の美容皮膚科へと通院することになった。
B3Pで印刷した皮膚を移植するまでもなく、レーザー治療でもある程度傷痕除去が可能であるとの説明を受けた。しかし喜歩と舞は、飽くまでもB3Pの使用にこだわった。
美容皮膚科に訪れる患者の多くは、自身の美容方針について確固たる考えを持つらしく、医師としても患者の意思を尊重する方針のようだ。
レーザー治療より費用と時間がかかる旨を説明を受け、舞がそれに了承したため、希望通りB3Pが使用されることとなった。
バイオインクの作製のため、喜歩の細胞の採取が必要となる。
喜歩の二の腕に局所麻酔を施した上で、生検用のメスで皮膚を切り取る。術式はものの20分程度で完了し、サンプリングによって生じた傷もごく小さなものだった。2周間程度保護フィルムを貼っておけば、その傷は治るそうだ。
そして採取した細胞から多能性幹細胞を作製し、頬に適した細胞へと分化させバイオインクを作製する。移植用の皮膚片を印刷するまで、およそ1ヶ月要する見込みとなった。
移植手術後の傷の治癒を含めても、証言台に立つまでにはどうにか間に合うスケジュールである。
その手術の前日、喜歩はこれまで世話になった感謝の意を表すため、五味の学習塾へ訪れていた。
そこには当然のことながら、伝田が同席していた。
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「五味先生、今日までありがとうございました」
学習塾の席につき、改めて礼を述べた。
「ははは。そんなにかしこまって……。私がしたことと言えば漫画を貸したぐらいじゃないか」
「もちろんそれもあるんですが、父を組み上げてくれたことについて……」
喜歩はそう言いつつも、五味の雑把な性格にその事実を忘れそうになる。
「ああ、なるほどな。とにかく喜歩くんがRNT02に歩み寄ることが出来たようで何よりだ」
五味は歯を出して笑う。
「あの……五味先生は何も無かったんですか? ……その祖母の共犯者扱いされたりは?」
「取り調べは受けたよ。私の任意だったがね」
「え? そうだったんですか?」
あまりにもことのなさげな言い方に、かえって面食らってしまった。
「じゃあ、五味先生も裁判を……?」
「いや、不起訴になったようだね。理由は教えてもらって無いが、多分年齢を考慮してもらったところや、今後再犯の恐れが無いと判断されたところもあるんじゃないかと思ってる」
「再犯の恐れなし……、ですか」
ことの発端は輪奈によるRNT02のパーツの印刷に始まる。B3Pが世間一般に使われるようになって久しいが、輪奈でも無ければそこまでの技術を発揮することも出来ないはずだ。その輪奈を当分刑務所の中で無力化することになれば、五味を始め誰も人の全身再現に関与することもないだろう。
「私はもう医者に戻るつもりもないしね。残りの人生、心ゆくまでアニメを堪能するつもりだ」
「え〜」
喜歩の隣で伝田が口を尖らせていた。
「もうしないんですか〜? 私も見たかったな〜。人間の組み立て〜」
伝田と過ごす時間も長くなり、喜歩はこの程度の発言には動じなくなっていた。
「だったら玲ちゃんが頑張って医者になるしかないな! まだ先は長いが、出来る限りのサポートをさせて貰おう」
「はい! よろしくお願いします!」
漫画の影響で医者になった五味と、人の中身が見たいから医者を目指すという伝田。いずれも高尚な動機とは言い難いのだろうが、五味の指導を受けた伝田なら、常識をも打ち破る優秀な医師になれるだろうと思った。
一方で、伝田が自分以外の人間の内から外まで見ることになるのだろうかと思うと、少しばかり胸に引っかかりを覚えてしまった。
「伝田さん、俺の傷明日にはなくなっちゃうけど見とかなくていいの?」
「あ、そっか!」
伝田は喜歩へと顔を向け、右の頬に向かって手を伸ばす。が、触れるすんでのところで手が止まる。
その表情を伺うと伝田のうずうずとした様子は伝わって来た。これでも最低限の道徳観は持ち合わせているようだ。
「いいよ触って。見た目はこんなのだけど別に痛みは無いし」
「じゃ、失礼して……」
そう言うと伝田は人差し指を立て、ちょんちょんと優しく突いてくる。しかし、やがてそれでは満足できなくなったのか、手を広げてケロイドをこねくり始めた。




