7-4-3/3 52 顧問弁護士
「B3Pで印刷した皮膚を移植するのよ」
「B3Pで!? それってなんかこう、もっと大きな怪我に使うもんじゃ無いの?」
喜歩の怪我も2針縫うことにはなった。喜歩にとっては大きな怪我ではあるが、切断などに比べると些細なものである。B3Pを使うまでもないのに、柳織研への入院は、何となく肩身の狭さを感じていたぐらいだ。
「美容皮膚科というところでは、怪我でなくてもB3Pが使われているわ。私も職場のアルバイトの子から教えてもらったんだけど……」
「美容皮膚科? 母さんの店とは違うの?」
「いやいやいや……。エステサロンと美容皮膚科とじゃ全然違うわ」
舞は少し呆れたように首を振る。
「怪我の治療じゃ無くて、美容を目的に仕事しているお医者さんがいるのよ。喜歩の傷痕も綺麗にしてくれるはず」
「B3Pを使って? そんな方法があるなら、もっと多くの人が利用する気がするけど……」
「そうね……。美容皮膚科や美容外科に抵抗感を持つ人は少なくないから、そのせいかもしれないわ」
ましてや倫理的問題を抱えるB3Pの応用である。まだまだ一般的には忌避される立ち位置なのか。そんな疑念が湧き上がる。
「あ、そうだ……。保険の授業でもB3Pが美容目的で使われてるって言ってたかも。確かズルとまでは言わないけど、生まれ持った個性を犠牲にする行為ではあるって」
「それはその通りね。B3Pを使う使わないを抜きにして、私も美容のためにメスを入れるなんて人として逸脱した行為なんじゃ無いかって思ってた時期があった。でも美容に携わる者の端くれとして、少しずつ考えは変わっていったわ」
「……お客さんの中に、手術の相談をする人がいた、とか?」
「ええ、それはよくあるケースね。美容に対する意識の高い方が来られる業界だから」
先ほど舞はエステサロンと美容皮膚科とでは違うと言った。しかし客の目的を考えれば通ずるものはあるのだろう。
「ねえ、そのお客さん達は人から逸脱するために手術したいんだと思う?」
「そんな訳……無いじゃない」
意地の悪い聞き方だと思った。
「そうよね。逸脱だなんて周りの人が勝手に思っているだけ。ご本人達は純粋に綺麗になりたい、輝きたいと思っているわ――」
「親猫ってさ」
ふと思ったことを口に出して見る。
「ん? 猫がどうしたの?」
「子猫の傷を舐めたりするじゃない?」
「そうね、私も見たことあるわ。多分手当てのためよね、あれは」
「うん。動物でも怪我の手当てするんだなって。でも、美容までは気を使わないよね。だから、その……。美容ってむしろ人間らしい行動……なんだと、思いました……。はい……」
自身の発言にだんだんと自信が無くなり、声が小さくなっていく。
ところが舞は、関心の表情を浮かべていた。
「面白い考え方ね。それが思いつくってことは施術に前向きになってくれたのね?」
「……うん」
喜歩はこくりと頷いた。
舞は満足気に微笑む。
「中にはね、家族の絆を取り戻すために施術をする人もいるのよ」
「家族の絆? 人からの逸脱じゃ無いにしても、むしろ家族の縁から離れるために施術しようって人が多い気がするけど……」
少なからず、親からもらった顔貌を捨て去ろうとする行為である。親との縁を積極的に切るための手段ともなり得る気がした。例えば毒親と呼ばれる部類の親に対しては、その動機も理解できる。
「美容は今よりも綺麗になるだけじゃなくて、元の姿に戻す場合にも使われることがあるわ。裸の付き合いも出来なくなるタトゥーを消したり、親の意向にそぐわないピアスの穴を塞いだり……」
「あー……。確かに家族との関係修復にも繋がるのか……」
「喜歩が受けようとしている施術も、顔を元に戻すためのものでしょ? それはお父さんからもらったもの、ひいてはおばあちゃんからもらったものを取り戻すってことよね」
喜歩の見てきた父の姿には、目立った傷など無かった。つまり、輪奈は事故直後の輪太を再現したのではなく、我が子の安らかな姿を望んだのだと言える。喜歩の痛々しい傷跡より、綺麗な顔を見せた方が輪奈をより安心させられるのではないだろうか。
「何よりB3Pはおばあちゃんが世に送り出した技術よ。美容皮膚科におばあちゃんがいる訳じゃ無いけど、喜歩がおばあちゃんの力を頼ったって意思表示になると思う。……喜歩とおばあちゃんの勲章と言ってもいいんじゃない?」
喜歩も一時はB3Pで印刷されたRNT02を拒絶する態度を見せてしまった。一方で傷痕を消す行為なら、B3Pを受容したことも示せるはずだ。
「B3Pに対する理解が深まればもっと皆利用するのかな? 美容皮膚科」
「どうなのかしら? 確かにアンチのような方はいるのだけれど、個人的にはそこまでタブー視する人はいないんじゃないかと思ってる。それよりもお金の問題が大きいのではないかしらね」
「お金……か……」
それも当然かと思う。
「美容目的だとね、保険適用もされないのよ」
「え? じゃあ俺の怪我も?」
「その可能性が高いわね。既にお医者さんから生活に支障なしと判断されて退院した訳だし」
つまりここから先に何か施すとなると、それは患者任意の追加オプションと言っても良い。
「保険適用なら患者の金銭負担が3割のところ、そうで無ければ10割負担よ。」
「え、じゃあ俺が手術するのも母さんにとって負担になるんじゃ……」
急に後ろめたさがこみ上げ、舞に向ける目に心苦しさが浮かび出す。
「あーあー……。そう言う意味で言ったんじゃ無いの。お金がかかるからこそ、そこに明確な意思があったって言えるってことよ。おばあちゃんが作ってくれた技術を積極的に利用したいって言うね」
施術を受ける決意をするのは喜歩だ。
しかしその費用を負担する舞も、輪奈の力を借りたいという意思を示すことになる。
舞の言葉から滲み出た決意をしかと受け止め、喜歩は大きく頷いた。




