7-4-2/3 51 顧問弁護士
「……母さんも手紙読んだってことだよね?」
「ええ、まあね。よく書けていたんじゃないかしら。好きな人って誰のことなのか気になったけど……」
確かにそんなことを書いていた。
意識の無い者への手紙だからそこまでの胸中を明かせたということだ。それは喜歩の心の声が綴られた証拠とも言える。
「かかかかかあさんのことだよ!」
「あら嬉しい! ……今日もキスする?」
悪戯な笑みを浮かべる舞に、喜歩はベーッと舌を剥き出しにした。
しかし舌の乾きは著しい。その表情も長くは続かず、次第に冷静さを取り戻していく。
「いや、恥ずかしがってもいられないね。これから知らない人達にも披露するんだもん」
「その通りよ。胸を張って挑みなさい」
舞は自らの胸の辺りをぽんぽんと叩いて見せる。
「それから、おばあちゃんは元気みたいよ。聞かれたことを素直に話せば、検察の人も厳しくは接しないんだって」
「弁護士さんがそう言ってたの?」
「ええ。あの日、喜歩が会いに来ようとしてくれたことが嬉しかったとも言っていたそうよ。だからまた喜歩と会える日のために頑張ろうと思えるんだって」
舞は前向きな言い方をしているが、やはりこればかりはもっと上手く振る舞えたなと感じてしまう。
自身の軽率な行動のために、輪奈と仲直りをする前に会えなくなってしまったのだ。デモ集団に食ってかかるにしても、その日の目的を終えた後でも遅く無かったと思う。
「また会える日って、裁判の日ってこと?」
「ええ、そうなると思うわ。と言っても、法廷でおばあちゃんと直接話をすることは難しいのだろうけど……。顔を合わすことはできるはずよ」
それでも良いと思った。
輪奈に暴言を吐いてから、顔を合わせることさえ恥ずかしいと思っていたぐらいなのだ。
いざ輪奈を前にした時、喜歩が目を逸らさずにいられたのならそれは大きな前進だと言える。
「ところで喜歩」
「何?」
ふっと、舞の表情が真剣なものになったので喜歩もそれに応える。
「今日は私、朗報のつもりで話してたんだけど、ちょっとは笑ったらどうなのよ」
「あ……。そ、それはそうだよね。とにかくおばあちゃんが元気そうなら良かったよ――」
喜歩は微笑もうして口角を上げる。
ところが保護フィルムが引きつり、笑顔は強張ったものになってしまう。
「剥がしたら? それ。傷はもう閉じたんでしょ?」
「う、うん。その方がいいよね……」
提案に従い喜歩はフィルムへと手を伸ばす。
しかしフィルムの端へ爪をかけようとしたところでぴたりと手が止まった。そしてばつが悪そうに舞の目を見つめる。
「もしかしてまだ痛むの?」
「そう言う訳じゃ無いんだけど……」
逡巡を覚えつつ、実物を見せた方が話が早いだろうと意を決した。
皮膚を刺激しないよう、ゆっくりとフィルムをめくっていく。
「……!」
フィルムの下が露わになるにつれ、それを見る舞の表情が歪んでいく。
「こういう傷って多分一生残るよね? ほっといても多少はましになるんだろうけど……」
喜歩の泣きぼくろの下から、赤く腫れ上がる筋が真っすぐに伸びている。その様は泣きケロイドとでも名付けるのがふさわしいだろうか。
「ごめんね。そんなになっていたのに気づいて上げられなくて……」
舞の声が震え、目から涙が零れ落ちる。
「い、いや……。俺が隠しちゃってただけだし……。でも大丈夫だよ。こういう傷って誰しも1つぐらい持ってるでしょ? それに俺のは、くんしょーってやつになるよ!」
五味の蔵書の中にも、顔に傷を持つキャラクターは数多出現する。そしてその多くが、傷を負うことになった深いエピソードを持つ。
喜歩の傷も、祖母に仇なす存在に立ち向かった結果なのだ。
「勲章だって言うのなら、もっといい方法があるわ……」
舞は鼻をすすり、潤んだ目で喜歩を見る。
「え?」
「本当は消したいんでしょ? 今日まで隠してたくらいなんだから……」
「う、うん……。出来ることならそうしたいけど……」
漫画に限らず、現実にも深い傷を残したまま生活を営む者がいる。
故に喜歩も受け入れて生きていかねばならないのだと諦めかけていた。
しかし希望はまだあるというのだろうか。




