7-4-1/3 50 顧問弁護士
喜歩が生徒指導室で新たな決意を掲げてから2週間。
顔の傷の抜糸は済み、体育の授業への参加も許可されていた。
しかし、喜歩は傷を覆っていた保護フィルムを未だ剥がすことが出来ないでいた。喜歩のキャラクターを成す泣きぼくろも、そのフィルムの下に隠されたままである。
またその怪我の原因となった男は、喜歩の入院費の支払いと、今後柳織研前でのデモ活動に参加しないことを条件に、舞との間で示談が成立していた。
結果男は不起訴処分となり釈放されることとなったが、喜歩としては今後顔を合わすことがないのならそれで十分だった。
一方で、輪奈の捜査も着実に進行していたようである。
守秘義務の観点から喜歩の知り得た情報は極めて少なかったものの、検察から舞へと連絡が入った。その目的は、想定していた通り舞と喜歩のDNA検体の提出依頼である。それはつまり、輪奈が洗いざらい供述した結果と言えるだろう。
また舞も喜歩も、真実を明かした上で厳正なる審判を下されることを望んでいた。
さらに喜歩は、この機会にRNT02との絆を証明することが出来るのだと捉えていた。
従って検体の提出は任意ではあったが、特に拒否することも無く検察へ応じることにした。
鑑定の結果は公判で明かされることとなる。
当の輪奈本人は、関与した事件の重大さから接近禁止を敷かれていた。従って弁護士を除く者は彼女との勾留中の面会の一切が叶わなかった。
輪奈の裁判に関する情報共有は、舞が担当弁護士を介して行われることとなる。
喜歩は舞に証言台に立ちたい旨を述べ、弁護士にその意思を伝えるように頼んだ。
舞は喜歩の発言に驚きつつも、息子の確かな成長に顔を綻ばせた。
そしてその日の喜歩の登校時、舞から弁護士と会うため帰宅が遅くなると告げられた。
故に一日、喜歩は落ち着かない学校生活を過ごすこととなった。
下校後手早く宿題を済ませると、冷蔵庫の中身を確認した。そして持てる技能を駆使し、夕飯を作りながら母の帰宅を待つのだった。
――――――――
「あらあら、えらく頑張ってくれたのねぇ」
食卓に並ぶ品々を見て、舞は感嘆の声を漏らした。
「うん、まあ……。時間があったからね、母さんが帰って来るまでに」
「ふふふ。ごめんなさいね、えらく遅くなっちゃって」
舞は上機嫌そうである。弁護士との面談が悪いものでは無かったのだと期待が膨らんだ。
「とにかく食べよ! ハンバーグちょっと焦げちゃったけどおいしいよ! ……多分」
「はいはい。……ポテトサラダもすごくカラフルねぇ。コーンにニンジンにキュウリ? 私ここまでやったことあったかしら……」
目を丸くしながら席に着く母を見て、喜歩は確かな充足感を覚えた。
2人でいただきますを唱えて食べすすめる。
「あ……。味噌汁なんか味変かも……。味見の時もうちょっとおいしかった気がするんだけど……」
「そう? 十分食べられるわよ。……まあ多分、この感じは煮立たせすぎなのかもね。味見した後も火を余分にかけちゃったんじゃ無い?」
「うーん……言われてみれば確かにそうかも。母さんいつ帰ってくるんだろうってそわそわしちゃってさ」
こうして母との日常を取り戻せたことを嬉しく感じる。
当然輪奈は拘留中で、何も課題は解決していない。しかし喜歩の行動方針が定まってしまうと、不安感などあまり湧いて来ないようだった。
「また落ち着いた頃に料理教えて上げるわよ。喜歩もなんか興味出て来たんじゃない?」
「うん。今日やってて楽しかった。……今度は揚げ物とか挑戦してみたいかも」
「揚げ物ね。いいわよ。でも私がいない時には無理してやらないでね。失敗したら片付けが大変だから」
「う、うん!」
実際のところ、先週フライドポテトを作ろうとしてコンロ周辺を盛大に汚してしまっていた。確かに証拠隠滅を図るのは大変だったなと思う。
「そ、それよりもどうだったの? 弁護士の先生とのお話は? こもんべんごし? だったっけ、柳織研の……」
「そうそう。あれだけ大きい施設だとそういう人もいるみたいね」
舞はハンバーグを箸で一口大に切って口に入れる。そして満足そうにほほ笑んだ。
「喜歩が証言台に立つって話、問題なさそうよ。弁護士さんも感心してたわ。喜歩の心意気を知って」
「良かった……」
喜歩はほっと息をつく。
「証言する内容も手紙に書いてあることだけでしょ? その手紙を確認してもらったけど、法廷で話しても問題無いって言ってもらえたわ」
北窓に手紙を読むと宣言したその日、後になって思い切った決断をしたものだと感じた。
その一方で、法廷に臨む覚悟は日に日に強固になっていく。喜歩の心の片隅にはいつも父を思う気持ちがあったのだ。




