7-3-2/2 49 生徒指導室
「あの……。祖母のニュースで気になりませんでしたか? 過去に息子を喪っていたことと、その息子によく似た人間が祖母の研究室から見つかったことについて」
「ああ、そんな内容だったな。……明言はされていないが、久世博士が何をしたか、まるで視聴者の意識を操作するような報じられ方だったと思う」
そしてその意識は既に、インターネット上ではまことしやかに囁かれ始めている。
「印象操作は僕にとって不快なものではありますが、大体皆が想像している通りであってます。もちろん、行き過ぎた妄想を膨らませている人達もいますけど……」
「……あの日授業で議論したことが既に現実になっていたと?」
喜歩はこくりと頷いた。
「その見つかったという人間はB3Pで印刷されたクローンです。亡くなった祖母の息子の細胞を元に作製したものです」
「和戸にとっては伯父の細胞ということか?」
喜歩は少しげんなりする。
喜歩自身も伯父と認識した輪太だが、恐らく北窓は誤解をしている。伯父という言葉を使わない方が、説明が容易になりそうだ。
「祖母が出産した子供は1人だけです。そしてその当人が亡くなったのは僕が生まれる8年も前です。にもかかわらず、僕がDNA鑑定をすれば正しく祖母の孫だと証明されます。……そのはずです」
不意に自身の発言に自信を失った。
考えてみれば、喜歩本人もRNT02の子供であるという科学的根拠を示された訳では無いのだ。
数日前にはRNT02との関係性に拒絶感があった。しかし今ではむしろ、その絆を保証されて欲しいと感じるようになっていた。
「ん? つまり……」
北窓は真相に辿りつけていないのか、辿りついていても言葉を選ぼうとしているのか、ぐっと眉を顰めた。
「僕の父親はクローンの方です」
「そう言うことか……」
「法的に父の存在は許されていません。祖母の裁判次第ですが、恐らく近い内に存在を消されます。法に基づいて……」
改めて父の運命について口に出してみると、背筋にぞっと悪寒が走る。
「僕も最近まで、父のことは事故で植物状態になったと聞かされていました。そしていつか目覚めて話をすることも出来るんだって信じていました。でも……それについてはもういいです。せめて……、俺の導き出した答え……、父さんに、聞いてもらいたくて……」
「和戸……」
喜歩の出した答えとは、RNT02を父親だと認めたことである。このままでは父の存在と共に、答えの行き場を失ってしまう。
「このままお別れなんて嫌なんです……」
喜歩はうなだれ、首を振る。
「親父さんは今どうしてるんだ?」
社会的には現在、RNT02は証拠品という物品扱いである。そんな中、北窓の親父さんという言葉には細やかな温もりを感じることが出来た。
「警察の管理下に置かれているようです。証拠品としての状態保存のため、医師の誰かが生命維持の措置はしているらしいですが、祖母の手を離れて生きていけるのかどうか……」
現在RNT02を延命させている医師は柳織研の外部の人間のはずだ。B3Pで印刷された人間を扱うノウハウなど無い一般の医師である。
もしその医師にもRNT02の生命維持が可能なら、RNT02は植物状態の普通の人間として見なされないだろうか。
そう考える一方で、そのままRNT02の生命活動が停止したとしても、担当する医師を責めることなど出来ないと思う。そしてRNT02は、特別な条件でしか生きられない作られた存在と認識されてしまうのだろう。
「先生……俺どうすればいいと思いますか?」
北窓の願いに反する状況だと言わざるを得ないが、自ら答えを出せなくなってしまっていた。
しかし国家権力によってRNT02の命運が握られている以上、ここから先は喜歩の望んだことを叶えられるとは限らないのだ。
「……和戸が証言台に立つことは出来ないのか? 裁判で」
「証言台?」
喜歩は頭を上げ、北窓の目を見る。
「ああそうだ。俺も裁判について詳しく無いが、被告人の家族なら証人になれたんじゃ無かったかな……」
「なる、ほど……。でも父さんが法廷に連れて来られることはないと思います。俺はまだ父さんにありがとうすら言えてない……」
あの日、デモ集団に食ってかからなければ父に会えるはずだったのに。それが何よりも、今の後悔の種だった。
「和戸の言葉は親父さんに直接届かないかも知れない。でも少なからず、和戸の証言が親父さんの運命を変える可能性があるはずだ。それは和戸の答えを示したことになるんじゃ無いかな?」
「そうかも……、しれません!」
暗がりの中に、一筋の光を見た気がする。
喜歩は席から立ち上がった。
「俺、証言台に立ちます。立って……、そうだ! あの日読めなかった手紙を読みます!」
「手紙?」
「はい。本来は研究室で眠る父さんに読むつもりでした。今は証拠品として押収されていますが……。でも、それなら俺が生きてて幸せだったって主張出来ます! 父さんが居なきゃ、俺は生まれて来ることも出来なかったんだって!」
手紙の内容に至っては一度は目を通した警察からのお墨付きと言える。
輪奈の罪を軽くするために書いたのではなく、喜歩の純粋な気持ちで感謝を伝えようとしたのだと証明することが出来るのだ。
「よく言った! 和戸、その決意は立派だと思うぞ!」
北窓は拍手で喜歩を称えて来る。
「はい! 俺、頑張りま――、ぐぁ〜……」
喜歩は顔の傷を押さえ、学習机に突っ伏す。
「どうした!? 大丈夫か?」
北窓は喜歩の肩に手を置いた。
「す、すみません……。傷が痛むんです……。笑おうとすると、特に……」
「な、るほど……。それは無理しちゃいかんな。笑うのを我慢しろと言うのは酷だが、当分お笑い番組は禁止だな」
北窓の冗談めかした言い方に思わず笑いそうになったが、喜歩はどうにか耐えた。
「は、はい……。大丈夫です。裁判までには笑顔を取り戻して見せますから……」
被告人の証言者として笑顔は不適切かもしれない。
しかし、それこそが喜歩が示したい生きた証なのだ。




