7-2-2/2 47 入院
「おばあちゃんは今どうしてるの?」
状況的には今この場に輪奈が居ても良いはずだ。これまでの諸々を含めて、心から謝りたいところである。
「……逮捕されたわ」
「え?」
喜歩の懸念は既に現実となっていたらしい。
愕然として口をあんぐりと開ける。
「全ておばあちゃん任意の証拠提出に基づく逮捕よ。喜歩の手紙を調べられる前にね」
「任意って……。なんで……?」
疑問を投げつつ、輪奈ならそうするのだろうとは感覚的に理解出来ていた。
「俺の……せいだ。アンチに食ってかかったから……」
「喜歩。おばあちゃんの任意だって言ってるでしょう? 喜歩のせいじゃ無いわ」
喜歩が自己嫌悪に陥らないように。その配慮も証拠提出の動機と成り得たことだろう。
「じゃあ、父さんの部屋にも警察が?」
「ええ、RNT02の扱いは難しいところだけど、お義母さんの逮捕に踏み切る証拠としては十分だったみたいね」
一目見ただけではRNT02は眠り続ける普通の人間だ。
しかし柳織研の入院記録や、市の戸籍情報等調べれば不審な点は多々見つかるはずだ。今まで隠し通せたことが奇跡的なぐらいである。
「これから検察を含めた本格的な捜査が始まる。おばあちゃんともRNT02とも、当分会うことは出来ないわ」
「そんな……」
ようやくRNT02を父親だと認められたところであった。そして輪奈にもあの日以来おばあちゃんと呼べていないのだ。
喜歩は肩を落として項垂れる。
「RNT02が何者であるか明確にするため、証拠も集められるでしょうね。喜歩と私のDNA鑑定も行われるはずよ」
「DNA鑑定……」
「頬の裏をちょっと綿棒で擦るだけだから痛みはないって聞いたわよ。検体の提出も拒否したところで、強制捜査に踏み込まれることになるだろうから大人しく従った方がいいようね」
輪奈が自ら証拠を差し出しているぐらいである。検体を求められる段となれば、喜歩が拒絶する理由もない。
「父さんはどうなっちゃうのかな?」
「そうね……。何分過去に事例も無いことだから、RNT02の身柄がどうなるかは裁判での争点にはなるのだろうけど……。あなたが生まれる前にお義母さんは、良くて火葬、最悪の場合廃棄物扱いと言っていたかしら……」
結果は変わらないが、火葬となればRNT02が人間として判断されたことになるのかも知れない。
とは言えもはや喜歩にとっては大きな問題ではなかった。喜歩自身がRNT02を父親だと認めているのだから。
しかしながらこのまま別れも告げずに存在が抹消されてしまうのだとすれば、どうにもやるせない思いが込み上げる。
「……おばあちゃんが無罪になれば?」
「もちろんその場合、お義母さんの勾留は解け、RNT02も生かされることになると思う。まあ……お義母さんのやったことは軽犯罪の範疇でも無いし、証拠も明らか。起訴はされるだろうし、有罪前提で刑の重さを巡る裁判になるでしょうね。日本の司法において、有罪率は99.9%と言われているわ」
「母さん、なんか詳しいね……」
「うんまあ……。いつかこんな日が来るかもってちょっと調べてたのよ、法律について」
道理で置かれた状況の割には冷静な訳である。
「じゃあ俺と母さんは? 俺は生きてていいんだよね」
「当たり前でしょ。喜歩は何も悪いことして無いんだから。……私はそうとも言い切れないけどね」
「母さん……」
舞は輪奈の犯罪を支援したようなものである。果たしてお咎めなしといくのだろうか。
さらに考えてみれば、輪奈はB3Pによる功績は多くの人の仕事に支えられていることを強調していた。しかし今となってはそれが仇にしか感じない。これまでB3Pに携わって来た人々まで罪に問われてしまうのでは無いだろうか。
特に五味に至ってはどうなるのだ。RNT02を組み立てたとなれば、輪奈を幇助する行為と見なされることは避けられまい。
「俺、何か出来ることあるかな」
喜歩の出生の秘密を知った時はやり場の無い憤りを覚えた。
しかし輪奈にしても舞にしても、いずれ罰を受ける覚悟をしていたことははっきりと分かった。喜歩が咎めるまでも無かったのだ。今ではその覚悟に感謝しか感じていなかった。
返せるものならこの恩を返したい。
「どーんと構えてればいいのよ喜歩は。私達にとって、喜歩が元気でいることが一番の誇りなんだから」
舞は歯を出して微笑んで見せた。
「そう、だよね……。天貴も言ってた。みんなの思いに応えるために精一杯生きなきゃって」
RNT02は存在の許されない隠された存在だった。しかし、これからは世間からの関心を集めることとなるだろう。
主に非難の対象とされるのだろうが、裏を返せば喜歩とともにその姿を披露するチャンスでもあるのだ。
喜歩の無病息災な様を知らしめれば、輪奈とB3Pに対する一定の賞賛も得られるのではないか。
舞の言う通り、元気でいることが今の喜歩に出来ることだ。
「母さん、俺……。いった!」
決意表明のため、大げさに笑顔を作ろうとした。
結果、顔の傷に本日最大の痛みが走る。喜歩は前屈姿勢に体を畳んで悶絶する。
「あーあー、無理しないで喜歩。今すぐじゃなくていいから、いつか飛びっきりの笑顔を見せてちょうだい」
舞は呆れた表情を浮かべながら、喜歩の頭を優しく撫でた。
喜歩はもう、母に触れられることに拒否感を覚えなかった。むしろもうしばらく、この温もりに触れていたいと思った。




