1-2-1/3 4 人の意識
北窓の授業の後、喜歩は友人の天貴と向き合い昼食をとっていた。
喜歩の手元には、2段式の弁当箱をばらした細長い箱が2つ置かれている。
その内の1つには唐揚げがメインを飾り、その横にレタスの緑、トマトの赤、卵焼きの黄色が彩りをもたらしている。
もう1つの箱の中では米が窮屈そうに詰められていたのだが、既に半分ほど食べ進められている。その上に散りばめられたのりたまは、別添えのふりかけの袋からかけたものだった。
いずれも食べ盛りの喜歩を思う母の気持ちが伝わるものである。
「喜歩のおばあさんがB3Pを作ったんだよね?」
「そうだよ。まあ作ったと言うか、実用化に成功したと言うのが正確なんだけど……。B3Pで印刷した心臓の移植を、世界で初めて成功させたことが注目を浴びたんじゃ無かったっけ……」
喜歩は食べる手を止め、天貴の顔を見る。
「さっきの授業、教科書におばあちゃんの名前が出て来てちょっと照れくさかった……」
箸を持つ右手の指で、そっと自身の頬をかく。
久世輪奈、喜歩の祖母の名前だ。
喜歩がB3Pについて少し詳しかったのは、これまでにも知識として触れる機会が多かったからである。
「でも伝田さんもすごかったな、B3Pについて真剣に考えようとしてて、まるで自分のことみたいに嬉しくなっちゃった」
喜歩は首を振り、教室の伝田の背中に視線を送る。声が聞こえたのか、伝田はこほんと咳払いした。
「俺、B3Pのことまだまだ分かってないんだなって思った」
「北窓先生、原理的なところは詳しく話してなかったよね。喜歩がたまに口にするたのーせーかんさいぼー? の話とか無かったし」
「それはちょっと思ったかな。保健の授業だから、理科的な内容とは趣旨が違うんだろうけど。でもおかげで新しい視点を得られた気がする」
「喜歩もすごいよ!」
天貴は机をばんと叩き、立ち上がる。
「え?」
無邪気に眼を輝かせる天貴を見て、喜歩は困惑を隠せない。
「喜歩は本当はもっとB3Pについて詳しいはずなのに、それをひけらかすでもなく、知らないことは知らないって言えるんだもん」
「あ、あー……、ありがとう……」
再び恥ずかしくなってくる。
喜歩はあくまでも自然に振舞っただけであり、褒められる心構えなどしていなかった。
――そんな風に人を褒められる天貴も十分すごいよ。
心の中でそう思ったものの、余計に恥ずかしくなりそうだったので口には出さないでいた。
「ねえ、喜歩。実は僕の心臓、B3Pで印刷された物なんだ」
「え? そうだったの!?」
またしても知らないことを突きつけられた。
「うん。と言っても僕が小さい頃の話だから良く分からないんだけど……、生まれつき心臓に問題があったんだよね。……あれ?」
「どうしたの?」
「伝田さんは障害が個性なんじゃないかって言って無かったっけ? もしかして僕も個性を奪われちゃった?」
「ああそういうこと、それは――」
「そういうことじゃないよ保院くん」
堪り兼ねた様子で伝田が席から立ち上がり、喜歩と天貴の元へと歩いてくる。
「私が読んだ本の人って、手足が無くても割と普通に生活してたようなんだよね。もちろん周囲からの手助けは必要だったとは思うけど。それさえあれば私達と同じように生きていけたってこと。でももし、保院くんが小さい頃に心臓を取り替えていなければ……」
伝田の声が次第に小さくなっていく。そして節目がちに天貴の顔色を伺う。確かに天貴の禁忌に触れかねない発言ではある。
「そうだね。今頃生きてなかったかも!」
しかし天貴は楽しそうだった。
「個性云々の前に生きて無ければ意味が無いだろう?」
話の輪から外され無いように喜歩も切り出す。
「だから天貴のお父さんお母さんも、B3Pの力を借りて天貴を助けたいと思ったんだよ」
天貴に教えを説くような口調になってしまったが、内心では彼が生きていて良かったと感じていた。
「ところで伝田さん。伝田さんはB3Pに興味あるの?」
喜歩は饒舌になっていた。日頃から伝田と会話することは無かったが、密かに可愛らしい子だと思っていた。この機会を活かさない手は無い。
「うん。B3Pと言うか、将来医者になりたいと思ってて……」
「すごい!」
はにかみながら語る伝田に対して、天貴は相変わらず無邪気そうである。
「いや、そんな……。なりたいって思ってるだけで、まだ何とも……。勉強の成績もそこまでだし……」
「僕は伝田さんみたいな人や、喜歩のおばあさんみたいな人に助けてもらってたんだね! ちゃんと感謝しなくちゃ!」
満面の笑みを浮かべる天貴を見て、喜歩と伝田は絶句する。
同い年であるはずの天貴が、ここまで無垢を保てることが信じられなかった。
「せ、せいぜい和戸くんのおばあさんみたいになれるように頑張るよ……」
伝田の笑顔は引きつっていた。




