1-1-3/3 3 保健体育の授業
「だが、注意しなければならないのは、やるべきではない選択もあると言うことだ。3のパターンについて考えてみよう」
北窓がホワイトボードの3を指し示す。
3.体の機能には問題が無いが、より優れた体を手に入れたい場合。(ドーピング、美容目的など)
「この流れで、スポーツに関連付けて考えた方が分かりやすいだろう。先ほどまではパラスポーツを例に出していたが、一般的なスポーツでもB3Pの使用について議論できる。ドーピングは分かるな?」
「はい、より良い成績を収めるために薬とかで身体を強化する行為のことですね」
答えたのはクラス委員長の渡来だった。
「その通り。技術の発達によってドーピングの手法も多岐に渡るようになったが、B3Pもドーピングに関与できる可能性が指摘されている」
「えっ!?」
喜歩が思わず声を上げる。
「お、良い反応だな。和戸には意外な事実だったかもしれないが、考えてみて欲しい。本来は体の元の機能を取り戻すことが目的とされる技術であるが、設定次第では筋肉量を多く印刷することも可能なんだよな?」
「それは、そうなんでしょうけど……」
北窓の言わんとすることが見えてくると、不快な気持ちが押し寄せる。
先ほどまではパラリンピアンへの敬意に浸っていたと言うのに、今度はズルをしようというアスリートの存在に眼を向けることになる。
「あまり考えたくない気持ちは分かるが、そのおかげでB3Pの使用が人として正しくない場合があることを理解できたんじゃないか?」
「はい……」
「技術の発展には、倫理的な視点の議論が不可欠なんだ」
なんとなくではあるが、喜歩は将来科学技術の発展に貢献したいと考えていた。
そんな喜歩には北窓の言葉がとても重かった。
「美容目的にしてもそうだな。B3Pを使って綺麗になりたいと思うことがズルとまでは言わないし、その願望さえも個性だと尊重すべきなんだとは思う。しかし、生まれ持った個性を犠牲にする行為であることは間違いない。……なんてことを北窓が言ってたぞと、何かの機会に思い出してもらえると嬉しいかな」
北窓は冗談めかして微笑んで見せる。
しかし、教室は静まり返っていた。
「先生! B3Pで人1人完全に印刷することもできるんですか?」
静寂を裂くように、喜歩の右後方から男子生徒の声が上がる。無意識に従い振り返って見れば、その生徒は悪戯っぽく笑みを浮かべている。
「さすがに難しいとは思うが……、できるかも知れないな。1回で印刷できるとは思えんから、ところどころ別の手術で繋いだりして――」
「じゃあ、もしかして既にそういう人が世の中にいるかも? もしかしたらこの教室の中にも……」
男子生徒は、額に手をかざして教室中をきょろきょろと見渡す。
「そりゃないだろ!」
北窓が大げさに突っ込んだ。生徒達からどっと笑い声が上がる。
喜歩はあまり面白いとは思わなかったが、前方の伝田も小さく肩を震わせていた。
「まあ考えてもみてくれ。ちょうど話をしたいと思っていたことでもあるんだ。恐らくは第三者視点から、人を作ることができたらという発言だったんだろう。でももし、自分が印刷された存在だったらどう思う?」
「……ちょっと、嫌かも」
先ほどまでのおどけた態度を改めたように、男子生徒は途端にしおらしくなる。
「それが普通の感覚だと思う。故に、倫理的にもB3Pで人を作るべきではないと考える人は多いし、国際的にも法で禁じられているようだ」
「じゃあ先生」
伝田ががばっと立ち上がった。
「どうして人を作るべきではないと一般的に考えられているのでしょう? ……私も嫌だという感覚はなんとなく分かる気はします。でもやっぱりなんとなくなのでもやっとしてます」
「お、踏み込むな伝田。積極的に考えてくれると先生は嬉しいぞ」
北窓は微笑むと、腕を組み考える素振りを見せた。
そして寸刻の後、口を開く。
「B3Pで生まれた人間は果たして人間なのか。少なくとも人間の自然な営みの中で生まれた存在ではないな。そういう意味では、B3Pで体のどこか一部分を作るにしても同じことが言える。しかし、人1人作るとなると脳みそも作ることになる。脳には人の意識が宿り――」
キーン コーン カーン コーン……
昼休み開始を告げるチャイムが響き渡ると、教室の外からざわざわという音が聞こえ始める。
「おっと。もうこんな時間だったか。つい熱くなるところだった。すまないな伝田。また休み時間の間にでも質問に来てくれればいいぞ」
「いえ、一旦自分でもじっくり考えてみたいです。ありがとうございました」
伝田が笑顔でぺこりと頭を下げる。北窓も満足そうだった。
「倫理と言うものに正解はない。しかし大事なのは考えてみることだ。今後の人生、他の分野でもいい。何か問題に直面した時、自分の意見を持てるようにしておいて欲しいな」
北窓は授業を締めくくった。
この教室の中で自分ほどB3Pに触れて来た人間もいないだろう、と喜歩は思っていた。しかしこの授業中に考えさせられることはあまりにも多かった。
本人はふざけたつもりだったかもしれないが、B3Pから人を作れるのかと言う質問は喜歩の視野を広げることとなった。またその疑問に向き合おうとする伝田の姿勢にも大いに感心させられた。
まだまだ勉強だなと、喜歩は感慨に浸っていた。




