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虚空に刷る  作者: ベンゼン環P
第五章 拒絶
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5-4-2/2 36 手紙

 続いて隣の部屋へ足を踏み入れる。

 物置、という印象の部屋だった。

 ヒーターやサーキュレーターといった大きな季節物は表に出ているが、整頓されたカラーボックスや衣装ケースなどが主な部屋の構成物だった。

 また部屋の隅の方にはゴルフクラブケースや、レトロな出で立ちのゲーム機本体が追いやられているのが見えた。

 そのゲーム機の実物を見るのは初めてだったが、平成の日本とカテゴライズされるテレビ番組でその姿を目にしたことはあった。

 恐らくは輪奈の亡き夫の遺品なのだろうが、輪太の物たちと比べるとその扱いに大きな差を感じてしまう。

 捨てるに捨てられないと言うだけ、輪奈の愛情を感じたいところではある。

 

 物置部屋を出て、残された一番奥の部屋へ進む。

 扉を開けた瞬間、ぷんと古びた本の匂いが漂って来た。そして見渡す限りの本棚と、そこに詰められた書物が並んでいる。

 図書館より狭く蔵書数が少ないのは当然だが、その分凝縮された濃密な空気を感じ取った。


 本棚の中を流し見れば、やはりと言うべきか医学書の(たぐい)が数多く納められているようだ。趣味に関する書籍は一切無い。

 中を開いて見るまでもなく、本の背からもその物々しさが伝わってくる。

 そして本の著者として久世輪奈の文字が刻まれているもののあったことが、新たな発見だと言える。

 

 部屋の奥にはアンティークな見た目の書斎机が陣取っていた。

 その上には型は古いが大きな画面のデスクトップパソコンが鎮座しており、右手側に立てられた万年筆とともに高級感を醸し出している。

 

 輪太の机上とは対照的に整然とした印象だ。

 しかし机の空いたスペースに、一通の封筒が無造作に置かれている。

 無意識の内、喜歩の手がその封筒に伸びていた。


 当然ではあるが、封筒の表面(おもてめん)には久世輪奈様の宛名が書かれており、そのしっかりとした文字からは、差出人の丁重さが伝わってくる。

 一体誰に書かれたものなのか、気になった喜歩は封筒を裏返す。


能登(のと)慶武(けいぶ)……?」

 差出人の名前を読み上げる。

 どこかで聞いたような名前である。しかしそれがどこで見聞きした名前なのか、頭を捻っても該当する記憶に行き当たらない。

 それでも今の自分にとって、それが非常に重要なことであると直感的に感じ取った。


「ごめんなさいっ」

 封筒に向かってぺこりと頭を下げ、中の便箋を引き出し開き見る。

 その冒頭を読み、喜歩の口からあっと声が漏れた。


 ――――――――

 

 久世輪奈様


 拝啓

 

 突然のお手紙を失礼いたします。

 私は、2056年6月14日に起こった交通事故の加害者、能登慶武でございます。

 この手紙を書くにあたり、貴方様のお気持ちを思うと胸が締め付けられる思いでおりますが、心からの謝罪と私の思いをお伝えしたく、筆を取らせていただきました。

 

 あの事故で、久世輪太様の尊い命を奪ってしまったことは、どれほど悔やんでも悔やみきれません。

 私の不注意と判断ミスが、取り返しのつかない結果を招きました。

 貴方様が感じておられる悲しみや苦しみは、想像を絶するものであり、私がどんな言葉を並べても、その痛みを癒すことはできないと承知しております。

 それでも、深くお詫び申し上げます。本当に申し訳ございませんでした。

 

 服役中も、久世輪太様のこと、貴方様のお気持ちを毎日考えておりました。

 刑期を終えた今も、私の罪の重さは変わらず、心に深く刻まれております。

 二度とこのような悲劇を起こさぬよう、日々の生活においても慎重に、責任ある行動を心がけて生きていく所存です。

 

 この手紙に対し、貴方様がどのように感じられるか、私には知る由もございません。

 ご返信を望むものではございませんし、貴方様のお気持ちを無理に伺うつもりもございません。

 ただ、私の心からの謝罪と、久世輪太様のご冥福を心よりお祈りする気持ちだけはお伝えしたく、この手紙を書かせていただきました。

 

 末筆ながら、貴方様のご健康と、少しでも穏やかな日々が訪れることを願っております。

 

 敬具

 

 能登慶武

 

 2076年2月13日


 ――――――――


 文中にある通り、この手紙を読んで輪奈が何を感じたか喜歩にも分からない。

 しかし2年も前の手紙を机上に放置したままであることからして、ただならぬ葛藤があったことは想像に難くない。

 能登に対して罵詈雑言を浴びせようと考えたのか、許しを与えようとしたのか。それは定かではないが、輪奈は答えを出せぬまま返信出来ていないのではないだろうか。


 もう一度封筒に記載された差出人の欄を見る。

 そこには能登の住所も明記されている。

 喜歩の中で、1つの計画が湧き上がり始めていた。

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