6-1-1/2 37 作戦会議
喜歩と天貴はファストフード店の中に居た。
柳織駅近くにあるものと同じチェーン店ではあるが、今日2人は自宅から電車で1時間ほどの隣県まで来ていた。そこは海が近く、磯の香りが漂っている。
「ねえ喜歩、能登さんに会ってどうするか考えた?」
窓を背に、指先でポテト弄びながら天貴が問いかける。
「うん……、まあね」
考えたこと自体は嘘ではない。しかし結論が出た訳でも無く、返事が曖昧になってしまった。
輪奈の家で手紙を見つけた後、喜歩は早々に能登と会おうと決意した。そして気が変わらない内に机上の万年筆とメモ用紙を拝借し、手紙の差出人の住所のメモを取った。
そして逃げるように輪奈の家を退出し、その足で桜尾の自宅へと帰宅した。家の電話から舞の携帯電話へと連絡を入れたが、母はただほっとした様子で、叱られることも無かった。
しかしそれ以来、母とは気まずい状態が続いている。
相変わらず朝と夜の食事は共にするものの、お互いに核心的な話題を避けていた。
その間、舞の目の隈が日に日に深くなり、ここ数日で5年分ほど老け込んだように見えた。
一方で喜歩は、伝田と秘密を共有出来たことが心の支えになっていた。
学習塾で時間を共にした次の日の朝、喜歩は学校で顔を合わすのも恥ずかしいと感じていたが、伝田は何食わぬ顔で挨拶をして来た。そのため、喜歩も自然に挨拶を返すことが出来た。このこと自体が大きな進展を意味するのだが。
いっそ能登と会う計画も話してみようかと思ったが、元々学校で交わして来た言葉の数も少ない。どう切り出そうかと思案している内に、その日の就学時間は終了してしまった。
しかし冷静になってみれば、能登の件についてはただ話を聞いてもらいたいだけではなく、同行する人物を求めていたのだということに気づく。そしてさすがに伝田に着いてきて貰うわけにはいかないと判断した。
となれば喜歩に残された選択肢は限られている。天貴に喜歩の背景から打ち明けることにした。
喜歩の告白に対して天貴はまるで動じていない様子であり、喜歩の出自を知って今までと何が変わるのだという反応を見せた。
喜歩は輪奈から話を聞いた時の場の空気に飲まれていただけなのかもしれない。
父だとされていたものの死、RNT02の作製が重罪であること。それらが厳かに語られるものだから、より深刻に捉えてしまっていたところはある。
喜歩が今ここにいられるのは、輪奈をはじめRNT02の誕生に携わった人々が一通りの課題をクリアした――問題の先送りと言うべきではあるが――結果であるのだ。
今まで他のクラスメイト達とも何ら特別感もない生活を営んできた。原理的には喜歩も法的に存在が許されないことにはなるが、この期に及んで喜歩を抹消するような論争が巻き起こるのだとしたら、社会の方がどうかしている。
天貴は純粋で単純な思考の持ち主だが、喜歩よりもよっぽど合理的な考えが出来るようだ。
伝田と言い、天貴と言い。一般的な感覚とはずれた人物であるのかもしれないが、喜歩は良き友人を持ったものだと心の中で感謝した。
ところが能登に会いに行くから着いてきてくれとの頼みごとには、天貴もマッタを唱えた。
決して同行を嫌がった訳では無い。何のために会いに行くのかをはっきりさせるべきだという主張だった。
能登は既に刑期を終えて社会的には許されているし、輪奈には謝罪の辞を示している。そんな者の所に被害者遺族が押しかけるなど迷惑でしかない。迷惑をかけるならば、それ相応の意義を携えて行かなければお互いに悪い感情しか芽生えない。
天貴の実際の言葉はもっと拙いものではあったが、概ねそのような趣旨の訴えであった。こういう所に天貴の根っからの優しさが表れているのだろうと感じる。
能登に会えば何か得るものがあるだろうと漠然と考えてはいた。五味のように来るもの拒まずのスタンスの者に対してはそれでも良いのかもしれない。しかし能登と喜歩の関係性は、客観的に見てもデリケートなものである。
手紙の文面をみる限り真面目な人物なのだとは感じていたが、もっと慎重になるべきだと反省した。
結局能登と会う目的について答えられぬまま今日に至る。手紙を見つけてから2週間後の土曜日だった。
能登の住所は分かるがそれ以外の情報は不明だ。事前にアポイントを取ることも出来ない以上、訪ねたところで在宅中かも分からない。
能登の最寄り駅に到着したのが13時頃である。能登が土曜日にも仕事があるのだとすれば、まだまだ帰宅には早い時間だ。
能登との対面前の最終打ち合わせと称して、こうして間食に浸っていた。
「とにかく、輪奈さんと仲直りするきっかけになればいいなと思ってる」
今の喜歩の嘘偽りのない気持ちであり、目的と言える。問題は能登と会うことが何故仲直りに繫がるのかが明瞭で無いことだ。
「仲直りしたいんだったらすればいいのに。能登さんに会うまでもなく」
「うっ……」
暴力的なまでの天貴の純粋さである。
「仲直りするんだったらまずはどっちかが謝らないといけないよね。喜歩はおばあさんに謝りたいの? 謝ってもらいたいの?」
「輪奈さんは……、とっくに謝ってたよ」
「じゃあなんで仲直り出来てないの?」
何故かの問いに端的に答えるなら、喜歩のプライドの問題である。
今まで良くしてもらった恩も忘れ、理不尽な怒り方をした挙句、祖母と孫の関係性を揺るがしかねない発言をした。
そんな先日のことを思い出せば恥ずかしくて仕方がない。喜歩が謝らないことで自己の正当性を誇示しているのだ。
「おばあさんが謝ることに違和感があるから?」
喜歩の気持ちを知ってか知らでか、たたみかけてくる天貴の瞳が、真っ直ぐ胸に突き刺さる。
「俺が輪奈さんのこと、おばあちゃんって呼べるようになるまで謝っても意味ないよ」
「じゃあなんでおばあちゃんって呼べないの?」
天貴はまるで見逃してくれない。単純が故に、喜歩の繊細な心情を理解出来ないだけかもしれないが。
「五味先生の蔵書の中で、人工生命体を扱ってる作品を色々読ませてもらったんだ。そしたら、大体創造主のことを博士とかプロフェッサーとか呼んでて、お父さんとかお母さんとか……、ましてやおばあちゃんなんて呼ぶ例ってないんだよね」
「ホントに? ていうか関係無くない?」
全く指摘の通りである。創作物には喜歩の生き方について考えるヒントになる可能性はあるが、敢えて負の側面まで参考にする必要などないのだ。




