5-2-2/2 30 後悔と邂逅
「伝田だよ。伝田。伝田玲沙! 喜歩くんのクラスメイトの!」
チェックのワンピースを翻し、腕を組んで喜歩を見下ろす。
圧倒的な迫力に、喜歩の憔悴していた心が瞬時に覚醒する。
「で、でんたさん? 眼鏡……」
言われてみれば、確かに伝田であった。
しかし普段とは違い、度のきつい眼鏡をかけているためか、目がきゅっと縮まって見えた。
伝田と言えば、ぱっちりとした可愛らしい目だという先入観を持っていたために、ついつい見違えてしまったらしい。
「あ……」
伝田は口をぽかんと開け、慌てて眼鏡を取り外す。
喜歩の知る、真ん丸な目が露わになった。
「た、確かに、眼鏡で印象変わるってよく言われるけどぉ……。ひどいよぉ……」
伝田は顔をぷくっと膨らませる。それもまた可愛らしい印象である。
喜歩に芽生えた仄かな胸の高鳴りを伝えてやれば、伝田の溜飲も下がるかもしれない。
しかし、喜歩にはまだそんなことを口にする器量など持ち合わせてはいなかった。
「えっと……、いつもはコンタクトなの?」
「うん……。眼鏡かけてると、マッドサイエンティストとか言われるから……」
伝田は自身のポテンシャルに気づいていないようである。
「なんでこんなところに?」
現在2人の佇む場所は、喜歩の通う柳織市立桜尾中学校の校区からは大きく外れている。伝田が近所に住んでいる訳でもないはずだ。
「ああ、ここ。私が通ってる塾なの」
喜歩が寄りかかっていた塀に対し、道を挟んで反対側を指差しながら答える。
「塾?」
伝田が指さす方には、住宅街に立ち並ぶごく一般的な民家があるだけだった。
しかしその門扉をよく見てみれば、簡素な看板が掲げられている。
「五味、学習塾……」
個人経営の学習塾であるらしい。
「ここからよく読めるねぇ。読み方はいつみなんだけど……。喜歩くん裸眼だっけ」
「うんまあ……。塾ってことは、やっぱり将来のために?」
以前伝田は医者になりたいと言っていた。そして少なからず、輪奈に憧れも抱いているようにも見えた。
「うんそうだね。大きい塾だと質問とかしにくくてさ。ここならほとんどマンツーマンで教えてもらえるから」
伝田のぱっちりとした目が、ぎらぎらと輝いているように見える。
余計なことを言って、医者と言うものを幻滅させたくないとも思った。
「えっと……、大丈夫なの? 行かなくて」
「ああ、大丈夫大丈夫。結構緩い先生で、私がちょっと遅れても、仕事しないで済むと思ったのに~とか言う人だから」
それはそれで、伝田の目標に合致しているのかと心配になるが、ここは五味先生の緩さに甘えておこうと喜歩は思う。
「それに……」
伝田は髪をいじり、微かにはにかんで見せる。
「それに?」
伝田の逡巡を感じながらも、その言葉の続きが気になった。
「困っている人を助けるのが医者ってものでしょ? あんなに苦しそうな喜歩くん、ほっとけないよ!」
「うっ……」
ぎゅっと、心を鷲掴みにされた気がした。
喜歩はとっさに胸を押さえ、伝田に背を向ける。
「だ、だいじょうぶ? まだ苦しいの?」
人の気など知れず、喜歩の背をさすりながら顔を覗き込んでくる。
「伝田さん……」
今日聞いた喜歩のことを、全て打ち明けてしまいたくなる。
話す相手として、医者を目指す彼女ほどの適任者はいない。
本件は極秘事項なのであろうが、喜歩に暴露されたところで、さすがに輪奈の自業自得だろう。
「聞いてくれる? 俺のこと……」
喜歩は振り返り、伝田の目を真っ直ぐに見た。
「もちろん! この伝田先生になんでも言ってごらんなさい!」
伝田はこれ見よがしに胸を張る。
伝田が目指すのは何科なのか。やはり小児科なのだろうかと、密かに喜歩の胸によぎっていた。




