5-1-1/2 27 反抗
輪奈の自宅に足を踏み入れてから今に至るまで、喜歩は終始無言だった。
おばあちゃんに挨拶しなさいと舞からは小突かれたが、喜歩はその手を払い除けてしまう。
それでも輪奈は、穏やかな笑みを浮かべたまま喜歩と舞をリビングに招き入れた。
輪奈は近所で評判の店のモンブランを用意していたが、喜歩の出自の話をしている間にも彼はそれに手を付ける様子はなかった。
喜歩の態度を咎める気など起こるはずもなく、ただただ自身の罪を突きつけられている気分だった。
10年以下の懲役または1000万円以下の罰金など、安いものだと捉えていたが、喜歩の醸し出す空気が何よりも重い代償として肩にのしかかる。
いつか喜歩が自分の頭で考えられるようになったら、真実を伝える。
舞と取り決めていたことであったが、結局喜歩自ら真実に近づくまで切り出すこともできなかった。
昨晩舞から電話で相談された時には、もっと喜歩と誠実に接するべきだったと後悔の念が押し寄せた。
こんなケーキ1つで許されようなどとは思ってはいないが、喜歩にはかえって思慮が浅いと思われてしまったかもしれない。
話が終わり、質問を促すように喜歩の顔を覗き込んだ。しかし彼は下を向いたまま唇を噛んでいる。
様々な感情が喜歩に渦巻いていることは想像に難くない。喜歩の隣に座る舞も、緊張した面持ちのまま落ち着きがない。
やがて輪奈は喉の渇きに耐え切れなくなり、モンブランと共にランチョンマットへ置かれたティーカップに手を伸ばす。
薄手のカップから中の紅茶の温もりの失われたことがわかる。下品だとは思いながら、輪奈は煽るように紅茶を飲み下した。
舞も釣られるように、しかし遠慮気味に、カップを手に取り口へ運んだ。
「お、おいしいですねぇ。このお茶……。ど、どこか良いところのなんですか?」
「え、ああ……。紅ほまれと言う品種よ。日本で栽培される和紅茶なの」
「へぇ、和紅茶……。日本でも紅茶って作るんですねぇ……。ねえ喜歩、知ってた……?」
舞はわざとらしく笑い、ゆっくり喜歩へと首を捻った。
喜歩は舞の方を振り向きもしなかったが、紅茶には手を持ったのか、下を向いたままカップの中を覗き見る。
舞は少しだけ安心する。昔から喜歩は知的好奇心旺盛な方だとは感じていた。
自身の出自について、喜歩自らの足で真相に近づいたのもその性格のためだろう。
きっと今は、輪奈から与えられた事実についてどう捉えるべきか深掘りしようとしているところなのだ。
しかし考えたところで喜歩のような人物に前例などなく、故に正解などもない。故に納得いくまで自身でとことん考えてもらうしかない。そして今すぐに結論付ける必要もない。
舞としては、喜歩と輪奈の気まずい関係が続いてしまうのは不本意である。
当然子育ての苦労はあったが、元をたどれば輪奈の提案のおかげで本来得られなかった幸福を得ることが出来たのだ。
まだ喜歩は幸福だと感慨に浸れるような歳ではないのかもしれない。それでもこれまで輪奈や舞に見せてきた笑顔は、他の子供達とも何も変わらないはずだ。
今日のところは、好奇心旺盛な少年とその祖母という関係でいてもらえないだろうか。
そんな願いを込めて舞は話題を膨らまそうと試みる。
「喜歩、緑茶も紅茶も烏龍茶もみんな同じ茶葉から出来てるんだよ。味も香りも違うのに不思議ね――」
「知ってるよ。それくらい――」
答えてしまってから、喜歩ははっとしたように口を手でふさぐ。
喜歩が特殊な事情で困惑しているのは間違い無いが、この挙動はただの反抗期の子供にしか見えない。
基本的に喜歩は優しい少年である。反抗心を抱きながらも、舞と輪奈を傷つけまいと行動をとった結果が無言だったとも言えそうだ。
喜歩はばつが悪そうにぽつりぽつりと話し始めた。
「話は信じるよ。俺の予想が半分は当たってた訳だし」
RNT02がB3Pで印刷された存在である。
それは現代医学においても荒唐無稽な話であるが、輪太の死と輪太の体の実在について合理的に説明することが出来る。
そして喜歩の仮説通りなのだから、話を疑う余地は無かった。




