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虚空に刷る  作者: ベンゼン環P
第四章 隠し事
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4-3-2/3 23 RNT02

「遺伝的に輪太と同じとはどういうことなのですか?」

 輪奈はRNT02を輪太ではないと言い切った。

 それでも舞はどこまでこれを輪太として受け入れていいのか、その判断材料が欲しかった。

 

「……DNAのことは分かる?」

「えっと……」

 その言葉を聞いたことぐらいはあった。舞の頭に、捻じれた梯子(はしご)の絵が浮かぶ。

「簡単に言えば、体の設計図のことね。DNAは4種類の塩基と呼ばれる物質が無数につながってできていて、この塩基の並び方は1人1人異なる。その結果が個性を生むのだけれど、輪太とRNT02は全く同じ塩基配列を持っている。遺伝的に同じとはそういうことね」

 なんとなく輪奈の言いたいことは分かるが、改めて説明してみろと言われてもできる気がしない。


「経緯をありのままに話すわね。聞くのも辛いかもしれないけど。……っ!」

 輪奈は不意に目頭を押さえる。

 聞くのが辛いのなら、話すのが辛いのも当然だ。

 しかし寸刻の後、輪奈は切り替えた様子で顔を上げる。

 

「6年前、輪太が隣の病棟に運ばれた時、既に絶望的な状態だった。それでも私は輪太の皮膚から細胞を採取した。ICUの先生を振り切ってね」

「細胞を、採取……」

「ええ、B3Pで体を作るための初めのプロセスね。だから他の先生方も、私が輪太の治療のために細胞を採取したんだろうと思ったのでしょう」

 含みのある言い方だ。まるで輪奈に治療とは異なる目的があったようである。すでにその目的が舞のすぐ側に横たえていることは、察しがつき始めているのだが。


「もちろん輪太を治したいという思いはあったわ。でもね、時間がかかりすぎるのよ、B3Pで何かを印刷するまでには。単純な話、人が生まれてから体が大きくなるまでに時間がかかるでしょう?」

 輪奈は淡々と語る。感情的にならないよう堪えているのが透けて見え、それがかえって痛々しい。

「採取した細胞を増殖させて、それをバイオインクとして印刷していくことになるのだけど、作りたいパーツの大きさに比例して、大きな時間を要することになる。本来、B3Pを応用した治療と言うものは、長期的な入院を伴う場合に適した方法なの。急な事故に対応出来るほどの迅速性はないわ」

 結果が示す通りではあるが、最先端の技術を以てしても、輪太の救命には至らなかったのだ。


「それでも私は細胞を培養して生かし続けた。輪太の葬儀が終わってからもね」

 あの葬儀時点で、輪奈は涙を流しながら裏では計画を進め始めていたのか、あるいはまだ発想にすら至っていなかったのか。当時の輪奈の表情を思い出しても、舞には判断がつかなかった。

「このRNT02の体は、輪太の細胞を元に作成した多能性幹細胞を用いて印刷されたの。さすがに生前の輪太の細胞はとっくに死滅しているけど、それは1年前の私の細胞が死滅して垢として排出されているのと同じこと」

 人の体を構成する物質は、常に古いものから新しいものに置き換わっていると聞く。

 記憶媒体であるDNAは古くなって新しいものに置き換わっていくが、その際に塩基配列はコピーされるため内部のデータは保存される。

 その結果、舞は舞の形を保ち続ける。それこそがDNAのもつ設計図としての役割だ。

 

 しかしRNT02はどうだろうか。

 DNAに輪太の遺伝データが刻まれていると言えど、言い換えれば輪太の遺伝データ()()保存されていないのだ。

 舞と過ごした大切な思い出というデータなど、その身に刻まれていないのだろう。

 到底、RNT02を輪太だとは受け入れられないという結論に至った。

 

「RNT02をこの形に作り上げるまでには、多くの時間と失敗を要したわ。でもその試行錯誤をしている時間はある意味幸せだったかもしれない。息子のためにお母さん頑張ってるんだからねって、そう思えた。なのにこのほぼ完璧な姿が完成した時、途轍もない虚無感に襲われた。どんなに姿が似通っていたとしても、これは輪太じゃないんだってようやく気づいたの……」

 輪奈の声が潤みだしてくる。

「これが完成した暁には、きっと輪太がお母さんただいまって言ってくれると本気で信じてた。あと足りないとすれば意識ね。意識がどこから生まれるのか知らないし、どうやって生み出すのかも分からない。脳も含めて完璧なのに意識が無いのか、完璧じゃないから意識が無いのかも分からない。それが今の救いよ。もし方法が分かったのなら、また私は虚無に向かって突っ走ってしまう。意識が芽生えたとしても、それは輪太ではないと言うのに……。ああっ!」

 輪奈はベッドに手をつきうなだれる。

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