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虚空に刷る  作者: ベンゼン環P
第四章 隠し事
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4-3-3/3 24 RNT02

「お義母さん!」

 自然と声が出た。そして輪奈の肩をそっと抱く。


「お義母さんと呼んでくれるの?」

 輪奈は目に涙を浮かべながら、舞に振り返った。

「私のやっていることは、輪太のためなどころか命を冒涜する行為なのよ?」

「正直驚きました。医療技術がここまで進歩していたなんて……」

 舞は言葉を選んでいた。嫌悪感が無いと言えば嘘になる。

 

 確かに輪太の命はあまりにも早く、理不尽にも奪われた。

 それでも輪太は人として精一杯生きたのだ。

 その死を受け入れてこそ、輝いた命を感じることが出来るのではないだろうか。

 輪奈はそこから目を逸らし続けている気がする。

 しかし命の冒涜だとまで溢す輪奈を、責める気にはなれなかった。

 

「これは医療じゃないわ。私のエゴよ。社会の役に立つことはない」

 

 エゴ。

 いかにも人間らしい有り様だとは思った。

 輪奈は虚無だと言ったが、輪太を復活させようという意志からは、輝かしくも虚空でもがいていた姿を思い浮かばせる。

 

「役に立たないなんてことは無いのでは……」

 輪奈がそうであるように、失った命をもう一度再現したいと考える者が存在することは想像に難くない。

 

「例えばね、人の脳の印刷は禁じられているの。遺伝子操作規制法によってね」

「遺伝子操作規制法……」

「ええ、B3Pによる臓器の作成の可能性が現実味を帯びてきた頃に制定された法律よ。それにはRNT02が存在してはならない理由が何項目も綴られている。制定当時は私もその条文に異論はなかったわ。……いや、今でもね」

 輪太を失ってもなお、理性的な考えをも持つ輪奈であるようだ。

 

「私の犯した違法行為の中で、主だったところで言えば、脳を作成したことと印刷した体積が大きすぎることね」

「体積……ですか?」

「同一個体の印刷において、元の人間の50%以上の体積を印刷してはならないことになっている。あ、生まれつき欠損がある方については、欠損が無かった場合に想定される体積を100%とするわね」

「えっと……」

 頭の中がこんがらがり、首を傾げる。

 法と言うものは、物事の定義のため回りくどい書き方をされていると感じることがあるが、輪奈の説明もそれを思わせる。

 

「……RNT02は輪太を丸々再現、つまり体積にすれば100%印刷したことになりますよね?」

「ええ、そういうことになる。それもRNT02が輪太では無いと認識する根拠の1つよ。元となる輪太の体が全く含まれていないのだから」


 舞は想像してみる。

 確かに脳は人の自己同一性の保持において重要な要素である。

 しかし逆に、脳以外の場所が全て印刷物として取り替えられてしまった場合、それは元の人間だと言えるのだろうか。

 それはそうだと言い切れない気がした。

 では90%が印刷物で占められていたら?

 80%、70%だったら?


「……少なくとも、体の半分は元の人間であるべきということでしょうか?」

「そうね。一般的にはその認識のよう。だから50%と言う境界線が引かれ、それ以上印刷してはならないことになっている。これはね、オリジナルの人間の尊厳を守ることを目的とした決まり事なの。人の技術に人が飲み込まれないようにするためのね」

 境界線の位置としては理に適っている気がした。

 一方でB3Pの可能性を狭めているようにも感じる。


「50%以上印刷すれば命が助かるという場合でも駄目なんですか?」

「その場合は緊急避難が適用されるのかしら……。とは言え状況として考えにくいわね。50%も体を取り換えなきゃいけない事態で、生命活動を維持することが不可能だと思う。到底印刷には間に合わないでしょうね。これはある意味死文化した法律とも言えるかもしれない。……あるいは私のような者が現れることが想定されていたのかもだけれど」

 輪奈は自虐的にふっと笑う。


「10年以下の懲役または1000万円以下の罰金。それがRNT02を生み出したことの代償よ」

「……入室前に秘密を守って欲しいと仰っていましたが、そういうことですか?」

「正直、そんな代償なんて安いものよ」

 ここまでの輪奈の振る舞いを思えば、安いという言葉も納得のいく発言だった。

 

 RNT02の作製が、輪奈にとっての生き甲斐だったはずだ。

 ほとんど完成してしまったがために、存在意義を見失いかけているだけなのだ。

 そこに後悔などない。新しく存在意義を見出せば、代償など度外視して突き進んでいくのだという気概が見受けられる。

 

「でもね、もしお(かみ)にRNT02の存在がばれたら、RNT02はどのような扱いを受けるのかしら。そんな判例今までにないから分からないけど、良くて火葬、最悪の場合廃棄物扱いかもね……」

 自身の発言のおぞましさを咀嚼するように、輪奈は唇を噛む。

「これは輪太ではない。でもやっぱり、だからと言って捨て去ることなんて出来ない。それが私の本心なのよ」

 

 RNT02の存在を知ってしまった以上、舞の今後の行動次第では義母とも慕う輪奈の生き甲斐を奪いかねない。

 舞は途方もない重圧を背負わされてしまったようだ。


「RNT02は輪太と同じ遺伝子で構成されている。それに遺伝子を残す機能もある。普通の人間と同じようにね。今はそれがRNT02の存在意義なんじゃないかって思ってる。ねえ、舞さん……」

 本日2度目となる輪奈の懇願だった。

 今度は舞の腕をぐっと掴んで離さない。

 

「この子の子供、生んでくれない?」

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