4-1-2/2 20 舞と輪奈
病棟前に降り立った舞は腕時計を見る。
『13 : 58』
そこで待ち合わせの予定だったが、輪奈との約束の時間よりも1時間ほど早く到着してしまった。
曲がりなりにも義母と呼ぶはずだった相手なのだ。失礼の無いようにと行動してしまった結果である。
エントランスをくぐり、お茶ぐらい飲めないかと棟内の案内板を確認する。
2階にレストランがあるようなのでひとまずそこへ向かった。
既に、輪奈はそこにいた。
窓際の席に座り、1人静かにコーヒーを飲んでいる。
心なしかカップを持つ手が震えているように見えた。久方ぶりの義娘との邂逅に思いを馳せ、彼女も緊張しているのだろうか。
6年前に会った時より老け込んだ印象を受けるが、しばしばメディアで見せるような科学者としての威厳も醸し出していた。
「りんな……、さん?」
彼女へとゆっくり近づき、カップをテーブルに下ろしたタイミングを見計らって声をかける。
さすがにお義母さんとは呼べなかった。
「ま、舞さん!? 早かったのね……」
輪奈は一度びくっと肩を震わせ、舞へと振り返る。
「ご、ごめんなさい。驚かせちゃいましたか……」
「いえいえ! 気にしないで舞さん。とにかく元気そうで良かった」
輪奈はにっこりと微笑む。葬儀の時の様に無理をした様子の無い、自然な笑顔である。
「舞さんの今のお仕事は?」
「ええ、柳織駅近くのエステサロンで働いています」
「あらそうなの! 道理で綺麗な訳だわ……」
「いえいえそんな!」
輪奈の言葉に全くお世辞のようなニュアンスは含まれていなかったが、舞は慌てて首を振って否定する。
山岳サークルの男どもがそうであったように、確かに舞の容姿に魅了される者は多いらしい。
サロンの広告モデルに起用された経験もあるが、あくまでもビジネスのための手段だ。仕事自体は専ら女性を相手にすることとなるため、余計な気疲れをせずに済んでいる。
「あの……、ところで輪奈さん? 今日の要件って……」
舞は輪奈の隣の空いた席に腰を下ろしつつ、おずおずと問いかける。
もう少し日常会話に花を咲かせた方が良いかとも思ったが、緊張のあまり話題も思いつかなかった。
輪奈は笑顔を保ったまま、少しだけ困惑の色を浮かべる。
手元のカップを手に取り、一度中のコーヒーをすすった。
そしてカップをソーサーに戻すと、俯いたまま口を開く。
「ねえ、舞さん……」
呟くように声を発すると、輪奈の視線は舞の左手の薬指へ注がれる。
そこに何もないことを確認すると、輪奈はこくりと頷き舞の顔を真っ直ぐ見据えた。
「今、お付き合いされている男性っていらっしゃるのかしら?」
「……へ?」
意外な問いかけに間の抜けた声が出た。
それを聞いてどうなるというのだろうか。
「いませんが……」
「気になる男性も?」
輪奈の顔がぐっと迫って来る。何かを期待しているようにも感じられた。
本来であれば、亡くなった息子の恋人に対して威圧的で失礼な態度ではあるのだろう。
しかし、舞は輪奈の期待に沿う答えを持っている。その確信があった。
だからはっきりと答えた。
「いません」
実の両親であれば残念に思うかもしれない。
それでも譲れない想いだった。
6年間胸に秘め続けた想いを、今こそぶつける時だと感じていた。
「私にとって輪太さんが唯一の男性です。だからこれからも1人で。いや……」
舞は胸のロケットをぎゅっと握りしめる。
「彼と共に生きていきます」
ここに輪太は生きているのだから。
その意志が伝わったのだろうか。
輪奈は目を輝かせる。
「ありがとう舞さん……。あの日から変わらない想いでいてくれたのね……」
2人の間に、切なくも温かい空気が漂っていた。
やがて輪奈の瞳に決意の色が宿っていくのを、舞は見逃さなかった。




