4-1-1/2 19 舞と輪奈
舞が柳織合成生物学研究所へ訪れるのは6年振りとなる。輪太の事故の報せを聞き駆けつけた手術室前で、その訃報を聞いて以来の訪問だ。
また輪奈と対面するのも、輪太の葬儀以来6年振りであった。
柳織研へ向かうシャトルバスの中で、舞は胸元のロケットペンダントを開いた。
そこに収められているのは、生前の輪太と舞とのツーショット写真だ。出会いのきっかけとなった大学の山岳サークルにて、その活動で登った高尾山山頂の1枚である。
まだ出会って3か月ほどの初々しい2人の姿であるが、舞は既に将来結婚することになるだろうさえと思っていた。
結局結婚の挨拶をする機会など訪れず、輪太の死が舞と輪奈を引き合わせるきっかけになった。
輪太の母親がB3Pの権威であることさえ、本人と出会うまで知らなかった。
輪太も輪奈へ、舞について話していなかったらしい。
葬儀中、終始悲しみにくれる輪奈だったが、息子に愛する者がいることを知った時だけは顔を綻ばせた。
「輪太はあなたと出会えて幸せだった。今までありがとう」
涙を拭い、必死で笑顔を作ろうとする輪奈に、舞の方が涙を堪え切れなくなったものだった。
お互いの連絡先はその時に交換はしたが、その後積極的にコンタクトをとった訳では無かった。
舞は輪太の死後、早く元の生活を取り戻そうと心がけた。
大学の講義にはなるべく出席し、エステサロンでのアルバイトに励んだ。その真面目さと客からの評判により、卒業後にそのまま引き抜かれる形で正社員となった。
輪太の死後に変わったことと言えば、件の山岳サークルには顔を出さなくなってしまったことである。しかし、それは恋人を失った舞に言い寄ろうとする不埒な輩がいたためだった。
一方の輪奈については、科学者としての功績が時々ニュースとして報じられるため、その近況を何となく察していた。
助けられなかった我が子のため、一層研究に力を注いだ結果なのではないかと舞は思った。そして自分とはかけ離れた世界の人だったのだと感じていた。
そんな輪奈から、柳織研究所へ会いに来てくれないかと突然メールが入ったのが3日前のことである。
とうに舞のことなど忘れただろうと思っていた頃の出来事であり、返信の文面を作成するのに小一時間ほどかかってしまった。
要件を問う旨の返信に対し、輪奈からの解答は要領を得ない物だった。それでも、来てくれれば分かるとの文面からは、縋るような思いを感じ、舞は柳織研への訪問を了承したのだった。
舞はロケットの蓋を閉じ、運転手のいないシャトルバスの運転席を見る。
私営公営問わず、ほぼ100%のバスに自動運転が実装されてから久しいが、乗用車の自動運転普及率はまだ半分にも満たない。輪太の命を奪ったのも人の手による運転だった。
自動運転による事故が全く無い訳ではない。それでも手動運転に比べ、事故数が有意に少なく、統計的にその安全性が裏付けられている。
だからどうしても、あの時もっと自動運転が普及していればと考えてしまう。舞も自身で車の運転をしたいという気など起こるはずもなく、学生時代に取得した免許は、ただの身分証明書になり果てていた。
ピンポーン……。
「柳織合成生物学研究所病棟前、柳織合成生物学研究所病棟前、ご乗車ありがとうございました。お忘れ物の無いようご注意願います」
録音された車内アナウンスが流れる。これは今も昔も変わらない。
ただし舞が子供の頃には、運転手自身も降車する客に向かってありがとうございましたと言っていた記憶がある。
舞に同伴していた両親はそれにありがとうと返していた。舞も両親に倣い自然とありがとうと言うようになっていた。
今日ではその営みなどない。それが当たり前の社会になっていくのだろう。
またバスの降車時に限らず、誰かにありがとうを言うべきタイミングがあったとしても、舞にはその教養を伝える子供のいる未来などないのだ。




