3-1 15 新聞記事
過去の新聞記事も図書館で入手できると伝田から聞いた。
父の事故に関する記事は、柳織市のローカル紙に掲載されたものであったため、市立図書館には置いてあるだろうと踏んだ。
早くその本文を知りたいと気持ちは逸る。しかしこの調査について母にはばれてはならない気がして、直近の土曜日まで図書館への出征を待つこととなった。
図書館は柳織駅の駅ビルの中にあり、母の職場も近くもその徒歩圏内に位置する。
その日母の出勤を見送った後、2時間ほど時間を空け、その後を追うように図書館に向けて出発した。
最近では喜歩が紙の書籍に触れる機会はかなり少なくなった。
図書館へ最後に訪れたのも3年程度前の出来事となる。
当時は絵本や児童書などに親しんだものだが、対象年齢が高くなるほど書籍は電子化される傾向にあるようだ。
ネット上で無料で読める漫画本や活字本のサイトは数多く存在する。
加えて内容に問題が無ければ、有料の書籍でも母との共用のタブレットへダウンロードしてもらえる。
また中学校へ進学してからというもの、授業で使う教科書の類は全て学習用タブレットにインストールされたものを使用していた。
決して喜歩の読書量が少ないのではなく、社会全体の風潮として紙媒体に触れる機会が少なくなっているのだ。
図書館へ足を踏み入れると、紙の褪せた特有の芳香が鼻を通り、懐かしい気持ちがよみがえる。
しかし今日の目的は本ではない。
受付にて過去の新聞記事の複写について尋ねてみると、文献複写申込書への記入を指示された。
申込日と申込者名、文献名を記入すれば資料のコピーを出してもらえるようだ。
件の記事の情報はメモしてきているので問題はない。
しかしながら、自身の名前と記事のタイトルから、何か勘ぐられてしまうのではないかと刹那逡巡を覚えた。
とは言え、タイトルに含まれているのは「久世輪奈」の名前であり、「和戸喜歩」の名前とは関連付かないだろうと考え直す。
せいぜい近所の中学生が、興味本位で地元の著名人について調べているのだと思われるだけだろう。
そんな考えを巡らせつつも、そわそわした気持ちが抑えられない。
なるべく堂々とした態度を心掛け、受付へと申込書を提出した。
そしてほどなくして紙面のコピーが渡される。全くの喜歩の杞憂だったようである。
しかし内容が内容なだけに、紙面を手にした瞬間壮絶な緊張感に襲われる。
いっそもっと勿体ぶって資料を渡してくれれば良かったのに。まだそれに向き合うだけの心積もりができていなかった。
喜歩は紙面を携え図書館の外へ出る。
――どこか落ち着ける場所に……。
思い浮かんだのは駅前のファストフード店だった。
昨年末、天貴と映画を見に行った帰り、立ち寄った思い出のある店が近くにある。
ほとんど吸い込まれるように、喜歩はその店に足を踏み入れていた。
土曜日ということもあり、店内は込み合い騒然としていた。家族連れ客も多く、テーブル席にて早速セットに付いていたおもちゃで遊ぶ子供の姿も見受けられた。
喜歩は会計カウンターへと伸びる列の最後尾へ並んだ。そしてカウンター上のメニューボードのを見て、後悔がこみ上げて来る。商品のラインナップは安価なものであるとは言え、中学生の経済状況には些か苦しいものだった。
天貴と2人で来た際には、映画鑑賞後の高揚感も相まって財布の紐が緩んでいた。そして豪勢にダブルチーズバーガーなど頼んだものだった。その記憶が喜歩に店の先入観を植え付けていたようだ。
喜歩の思考とは相関なく、前に並ぶ人達が少しずつ捌けていく。
このまま列から外れてしまおうかとも思ったが、それでは永遠に新聞記事を読み機会を失ってしまう気がした。
どうしたものかと購入するメニューの最適解を思案していると、自宅に母が昼食を残して行ってくれたことを思い出した。
ならば今日に関しては、飲み物1つだけでも良いのだ。
だんだんと心が落ち着いて来る。喜歩の前に並ぶ何人かが、レジ横の募金箱へお金入れる様子に気付くぐらいには余裕が湧いて来る。
結局Sサイズのアイスコーヒーを一杯だけ頼み、トレイを持って席に着く。
コーヒーは最近飲めるようになったばかりだ。少しずつしか飲めないので、この量でも暫く店に居座る口実にもなるはずだ。
トレイからカップを手に取り、ミルクもシロップ加えず蓋に刺さったストローを咥える。
やはり苦い。
しかし飲めないほどでは無い。
むしろその苦さに頭が冴えていく気がした。これから向き合おうという事案にも相応しい。
件の紙面のコピーは未だ手に握りしめられたままだった。
右手はカップの結露、左手は手汗でぐっしょりという状態である。
喜歩は一度両手を開放し、テーブルに設置された紙ナプキンで手の湿り気を拭い取った。
そして改めてコピーを手に取る。
事前に確認した通り、発行日は2056年6月15日となっている。
これが事実であるとすれば、喜歩という存在の根本を揺るがしかねない矛盾が生じることとなる。
それは正に怪物。自身がアンチB3Pの掲げる「魂無き怪物」に相当するのではないかと思いぞっとした。
該当の記事はその日のトップを飾った訳ではないようだ。
しかし一面記事の扱いではあるらしく、すぐにそのタイトルを探し出すことができた。
『B3P研究の権威・久世輪奈氏の息子、乗用車運転中に死亡事故』
アンチの戯言などではない、事実に基づくれっきとした新聞記事の見出しである。
喜歩はしばらく何も考えることができなかった。
紙面からは目を逸らし、机上のトレイへ視線を落とす。
トレイの上には何か紙の広告が敷かれているようだが、目が潤んでよく読み取れない。
喜歩はもう一枚ナプキンを抜き取り、それで目を覆った。
数分程経過した頃、ようやく目の乾きを感じてくる。
喜歩はゆっくりあてがっていたナプキンを離し、再び紙面へと目を通していった。




