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虚空に刷る  作者: ベンゼン環P
第二章 父
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2-4-1/2 13 百科事典

 レストランでの輪奈との会話中、社会科より与えられた課題について思い出した。それは地域社会の経済と発展について調べるというものである。

 そこで、この柳織合成生物学研究所が出来たことにより、何か地元の経済へ影響したことはあるのか輪奈に尋ねてみた。

 

 それに対する輪奈の回答の要点は大きく2つ。

 1つは医師や看護師、加えて清掃業者や栄養管理士などの研究所で働く者の雇用の増加。

 もう1つは病棟へ通う者が利用する地域周辺の小売業やサービス業の充実だった。

 教科書にも取り上げられるほど世界的に著名な輪奈であるが、よりローカルな範囲に焦点を当てても社会貢献を果たして来たのだと思った。


 帰宅後、柳織研の設立前後での周辺地域の店舗の変遷の具体例を調べ、次の社会科の授業へと臨んだ。

 敢えて輪奈の名前は出さなかったが、教員から良い反応を引き出せたのは嬉しかった。

 

 一方で、輪奈本人についてはこれまで調べたことが無かったなと思った。

 これまであまりその発想に至ることも無かったのだが、なんとなく気恥ずかしくて、無意識のうちに避けていたところもある。


 しかし先日の輪奈との会話にて、彼女はいつもの祖母とは違った姿を見せた。

 喜歩を大人として扱い、B3Pについて深く語る姿は科学者としての一面を強く感じさせる。

 かつて喜歩は、野口英世や北里柴三郎など、日本の医学に貢献した人物について調べたことはあった。

 輪奈はいたって謙虚な姿勢を貫いていたが、実際は彼らにも並ぶ功績を残してきたのではないだろうか。気になると居ても立ってもいられなくなった。

 

 喜歩はまだ携帯電話は与えられていないが、自宅には舞と共有のタブレットがある。

 時々気になって思春期相応のワードをウェブ検索してしまう時はあるが、母によってフィルタをかけられていることは把握している。

 裏を返せば閲覧可能なサイトを見る限りは特に問題無いのだろう。


 その帰宅した喜歩はリビングにて、さっそくタブレットを手に取り、検索エンジンにワードを入力してみる。


 [ 久世輪奈 ]


 喜歩が打ち込んだのはこの文字列だけだったが、その下には検索予測が次々と連なって表示されてくる。

 

 [ 久世輪奈 B3P ]

 [ 久世輪奈 多能性幹細胞 ]

 [ 久世輪奈 柳織研 ]


 この程度のことは社会的にも周知の事実なのだろうが、改めて気恥ずかしくなってくる。


 [ 久世輪奈 ノーベル賞 ]


「いやさすがに……」

 

 恐れの多い賞の名前に思わず声が出た。

 輪奈はノーベル賞を受賞している訳ではない。

 誤解を生みかねない検索予測であるが、輪奈がその受賞候補者だと考える者も少なくないということだ。

 2078年現在から半世紀も遡れば、輪奈の功績は夢のような技術にも見えるのだろうが、当の本人はそのほんの一端を担ったに過ぎないと言っていた。

 社会の認識と本人の認識との間には、埋めがたい隔たりがあるのだろう。

 

 [ 久世輪奈 アンチ ]


「うわ……」


 くすぐったい気持ちから一転、今度は不快な声が漏れる。

 柳織研の前に群がりデモを行っていた人々。アンチとは彼らのことを指すのだろう。

 あのような存在はごく一部の派閥であると信じたいところであるが、検索予測に上がって来るぐらいの勢力はあるということだ。


 [ 久世輪奈 事故 ]

 [ 久世輪奈 息子 ]


「え? これって父さんのこと?」


 そんなことまで気になって調べる者がいるのか。

 輪奈の知名度については本人が謙遜したところで受け入れるしかないのだろうが、父は一般人でしかないはずだ。

 そこに踏み込もうなどプライバシーの侵害も甚だしい。ましてや人の命に関わることである。

 喜歩は無遠慮なネットユーザー達に憤りを覚えた。

 

 [ 久世輪奈 趣味 ]

 [ 久世輪奈 現在 ]


  それ以上の検索予測は読み進める気にならず、喜歩は一番上にある[ 久世輪奈 ]の項目をタップした。


 検索のトップ画面に輪奈の顔が映し出される。

 数年前、テレビ出演した際の一場面を切り抜いた画像である。


 そしてその下には、インターネット上で最もポピュラーな百科事典のリンクが表示されていた。

 ユーザーが自由に編集できるという百科事典の性質上、稀に真偽が不明の情報が掲載されるとも聞くサイトである。

 しかし、記事の多くは引用元の確かなデータに基づいているため、一定の信頼はおいて良いはずだ。


 喜歩も調べ物をする際にはとりあえずそのサイトへアクセスするのが常である。

 故に、何の気なしにその青く表示された文字列をタップした。

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