2-3-2/2 12 輪奈の講義
また、会話中に新たな疑問が湧き上がっていた。それを思うと喜歩の眉間のしわがさらに深くなっていく。
「ねえ、研究所の入り口に立ってた人達のことなんだけど……」
喜歩は恐る恐る輪奈の顔色を窺う。
「デモをしてた人のことね。なんでも聞いてみなさい。あの方々のこと、私が全部知っているわけじゃないけれど……」
「ありがとう。あの人達が持っていた横断幕には、B3Pが怪物を生むみたいなことが書いてあったんだよね」
「……それで?」
輪奈はあくまでも穏やかなムードを保っている。しかし、どこか無理をしているような雰囲気もあり、それが不気味さすらも醸し出していた。
「それでね、さっきの心臓に別の細胞が混ざるんじゃ無いかって話で、もしそうなっちゃったら確かに怪物っぽいなって思ったんだ」
「ああ、なるほどね。言いたいことは分かる気がするわ。そうやって怪物を生みだすのだと考える人もいるのかもしれないわね」
「でも!」
B3Pへの否定的な考えに対して、輪奈の物分かりが良すぎると、喜歩は違和感を感じた。
「そうならないように、ちゃんと細胞を分化させてから印刷してるんでしょ? そのことを知らずに批判してるんだったらおかしいよ!」
「落ちついて喜歩。声が大きいわ」
輪奈に指摘され、喜歩は慌てて口を手で押さえた。
そして辺りを見渡すと、5組ばかりのレストラン利用客が目に入る。客達は喜歩のことなど気にも留めていないようだが、声は聞こえていたのだろうと思うと恥ずかしさがこみ上げた。
「ごめんなさい……」
「ふふふ、いい子ね。でも嬉しいわ。こうして真剣に考えてもらえると」
輪奈は感慨深げに息をついた。
「もちろん、物事を正しく知ろうとするのは大事なことよ。とは言え、無知であることを糾弾してしまうと、さらなる反感を買ってしまうかもしれない。喜歩も喜歩なりに彼らのことを考えたお陰で、新たな気付きを得たわよね? あの方達と仲良くしろとまでは言わないわ。それでも、分かり合えるところがあるならその機会を大事にしたいものね」
年の功とでも言うべきか、思慮深い考え方だなと喜歩は思う。
「それにね、中には正しく理解した上で批判する方もいる。その場合は真摯に向き合うべきだと思うわ」
「それはそうかもだけど……。天貴は怪物なんかじゃない」
B3Pが怪物を生み出すという理由について考えはしたものの、喜歩が自身の目で見て来たものを信じたい。
「てんき?」
「学校の友達。B3Pで印刷した心臓を移植したことがあるんだって」
「あらそうだったの。確かに友達が怪物呼ばわりされるのは嫌よね」
天貴はどこまでもいい奴だ。
怪物、などと言う者達には一体どのような世界が見えているのか。
喜歩には到底分かり合えないだろうと感じていた。
「天貴、おばあちゃんに感謝しなくちゃいけないって言ってたよ」
「まあ!」
輪奈は口に手を当てて驚いて見せた。
天貴の人の好さが伝わったようで、喜歩も嬉しくなってくる。
「でもね、天貴君が救われたのは私だけの力じゃないわ。たくさんの人が誰かを助けたいと思って成し遂げた功績なの。基礎研究から臨床の医師、設備管理に携わる人やその営業に関わる人まで、多くの仕事によって支えられている。私はそのほんの一端を担ったにすぎない」
「ほえ〜」
壮大な規模の話に思えて、なんとも間抜けな声が出てしまった。
「だからそうね……。B3Pの治療を受けた結果、謂れのない言葉を投げつけられている、なんて人とも今後喜歩は出会うかもしれないわね。その時はたくさんの人があなたを救いたかったのだって伝えてあげて。そしたらこの治療を選んで良かったと思えるかもしれない。治療を受けた人も、治療に携わった人たちもね」
「うん……」
輪奈の言葉にはどこか祈りのようなニュアンスを感じ取れる。
生きている限り、病気や怪我のリスクを避けては通れない。
喜歩にもいずれその恩恵を受ける時がくる可能性もある。
孫がその決断を迫られた際、ためらわず行動を起こせるように、輪奈の言葉にはそんな願いが込められている気がした。




